入れ替わり!


「あるあるネタな春夏秋冬」



夏、それは頭の沸いた人間が頻出する季節。穴掘り小僧ご自慢の地面の暗がりで、あーんなことを致してしまったり、からくりコンビが丹精込めた隠し部屋でそーんなことまで行われていたり、はたまたひんやりとした空気が漂う硝煙蔵でくぐもった声が聞こえてきたりこなかったり。

そして脳内回路に亀裂の入っている保健委員長が、使用効果も怪しげな薬を夜な夜な作り上げていたりする。

どうやらそこはそこ、忍術学園としても例外ではなかったようである。



(ん、眩しい…もう朝か。)



太陽の日差しがまだ心地良く感じられる朝方、眠い重い瞼を擦りつつも二度寝を貪ることなく目覚めることにした。どうやら今日は特に体調がいいらしい。委員会が例え夜中まで行われようとも、寝坊など滅多に引き起こさない“彼女”は本日もまともである。



「ふぁ、さすがに眠いかな。」



畳んである手拭いを持ち、顔を洗いに外へ向かえば、ふと体に違和感を思う。心なしか、いつもより重いような。首を傾げつつも昨日の疲れが取れなかったせいだと頭を振りつつ長屋の外に出る。早起きの“彼女”は毎朝一番に水場を使う。いつも通り友人たちを起すことのないように静かに向かい、桶に水を張る。ばしゃばしゃ、と立てる水の音が涼しげだ。しかしその時、鏡のように自身を映し出す桶に思わず目を取られた。



「…は?」



(…あれ、もう起きたのかぁ…部屋にいないってことは顔洗いに行ってんのか。)



似たような時刻、先ほどの人物とは驚くほど対照的な布団の惨状の持ち主も、また目を覚ました。無尽蔵の体力と、寝てる時間を惜しむほどの活発な行動力の“彼”は本日も空腹を感じながら目を覚ました。どうやら相部屋のもう一人は先に起きてしまったようだ。いつもは自分が跳ね起きて五月蠅いと睨まれるのに、珍しい。昨日の委員会でいつもの倍は動いたからだろうか。



「朝飯にどうか甘くない出し巻き卵!!」



一言唱えながら、干しておいた手拭いを適当に一枚外し、カンカンと照りつける太陽の下に出て行く。いつもの感覚よりも体が軽いことに一瞬戸惑ったものの、寝起きのせいにしてぐいーっと伸びをする。今日はまだまだ暑くなりそうだ。



水場からはいつもの面子の声が聞こえてくる。どうやら、一足乗り遅れているらしい。駆け足と豪快な笑顔で全員に声をかける。肺に新鮮な空気を吸い込み、吐きだしながら。



「みんなおはよー、う…ん?」



その頃、偶然廊下でであった四郎兵衛と金吾は、朝から寝間着姿で逃亡しかねなかった三之助を左右から捕獲し、水場へと連行していた。背の低い二人に引きずられる三之助は歩くたびにあくびをこぼし続けている。



「次屋先輩、いい加減起きてください!!」
「ねみぃ。」
「ほら、顔洗いに行きましょうね。」
「ふああああー。」
「朝からバカ面下げてると、志乃先輩に呆れられますよ!!」
「バカ面って、」
「金吾、真実でもそこは、ね。」
「あ、そうでしたすみません。」
「お前ら…」



思いの外強かで成長が恐ろしい後輩たちに腕を引かれながら、水場の方へ顔を向ければ騒がしい。朝からなんだというのだ。どうせ食満先輩と潮江先輩あたりか、ウチの自己愛ヤロウと左門とこの火器オタクがぎゃーぎゃーやってんだろう。朝から元気で大変よろしい、喜ばしい。だけど俺は低血圧なんだ、頼むから黙れ。



「不穏な顔つきしてますよ先輩。」
「まぁまぁ、とりあえず行ってみましょうか。」
「顔を洗いたい。」
「はいはい、立ったまま寝る前に速攻で洗って下さい。」



そこで三人は、とりあえず目に写る光景を受け入れられず、あたまから冷水を自らに浴びせることになる。



(落ち着いて、とりあえず顔を洗う。頭の中も冷たくさせる。)



余りに突拍子もない事態と日常的な危機回避訓練により、冷静さを取り戻した“彼女”は物事順序立てて整理し、一番にすべきことに思い至った。



けれど、それはかなり、かなーり迂回したいことでもあった。しかし自分が動かなくては何も始まらない。むしろ、今頃“彼”がどうなっているのか、もしくは他にも拡大しているのか、真実を突きとめなくてはいけない。ぐいっと水を拭い、ある場所へ一目散に向かった。頬をぎゅっと抓りながらも。



(正常に痛い。残念。)



“彼”は自分を見る好奇な視線に戸惑っていた。いつもの同級生たちは目を見開き、ある者は顔を青くし、赤くし、口をぱくぱくとさせている。


「あ、れ?なんで私こんな声高い…?」
「え、結城?朝からどうした?」
「何を冷静に言ってる!!結城、肌蹴ているから直しなさい!!」
「え?結城?え、志乃?留三郎も仙蔵も何言ってんのさ。」
「何って…もしかして寝ぼけてるのか?ここ忍たま長屋だぞ?」
「お前こそ何を言って…ってうっそぉおお!!」



いつも通り、全員に挨拶をしたものの自分の通常時の声とは似ても似つかない綺麗で通る声に驚き、更に周囲の反応に不安になり、汲み桶の中の水の中に写る姿に発狂してしまった。どうして、自分が彼女の顔をしているのだ。



「七松先輩!!それ以上動かないでください!!」
「え?」



物凄く聞き覚えのある、それでいていつもとは雰囲気が180°違う声が響いた。嬉しさのあまり振りむけば、すかさず丁寧に直される襟元。見上げた先には、自分の顔のはずなのになぜだか男らしさが格段にあがっている人物がいた。乱れた衣を直す姿が板についていて、なんだかすごく…ぽーっとなるのはなぜだろう。



「七松先輩、ですよね?志乃です!」
「志乃!?え、一体どういうことだ?何が起こってる?」
「さっぱりわかりません。どうして、どうして中身だけ入れ替わってしまう、なんて事態が引き起こされたのか…」
「えぇ、それは困る!!」
「私だって困ります。ですがここは冷静に進めなくては。」



顎に手をやり、悩ましげに考え事をしている志乃、と言うか自分を見る羽目になるなんていつ想像しただろう。こんな顔も出来るのか、と見当違いなことを思いながらそれを悟られたのか志乃に睨まれては縮みあがる。



「いいですか、出来るだけこのことは内密にしなくては。」
「どうしてだ?」
「周囲を混乱させてもしょうがありません。今日はお互い、自室に籠りましょう。」
「…それはわかるが、厠や風呂はどうする?」
「…」



深く溜息を吐きだしたかと思うと、米神をぐりぐりと押しつつ眉間に皺を寄せている。それはそうだろう。彼女の事、私に裸なんて見られたら舌を噛み切りかねない。まぁ私の方は見られて困る様な作りではいからどうでもいいんだけど。むしろ見てくれ。



「お互いに、目隠しをさせてそれぞれが世話をしましょう。」
「えー、めんどくさー。」
「自分の顔を殴ると言うのは多少気がひけますが、返答次第では、どうです?」
「…自分に殴られたい趣味はないな。」
「では、従ってください。もちろん、たったか原因を探りましょう。先輩方、協力してください…って、なんでいるわけ…」
「お?」



頭を抱える志乃(七松)と、奇想天外な出来ごとに巻き込まれている癖に楽しそうに笑っている七松(志乃)の視線の先には可愛い可愛い後輩たち(マイナス四年生)の姿。そろいもそろって指をさしながらあわあわしている。おい三之助、せめてでもお前はいつもどおり素知らぬ顔をしてくれないか。



「な、ななまつせんぱいが、なんかかっこいい!!」
「志乃せんぱいが、なんかどじっこっぽい!!」
「うーん、萌え?」
「何バカなこと言ってるのかな。」
「お前ら朝から楽しそうだなぁ。」
「七松先輩がびけいー!!」
「志乃せんぱいがすっごい笑顔だぁあ!!」
「えーと、貴重?」
「滝、滝はどこ!!髪型直してる暇があるなら私を助けに来なさい!!」
「こいつらが喜んでるんならいいんじゃないか?」
「なんか、冷たい七松先輩もいいかも!!」
「こんな向日葵みたいに笑ってる志乃先輩、見たことない!!」
「おーい、幻か?」
「殴られたいのかな。」
「無自覚に私の握力で殴ったら、あいつらの顔が変形するから止めなさい。」



わなわなと、唸る拳を冷水に浸して、志乃(七松)が三人の頭をコツコツコツと叩く。仕方なく事の顛末を話して聞かせると、なぜか輝く笑顔。



「三人とも、絶対周囲に言ってはいけないからね。」
「了解です!!」
「一つで二度おいしいってやつですかねぇ。」
「ぜんっぜん違うから。悟った様な顔しないでよ三之助…」
「取りあえず、原因を究明しないといけませんよね。」



五人で円陣を組んでいるところに、他の六年生たちに事態を知らされた滝夜叉丸が大慌てで駆け込んできた。もちろん、髪型に寸分の隙もあったもんじゃない。



「志乃先輩っ!!七松先輩!?」
「滝、おはよう。」
「おう、滝夜叉丸遅いぞー。」
「………これはこれでありだと思います。」



血相を変えて飛び込んできたものの、二人の顔を凝視し、見比べた後に何度か頷くとけろっとした表情であっさり言ってのけた滝夜叉丸だった。



「滝、お前もか!!」
「それはブルータスに言ったカエサルの台詞でしょうが。」
「冷静に突っ込んでないで、発言の本意をいいなさい。」
「この組み合わせ、委員会がまともに働きそうじゃないですか。」
「中身が私なんだから、私の姿をしてる七松先輩が指揮をとるに決まってるでしょうが。」
「げ。そんなんマイナスとマイナス!!」
「それは一体どういう意味だ、三之助?」
「その顔!!志乃先輩がめっちゃ笑いながら暴君発動させたら怖いものなしじゃないですか、おっそろしいこと言わないでくださいよ滝夜叉丸先輩!!」
「これはこれは私が浅薄だったな。」
「…七松先輩が笑わないで、優しく怒る姿をどう思う?」
「すみませんあやまりますごめんなさい。」



六人でのほほんと(?)した会話をかましているところに、六年生の誰かが笑い声をあげながら近づいてきた。どうやらこの無茶苦茶な状態がツボに嵌まっているらしく、その声のたて方が気持ち悪いほどだ。



「ひゃあーはっはっはっ!!!!なにこれ想像以上に楽しいんだけど!!」
「…伊作?」
「善法寺先輩?」
「あぁ、ひゃひゃ、ご、ごめーん。あんまり上手くいったものだからおかしくて嬉しくて!!」
「先輩、何してくれたんですか?」
「今なら許すからほら、吐いていさっくん!!」
「えへ、盛っちゃったぁ!!」
「「…お前が犯人か!!」」



どうやら自分も別に笑い薬をかいでしまったらしい伊作が、そのまま笑い転げながら謝り続けるので、対処法も打開策も教えて貰えないままに、頭上の上を太陽がのんびりと進んでいくばかりだった。結局、半刻後に薬が切れた伊作を縛りあげて、薬の内容を吐かせた二人(というよりは志乃一人)だった。



「効果は持って半日なのに。もっと反応楽しめばよかった。」
「善法寺先輩…」
「ごめんごめん、でも男になるなんて楽しかったろ?」
「混乱してそれどころじゃありませんでしたし、楽しめるわけがありません。」
「あーあ、半日ってわかってたら志乃の体、開発したのになぁ。」
「殴りますよ!!」「でも半分以上寝てたわけだし。」



朝を抜いたせいもあって、ばくばくと食べる小平太に対し、げっそりと疲れたように箸を運ぶ志乃は、一時とはいえ、違う体でいた自分にまだ戸惑いつつあった。可愛い後輩たちは、先輩の姿をした自分の事を誉めてくれたものの、同じように自分の姿をしている先輩のことも可愛い可愛いといって騒いでいたのだ。もしかしたら、普段の自分は非常にとっつきにくいのだろうか。少し落ち込みながら無理やりご飯を呑み込めば、目の前に座っていた金吾と四郎兵衛がうんうんと頷いてにぱっと笑う。



「やっぱり、志乃先輩は志乃先輩のままが一番ですね!!」
「志乃先輩の笑顔は誰にも真似できません!!」
「今の台詞、紙に残しておいて良いかな…」
「まずい、志乃先輩が思っていたより弱っていらっしゃる!!」
「せんぱいしっかりー。俺の出し巻き卵、一切れあげますから。」
「おう、ありがとな!!」



珍しくしんみりとしている志乃を、後輩たちが総出で慰めている最中、三之助が差し出した卵焼きを、志乃がお礼を言いながら取ろうとした瞬間に、素早く小平太が口の中へとしまい込んだ。



「…はぁあああ?」
「七松先輩…」
「もう、知りません。」
「あぁせっかくの貢物が。」
「あっち行ってください。」
「どうしてなんで最後にはこういう結末になるんだ!!私にも優しくしようよ!!」




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