大人の階段×××


側で見てきたから気づくことも多い。逆に距離が近すぎて見えないことも増えたと思う。だから時々離れてみる。少しずつ後退して角度を変えて眺めてみる。そういう手間を面倒くさいとは思わない。それは私にとってあの子が大事だから、大切にしていたいって考えてるから。



そうした熟慮と重ねた考察の結果、滝の様子がいつもと違うと感じたのは、気のせいじゃないと思う。絶対。



「どう思います?」
「そりゃ悩みなんて尽きないぐらいあるって!」
「七松先輩もそう思われますか。」
「いくら滝が女みたいな見た目でも十三だよ、毎日毎夜の処理に大変だって!」
「今すぐ頭から地面にめり込んで下さい。本気で。」



体育倉庫の備品の検品中、気になっていたことを付き合いだけは在学歴と同じ先輩にぶつけてみた。最近、出来過ぎの後輩が心配なのだ。



「半分冗談にしても、四年になって実習も増えただろうし壁にぶつかることは多いんだろう。」



優秀な滝が、他人をわざわざ心配させるような素振りを取ることはない。でもだからこそ、無理をしている隙がぽろっと零れて見えたりもする。でも恐ろしく高く聳えたプライドの持ち主だから、先輩に自分から頼るようなこともしない。きっと、考えすぎて他人に甘えられないんだろう。



「そんなに気になるなら、既成事実を用意するか。」



そう言って笑った七松先輩がとある用紙を一枚手渡してきた。



***



「滝、用意は出来た?」
「はい、完璧です。」
「じゃあ行こうか。」



先輩と企んだ週の休日、思い立ったら即行動と言うわけで、早速“備品調達”を名目に私と滝の二人で町に下りることになった。最大の目的はちょっと繊細な後輩を突っつくことにあるのだけれど。



「滝と二人で出掛けるなんて久しぶりだね。」
「そうですね、以前はよくお使いをご一緒させて貰いましたが…」
「私も滝も後輩の誰かと組む方が増えたからね。」



チラリと横目で様子を確認してもまだまだ普段通りの滝だ。背筋を伸ばして堂々と歩く姿も昔から変わらない。



「先の実習はどうだった?」
「勿論、滞りなく終わらせましたよ。」
「んー帰ってきたときには身体中満身創痍って感じじゃなかったっけ?」
「何で知ってるんですか!?」
「さぁなぜでしょう?」



滝がぼろぼろになってる姿なんて見慣れてるけど、それは七松先輩が振り回す体育委員会のお決まりパターンっていう安心感がある。それ以外に滝が疲れきって、汚れも落とさずに部屋で泥みたいに眠ってる時を偶然訪ねたのは失敗だった。滝もこちら側に来たんだな、そう実感したことが私にも重たかった。四年生になったんだから、しょうがないのだけど。可愛い小さな後輩のままではいてくれないんだし。



「実戦と授業と、教科書は別物ですね。わかりきっていたはずなのに。」
「そうね、滝にしては甘い観測。」
「予想以上に体が動いてくれず、困りました。」
「四年生が場慣れしてたら私たちが困る。」
「その時に先輩たちの大きさを実感しましたよ。」
「どう?偉大でしょう?」
「ご自分で仰らないで下さいよ。」



クスクス笑う滝の目線が、随分私に近づいたことを知る。いつから二人で歩いていても、手を繋がなくなったんだろう。



「志乃先輩、あの店に入ってみましょう。」
「そうね、目的を果たさなくちゃ。」



先に暖簾を潜る滝の背が、想像以上に大きく見えた。



***



先輩に渡された注文通りに品を探していく。思ったより数があって、町のお店を駆けずり回る。昔は、一刻も歩けば疲れた顔をしていたのに、今は両手に荷物を抱えたまま隣を悠々と歩いてくれる滝。



頼もしくなった滝を見て、どこか不満に感じる私がずるいんだろう。



「後は、うわ…バレーボールですよ…これ持って帰るのキツいですね。」
「大丈夫、注文して配送して貰えるから。」
「あ、なるほど。」
「うん、だからこれが済んだらひと休みして帰ろう。」
「あ…はい!」



最早常連と言っても間違いじゃない学園の体育委員会に、お店の人も笑いながら対応してくれて、結局一箱ほどのボールを依頼することにした。



「滝は何が食べたい?前は良くお団子を頼んでたよね。」
「そうですね、先輩方が甘やかして下さったのでお土産にも良く頂いた覚えがあります。」
「ここは餡蜜も蜜カンも美味しいの、何でも好きなものを頼んで?」
「そうですね、私はお茶と干菓子がいいんですが…」



昔から甘いものが好きだった滝を、今くの一教室でも話題の甘味処に連れてきた。二人でのんびりお茶でも飲みながら、最近の様子を聞くつもりだったのに。



「…遠慮してるの?食べ盛りでしょう、ならお団子五本位頼もうか。」
「先輩、ほんとに大丈夫ですから!」
「でも、前はあんなに、」
「いえ、その…甘いものが嫌いになったのではなく、多くを食べられなくなってきて…」



滝が、私の記憶の中の滝と一致しなくても、それは喜ぶべきことなんだから。成長して嗜好が変わるのなんて当たり前だと、理解してるのに寂しい。思わず手をぎゅっとしてしまうほど、寂しい。



「仲の宜しいご姉弟ですなぁ。」



ふと降り立った沈黙を破ったのは、私たちの前でお茶を啜っていたご老人だった。



「お綺麗な顔立ちが揃って爺の目の前にあるとは、良い休日になります。」
「え、いや、あの、」
「お二人で買い物とは羨ましい、私の孫たちもそれだけ仲が良ければいいものを。」
「あの、そう見えますか?」
「ええ、貴女が弟君を窺う視線もその反対も、大変優しげです。」
「あ、それは、お褒め頂き光栄です。」
「いくつになっても変わらない関係は、大切ですなぁ。」



それだけ告げて、では私はこれで、と言ってゆっくり歩いて行ってしまったお爺さんにもっと教えて欲しかった。滝の前で言って貰いたかった。特別に見えてることをもっと。



「姉弟に見えるんだって。」
「姉弟に見えるんですか。」
「滝は、嬉しくないの?」
「いえ!そんなことは、ありません!」
「私は嬉しい。とっても。」
「…えぇ。」



だけど滝の表情も声の張りも下がっていくのを私は気づいてた。気づいていながら知らない振りをした。本当は一緒に喜んで貰いたかったのに。どうしてこんなに距離を置くようになったんだろう。



***



帰り道は滝が全部持つ、そう言って聞かなかった所を先輩命令で強制的に半分した。お陰で雰囲気は最悪、黙り込んでしまった滝に私も話し掛けるのを止めてしまった。



ただ二人で学園までの道のりを歩いて行くと、町の外れで子供が樹を仰ぎ見ては泣いていた。滝と顔を見合わせて立ち止まる。声を掛けても泣きながら話すので文章にならず要領を得ない。同じ様にして樹の上を眺めれば、そこには泣いている少女よりも幾つか年嵩の男の子。



「きの、うえに、ことりを、かえして、くれたの。」
「うん、うん。そうしたら?」
「ぉにいちゃ、おりれなくって、あんなたかいとこ、どうしよぅ、おねえちゃん、」



大木に挑んだことがある人なら誰でも経験があるはず。登るのは案外容易い。目的もあって必死だし、実際に上がる作業の方が楽なのだ。今、樹の上で飛び降りるのを躊躇している少年は、妹に頼まれて巣から落ちた小鳥を戻してやったんだろう。



「待っててね。」



女の子の頭を撫でてから、滝に荷物を任せる。



「志乃先輩、私が行きますから!」
「あの子を抱えて飛び降りるのよ?素直にこっちに来て貰えるような台詞が滝に思い付くの?」
「先輩!」



緩く結んでいた髪を邪魔にならないよう一つにきつく束ねる。着物だろうが、するすると樹ぐらいは登れる。突然現れた私に警戒感丸出しの少年に、とりあえず満面の笑顔を見せる。



「お兄ちゃんを大好きな妹さんに依頼されて参りました。さぁ私にしっかり掴まって下さいますか?」
「…妹に?」
「下でお待ちですよ。」
「でも、一人で降りれないなんて情けなくて、」
「頼まれてこんな高さまで小鳥を運んだお兄ちゃんを、そんな風に思う妹さんではないでしょう?ね?」



安心したように私の首に腕を回してくる。少年を横抱きにして、一気に地面に飛び降りた。



「お兄ちゃんっ」



泣きながら男の子に抱きついた女の子を見て、私も滝もほっと息を吐いた。委員会上、年少者に甘いのはしょうがない。



「お姉ちゃん、どうもありがとう!」
「ありがとうございました!」



二人して大きな挨拶をしてくれた後、手を繋いだまま家まで帰って行く姿を見送った。仲の良い兄弟って言うのは、ああいうのを言うんだろうなぁ。



「よし、暗くなる前に私たちも帰ろうか。」



滝から荷物を半分受け取ろうとした時、真ん丸の二つの目が私をじぃっと射抜くように見てきた。そして呆れたように(まるで七松先輩を見るように)溜め息を洩らしたかと思うと、荷物を全て私に渡してきた。


「腕が疲れたならそう言ってくれればいいのに。はい、全部持つよ。」
「お願いします。そしたら先輩はこちらにどうぞ。」



そう言うと、滝は片膝を着いて私に背中を向けた。



「…わかった?」
「何年後輩やってると思うんですか。付き合いは在学歴と同じですよ。」
「同じこと言ってる…」



実は着地する際に、空中で体勢を崩した男の子に合わせて、少し無茶な形で足を着いたら足首を捻っていたのだ。言わずに学園まで帰ろうとしていたらばれていたと言うザマ。



「今の姿を見られたら、兄と妹に思われるでしょうか。」
「もしかして、弟って言われたこと気にしてたの?」
「気にしてた、と言うか…先輩が中々昔の私に固執されるので、なんと言うか…」
「ごめん、謝る。」
「いえ!後輩として可愛がって下さってるのはわかってるんです!ただ、一応私も成長していることをわかって頂きたくて。」



そんなの、わかってるから馬鹿みたいに小さかった滝のことを思い返してたんだ。広くなった背中も、私と荷物を併せてもしっかりとした足取りを保っている様子も。


滝の様子が違って見えたんじゃなくて、私の滝を見る目線が変わってしまっただけなんだ。



「実習に行って、志乃先輩との差を改めて感じたのに…姉と弟と言われて、人様からもそういう風にしか思われないんだと実感して悔しくなってしまって。すみません態度が悪かったのはわかってたんです。」
「差なんて、ないよ。あるとしたら、滝がどんどん成長して私を抜き去るくらいだもの。」
「志乃先輩?」



私の後ろを懸命に着いてきた小さな滝。委員長に頼まれてお使いに行った時は迷子にならないように手を繋いで歩いた。疲れきって二人して先輩に俵抱きにされたこともあったし、一枚の布団で丸まって眠ったこともあった。



「これ以上、大きくならなくていいよ。」
「嫌です。私は立派に成長して優秀な忍になり、そうですね…三年後には志乃先輩と同じ城で働ける位には、名を轟かせておく予定なんですから。」
「うん、うん、待ってる。」



すっぱりと言い切った滝は、きっと今までにないくらい自信に溢れた良い顔をしてるんだろう。ちょっとだけ複雑ながらも、私を目指して頑張ってくれるのか、と思い直して滝の肩に顔を埋めた。




「で、どうだったんだ滝?」
「七松先輩のお陰で、少しは“可愛い滝”から抜け出ていることを証明できました。」



敬愛する志乃先輩から、悲しいくらい子供・後輩扱いしかされないことに不満を抱いていることを七松先輩に相談した所、直ぐ様名誉挽回?の機会を用意して貰えることになった。



「志乃のことおんぶしてやったんだって?どうだった?」
「…」
「どうだった?」
「凄く、凄く良い匂いがしました…」
「それだけ?」
「〜っ七松先輩は何を言わせたいんですか!」
「背中に感じる胸の感触とか、支えてる太ももの柔らかさとか?」
「なんて不埒な!」
「超健全じゃん。」



…正直に言おう。学園までの道のりを遠回りしようと何十回も考えた。七松先輩が仰るような意味がなかったわけじゃ、ない…でもほとんどがせっかくの先輩との時間を終わらせるのが勿体なく感じたからだ。



「まぁ滝は志乃が大好きだからな。」
「えぇえぇ大好きですよ、大好きです!」



まるで、本当の姉の様に大事で大切で。だけど少しだけ、本当に少しだけ、違った意味の好きも確かにあって。姉と弟と言われた時に手放しで喜べなかったのはそのせいだった。



「その台詞、直接本人に言ってやったらいいのに。」



大好きです、初めて会ったときから今でもずっと。もちろんこれから先もきっと。



いつか何のてらいもなく、真っ直ぐに告げられるときがくるまで。その言葉は取っておくから。



「滝、また一緒に町に行かない?」
「はい、喜んで!」



今度は昔みたいに手を繋いで歩いてみようか。





※メイさまからのリクエストで、甘めで滝夜叉丸がお相手の春夏秋冬番外編でした^▽^
私にしては糖度高めの話ですがいかがでしょう…春夏秋冬における滝は、彼女を“憧れのお姉さん”と思っていると同時に少しだけ異性の目線で見てしまうようです。家族愛に終始しますが、少しだけ滝の複雑かつ可愛らしい葛藤が出ていたら満足です!メイさま、素敵なリクエストありがとうございました!




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