湯けむり温泉ハプニング


「志乃先輩、ほんとにほんとにごめんなさい!もう何でこんなことになったのか僕の頭ではついていけません…」
「ご迷惑かけて本当にすみませんでした!取りあえず先輩がこんな目に遭ったのは僕のせいです!ごめんなさい!」
「二人とも落ち着いて。それにさっきから何回も言ってるけど、二人が謝ることじゃないでしょう?」



説明を省いても想像して貰えそうだけれど、本日も体育委員会は真冬にも関わらず、雪深い裏山を仇敵に据え、猛然と山頂を目指し分け入っていた。過去形に説明を始めたのは勿論わけがある。



頭の上から爪の先まで、ぐっしょりと濡れている志乃先輩。水に、と言うよりは泥水を被る羽目になったので、真っ白な顔に所々泥が飛び散っている姿が物凄く新鮮だ。先輩の両隣には、身体的な疲れと、泣いたことによる衝撃から立ち直れない低学年二人が陣取って離れない。三之助はそんな二人が所々こさえた擦り傷掠り傷を手当てしていて珍しく先輩らしさを発揮している。頼りにしたい七松先輩は最早言うのも面倒なほどだけれど、弾丸のように飛び出して幾久しい…つまりほぼ日常が巡っているわけだ。



「先輩、腕…」
「大丈夫、少し筋を伸ばしただけ。二人が落ち着いたら今日は学園に戻ろう。次がないとも言い切れないし、ね。」



四郎兵衛と金吾の涙を優しく拭いながら、志乃先輩は少し離れて周囲を散策(と言う名の七松先輩探索)していた私に合図を送ってきた。何が起ころうと埃一つ被らない志乃先輩も、後輩二人を助けるためには雪の中に突っ込むこともいとわなかったのだ。



雪のせいで獣道の斜面が隠れていたのがまずかった。それに気づかなかった四郎兵衛と金吾が足を取られてしまい、かなりの高さを背中から落ちかけたのだ。先輩はまず滑り落ちた四郎兵衛の片手を掴み、瞬時に引き上げて、次に身を宙に投げかけた金吾を自分が抱えて真下に落ちた。雪が衝撃を和らげてくれると予想は当たったが、代わりに雪と泥まみれになることは免れなかった。その間私は何をしていたかと言えば、三之助の迷子紐を必死に御していたと言うお粗末な話だ。



「僕がもっとしっかりしてれば…!」
「普段の山を覚えていれば…」
「いや、注意を促さずに先を進んでいた私と三之助の責任だ。」
「気が利かなくてすんません…」
「誰も怪我しなかったんだから、問題ないでしょう。」



ぐっしょりと濡れて水分を含んだ桃色の衣が重そうに見えた。布が張り付いて、先輩の身体の線が浮き彫りになるのを直視できない、そんな自分に嫌気が差して小さく息を吐く。



「〜くしゅっ…」
「あぁあ志乃先輩が風邪引いたらどうしよう!」
「全部僕のせいです!」
「だから、直ぐに帰ればだいじょ〜っくしゅ!」
「いいか三之助、帰り道位真っ直ぐ降りろよ。」
「わーってますよ、たったか行きましょう。」



このままだと下二人が罪悪感で泣きっぱなし、そして先輩が風邪を引くだけだ。七松先輩は放り投げて、ついでに委員会活動も捨てて、山を降りる。これが最善だ。



「志乃、そんなかっこじゃ風邪引くぞ!」



…、そして大抵最後の最後で登場するのも、わかっていたことだ。七松先輩がタイミング良く正義の見方の様に現れるのは、狙ってなんかいない。体質だ。真冬にも関わらず、豪快に上着を脱いで志乃先輩の肩に被せる姿が、様になっていてなんだか羨ましい。



「先輩、見た目が誰より寒いです。無駄に脱がないで下さい。」
「私には目の保養だけど、こいつらには刺激が強いから羽織ってた方がいいぞ?」
「そういうことは、言わないのが決まりです。」
「そうなのか?悪い悪い!それより、何て言うかお前ら中々の有り様だな!」
「委員長がもう少しだけ後輩を気遣ってくれたらいいんですけどね。」
「そうなのか!悪い悪い!」



それ聞き飽きました、と表情で全員が返事をした後。七松先輩は四郎兵衛と金吾を両肩に抱えると、雪道なのに、足を取られるはずなのに、いつもより足取りも軽く走り始めた。…何故、学園と反対に向かうんだ。



「先輩、とうとう三之助と神崎くんの仲間入りですか。」
「もちろん!私は元気だ!」
「…滝ちゃん助けて会話が会話にならない…」
「つまり七松先輩はどちらに向かわれたいんですか?!」
「温泉に決まってるだろう?」



決まってないし、と三之助が呟いても意味はない。七松先輩が決まってると言うならそうなのだ。


「温泉、」
「温泉!」
「どこに?」
「あっちだ!」
「もしかして掘り当てたんですか…」
「まさか!」



まさかとかまさかですよ、志乃先輩の心の声が私には聞こえる。ああ身も心もぐったり、とはこのことだろう。先輩、お気を確かに…!



「さっき見つけた!ほら、全員で入りに行くぞ!」
「七松先輩ぃい!怖い怖い下ろしてくださいぃい!」
「先輩っ!木の枝とか引っ掛かりますって怖すぎますー!」
「行くぞー!!」



諦めて七松先輩の背中を全力で追うことにした志乃先輩の背中に、三之助と共に合掌した。


***



「滝は、体育委員会の良心よね。」
「ええ…!」
「滝は、私の信頼を裏切ったりしないよね。」
「もちろんです…!」
「本当に?」
「誓って!」
「早く入らないと迎えに行くぞー?」
「…来たら源泉に沈めますから。」
「七松先輩は向こうで浸かってて下さい!」



七松先輩が見つけた温泉は、正に秘湯と呼ぶに相応しい場所にあった。周囲は湯気で視界も良い感じに曇っていて、猿がゆったり浸かっていてもおかしくないような。けれど人の手が入らないと言うことは、つまり。



「滝…ちゃんと見張っててね。」
「お任せください!」
「まぁ見てもつまらないんだけどね。」
「(そんなわけないでしょうが…!)」



脱衣所も男女の別も何もないわけで。ただ割りと広い温泉の真ん中を岩で分けているので、半分を私たちが半分を先輩が使うことになった。先に私たちが入り(その間先輩は近くの林に隠れていた)、先輩が後から入る手はずになっていた。



「志乃せんぱ〜い!すっごい気持ち良いですよー?」
「早く入って温まって下さい!」
「四郎兵衛、金吾もそこの二人を見張ってね。」
「この差別に抗議したいんすけど。」
「志乃の裸なんて、今更見慣れてるぞ?」
「三之助は普段の行いの結果。先輩、見慣れてるってどういうことですか…?」
「九割妄想!一割は…内緒だ!」
「帰ったらどうにかしてやります…」



ちゃぽん、と言う静かな水音と共にハァ…と(ぃ、色っぽい)ため息が響いた。



「んんー…気持ち良いー…」
「志乃、地味にエッロいぞ〜」
「先輩の頭がそういう変換しかしないんでしょう…」
「志乃先輩〜泳げちゃいそうですね〜!」
「ほんと、思った以上に広くてびっくりしてる。」
「これなら風邪を引かずに学園まで戻れます!」
「そうね、たまにはこういうのもありかも。」
「そうだろう!」



バシャアァア



何気なく境界を越えようとした七松先輩目掛けて、何かが飛んできた。



「先輩、いけません。」
「良いじゃないか少しくらい。」
「滝。そこの人、岩に縛りつけといて。」
「善処します。」
「ちょちょちょっと後輩たち!」



でも、でも、だ。



境界線越しにうっすら見える、先輩の結い上げられた髪や首筋は、何と言うか眺めずにはいられない。ほんとにすみません…先輩が信頼してくれているのは百も承知なんですが…!



「滝、四郎兵衛と金吾が逆上せないように見ててね?」
「はい、先輩もしっかり寛いで下さい。」
「ありがと。」
「志乃〜冷や酒が飲みたいなぁ。」
「帰ったら浴びて下さい。」
「浴びるほど二人で飲むか!」
「道連れにするなら、三之助辺りをどうぞ。」
「だから志乃先輩、少しは俺を敬って下さいってば。」
「えぇ…」



ばしゃばしゃと下二人がはしゃぎまわって、岩越しに志乃先輩と話している姿は微笑ましい。三之助は七松先輩相手に素潜り対決なんて申し込んで、後で痛い目を見るのがわかりきっていた。それでも各々が寛いだ穏やかな時間を過ごしていたことは違いない。時々覗く先輩の顔がほんのり赤くなっていて、いつもより幼く見えた。



「え…きゃ、きゃああ!」



そんな中で、滅多に聞くことの叶わない先輩の悲鳴が聞こえたのは、七松先輩が逆上せかけた下三人を連れて先に温泉を後にした頃だった。



「先輩?志乃先輩?どうされました?大丈夫ですか!?」
「た、たき…な、何かが背中に、」
「ええ!?」
「ひゃああ…!た、助けて…」



ばしゃばしゃと何かが投げられる音と先輩の嬌声、じゃなくて悲惨な叫び声が聞こえてきた。とにかく先輩を襲う不届き者を成敗してくれようと岩を越えて見れば。



二匹の猿に肩をポンポン、と幾度となく叩かれている(撫でられている?)先輩が、その綺麗な裸体を精一杯両手で縮こまりながら守っていた。一応弁解する。見えているのは背中だけだ。そしてもちろん私は、手拭いできちんと隠すべきところを隠してこちらにやってきたと主張しておく。



「滝、何かが肩に…!」
「先輩、大丈夫ですよ犯人は猿です。振り返って見てください。」
「え…!ほんと…?」



がばっと勢いよく振り返った先輩の目がほぼ涙目で、そして、振り返ったことにより私と先輩は至近距離で見つめ合うことになり。



あれ、志乃先輩。手拭い、は?



「う、うわぁあああああああああ!!!」
「え、ちょ、滝!落ち着いて!」



これがどうしたら落ち着いていられるんだろうか…いや、確かに先輩にとっては一番身近な後輩で、信頼している弟みたいな存在に素肌を見られても然程衝撃は走らないのかもしれませんけどォオ!?



「うわぁあああ!!」
「滝、突然立ち上がったら危ない…って…!」


バッシャアアン!!



滑りやすい岩石の床を大慌てで移動しようとした結果、結果、結果。私は滑って、顔面から志乃先輩の胸元に激突することになった。



どうしようどうしたらいいだろう、先輩の胸が柔らかい。肌が柔らかい。むにゅって、むにゅって…



「で、お前らなにやってんだ?滝、羨ましいことしてるなぁ!場所代われ!」
「七松先輩!そんなこと言ってないで滝を助けて下さい!逆上せてしまったみたいで…」
「まぁ…そりゃあのぼせるだろうな。」



とりあえず。どうやって学園に帰ったのか私はさっぱり覚えていない。覚えていないし、忘れ去ってしまいたい。のに、忘れたくない気もする。



***



「滝夜叉丸センパーイ。」
「何だ、三之助。」
「志乃先輩のおっぱいってでかかったですかー?」
「だだだだまれぇえ!!」



昨日の委員会後、目覚めたら保健室にいた。先輩の裸体を見て気絶、搬送とは何と嘆かわしいことだろう…この平滝夜叉丸、一生のふか、く…!



「滝、調子は大丈夫?」
「うわぁああ先輩!!」
「…地味に凹む、それ…」
「すみませんすみませんほんとにすみませんでした!」



先輩に話しかけられる度にこの調子ではやってられない。やってられないが、どうにも反応してしまうのはしょうがないことだと慰めてくれ誰か!



「元々私が騒いだせいなんだから、滝は悪くないよ。なんだか気にさせてごめん。」
「決してそんなことは!」
「そうだそうだ、むしろ“先輩に抱き着けてラッキーでした☆”くらい言ってしまえ!」
「…七松先輩だったら今頃息をしてないでしょうね。」
「やだ志乃ちゃんこわぁい!」



グサリと七松先輩を睨んでいる志乃先輩には大変言いにくいのだが、少しだけ、ラッキー!と思ってしまった自分がいたのも確かで…



「それで滝!志乃の抱き心地はいかほど?」
「もちろんさいっこうでした!…ってうわぁあああ…」
「滝、あなたもなの…」
「違うんです!いえ違わないんですけど違うんです誤解ですー!」
「滝も大人になったなぁ。」
「滝が、まさかそんな…」



七松先輩の豪快な笑顔と、志乃先輩の沈んだ微笑が対照的に写った。志乃先輩、ごめんなさい。否定できない部分も確かにあるので言い訳はもうやめますっ!!



「せんぱいせんぱ〜い!」
「お、どうした四郎兵衛?」
「またみんなで温泉行きましょうね〜!」
「あ!僕もまた行きたいです!」



……頼むからちびふたり!!空気、空気を読んで!!



その後、委員会中のありとあらゆる局面で、志乃先輩が私を伺うようになったのは言うまでもない。



「おっぱいの対価はでかくつきましたね〜」
「三之助も一度埋まってくればいいんだ…!」
「じゃあ私が!」
「「七松先輩は自重…!」」
「ぶー。」





*香川さまからのリクエストで、「山の中で露天風呂を発見した体育委員会」のギャグありちょっと破廉恥ありなお話でした^▽^

お待たせいたしました!時間を割いたのにあれですが…そして七松の位置に滝を置いてしまってすみません!いや、その七松だと破廉恥で終わらなくなりそうだったので…!代わりではありませんが良いとこ取りな七松にしてしまいました!

最後に体育の面々を書けてすっごく楽しかったです〜次こそQ禁な七松を書きたいと思います!(ノット需要!)それでは企画参加、ほんとにありがとうございました!




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