最恐の体育委員
「そういうわけで、体育委員会は志乃先輩のおかげで立ち回っているわけだ。」
珍しく委員会が休みの放課後、四年生たちは忍たま長屋でいつものように雑談に興じていた。他の委員会が休みでも、活動していることが多い体育委員会も志乃の提案で休息をとることになったようである。
「結城先輩が体育委員というのは似合わないように思っていたけど、七松先輩を抑えながら後輩を指導できるのは先輩くらいだよな。」
自分自身、五年生がいないため委員長である潮江文次郎のストッパー役になることが多い三木エ門は、志乃に親近感を感じるのか、うんうん頷いていた。実際のところ、志乃も委員長に振り回される三木エ門を見るたびに同情していたのだが。
「結城先輩って、いつも冷静そうな雰囲気だけど、滝夜叉丸くんたち怒られたりはしないの?」
それぞれの湯呑にお茶を継ぎ足しながらタカ丸が素朴な質問をする。
「あ、タカ丸さんありがとうございます。そうですね四年間お世話になっていますが、先輩が感情を露わにしている姿なんて見たことがありませんね。七松先輩に意見するときも冷静ですし。まぁ、怒ると怖いんですけどね。」
それまで黙っていた綾部喜八郎が思い出したように呟いた。
「ふーん…その冷静だけど怒ると怖い結城先輩、校庭で五年生と一戦交えていた気がするけど…」
「「「なんだ(なんだい)それは。」」」
***
綾部が指摘したように、放課後の校庭ど真ん中では、確かに志乃が五年生からいちゃもんをつけられているらしかった。二人を遠くから心配そうに見守っている生徒たち、事の次第がどのように進むのかと面白がっている生徒たちと実は多くの観衆たちに見守られてもいた。志乃に対峙しているのは五年い組の生徒らしかった。
「お前もあんな体力馬鹿委員会の中で一緒になって泥だらけになっているから、成績落としたんじゃないのか?」
どうやら先週の合同演習中、志乃に負かされたことを恨みに思い、公衆の面前で恥をかかせてやろうという魂胆らしい。
「委員長からして頭からっぽそうだもんなー。上がそれじゃあ下も同じように染まっていくようなもんだよな。忍たまを凌いで優秀さを誇ってきた結城の名前も下がるよなぁ。」
ぺらぺらとしゃべりまくる相手に対して、志乃は無表情のまま相手を見つめているらしかった。
「毎日毎日明けても暮れても鍛練鍛錬って馬鹿の一つ覚えかって。」
相手と距離を取り始めた志乃に対して、自分に恐れをなしたと勘違いしたらしい相手がさらにまくしたてる。
「おやおや、いいとこのお嬢様には突然のことに反論もできないようで。」
その瞬間それまで沈黙を保っていた志乃が、軽く飛び跳ねて体を慣らしつつ、楽しそうにニヤリと笑った。
「今すぐ撤回するなら許す。」
「は?」
「先輩や私の可愛い後輩を侮辱するなんて、歯の一本二本、肋骨の三本四本、叩き割られる覚悟、あるんでしょう?」
結城志乃は、滅多に怒らない。自分の中にある怒りゲージをぎりぎりまでため続けるのである。その滅多に溢れることのないゲージは振り切れたら手に負えなくなることを彼女自身が知っていた。そして、そのゲージが溢れることを心の中で楽しみにしているのが陰湿武闘派結城志乃であった。
「え、ちょ、結城、落ち着いてなにその実戦的ファインティングポーズ!!」
「覚悟もないくせにあの人たちのこと悪く言ったんだ…それなら、腕の一本二本、どうなってもいっか。もう忍者辞めてもいっか。」
最恐の微笑みとはこのことである。自分のことでは怒らない志乃も、委員会のこととなると輪をかけて見境がなくなるところがあった。
「だー!!!志乃!!!止まりなさい!!!止まって落ち着いて!!!」
「止めてくれるな七松先輩!!こいつ、みんなのこと侮辱したんです、許せるもんか!!絶対制裁!!」
心配した生徒たちに呼ばれたのか、慌てて姿を現したのは小平太だった。小平太を持ってしてようやく止められる志乃の暴走、推して測るべしである。
「それ以上やったら志乃が謹慎をくらってしまうよ。」
「えーえー喜んでくらってやりますよ、それより私にこいつを蹴らせてください!!もう二度と口なんてきけなくしてやる…」
「そんなことしたら、委員会のみんなと会えなくなるぞ。」
小平太の最終奥義がこの一言である。志乃の動きがすかさず止まった。そして沈黙することたっぷり十秒。
「…じゃあ止めておきます。」
あっさりといつもの冷静な表情にもどった志乃の頭をなでながら、安心させるように続ける。
「そうしなさい。とりあえず部屋に戻って頭を冷やしなさい。」
「ご迷惑おかけしました…」
やはり暴君だが委員長であり先輩なのである。少しシュンと落ち込んでしまった志乃を、心配していた友人たちが連れてその場を去ると、今度は見事鮮やかににその場を収めた小平太に生徒たちの羨望が注がれていた。
「…ところで君。」
「ふ、ふぁい!!」
「志乃のこと、なめてくれたものだね。それなりの覚悟があるからの暴言なんだろ?」
ニヤリと笑う笑顔はやはり。暴君は暴君に違いなかったのであった。
「…滝んとこの先輩たち、こえーよ。」
「そうだろうそうだろう。あのお二方が無言で喧嘩し始めた時なんて、無限地獄だ。」
「わー、想像したくなーい。」
「それより滝夜叉丸くん、止めに入らなくていいの?結城先輩がいないってことは君が止める以外に手段が…」
「いいんだ。」
(((滝(夜叉丸くん)も怒ってたんだ。)))
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