みんなでごはん


「先輩暑いっすー。」
「夏だからな。」
「滝夜叉丸先輩、肌がジリジリします!!」
「夏だからな。」
「裏山マラソンなんて死んじゃいますよ…!」
「夏じゃなくてもな。」



夏休みが終わっても暑さの引かない秋初旬。本日も体育委員会の面々は、山の頂上にて土にまみれ埃を被っては、切り傷擦り傷の大量生産を起こしていた。当然無償で。



「滝、水の飲み過ぎには気をつけて。」
「志乃先輩、七松先輩は?」
「あのばきゃ…、先輩は裏裏山まで一人で走った後、学園まで戻るみたい。」
「あのば…か、先輩は自らにそんな拷問を課して。素晴らしいですね。」
「ほんとよね、最初から一人でやれだなんて言わないけど。」
「ほんとですよね、巻き込まないで欲しいなんて言いませんけど。」



委員長は本日も単独行動。途中まで形だけ追いかけた志乃も、早々に後輩たちのところへ引き返してきたらしい。それにしても、それにしてもだ。



「志乃先輩は、汗をかかないんですか?」
「そんなわけないでしょう。ほら、それなりにかいてるでしょう。」
「「「「(どこが?)」」」」
「それに相変わらずどこも汚れてないですよね。」
「コツがあるのよ。」



どんな山道を駆け回っても、まるで整備された街道を歩いてきたかのような出で立ちを保つ志乃は、最早名物だ。傷一つなく、汗水垂らさずに岩場に腰掛け足を組む姿は毎度のことながら後輩たちの謎である。突如沸騰したり氷点下に切り替わる性格と相まって、この先輩は変温動物なのかもしれないと、何度後輩たちは考えたことか。



「休みすぎると、気力が削がれるから…」
「そろそろ行きますか。」
「はーい!」
「頑張ります!」
「では、後半戦。」



そう笑って先頭を走り始める志乃の後ろ姿は、いつみてもぶれがなく綺麗だ。疲れを感じさせない姿を見せられると、へばっている自分が恥ずかしくなる。男なら背中で語れ!と言う当の委員長の背中が見えた試しはなく、四人の後輩たちはいつもこの線の細い、けれど一本筋の通った彼女の後ろを追いかける。



「三之助、最後は私が行くから先輩について行け。」
「うっす。」
「四郎兵衛、先輩が気にかけてくれるとは思うが三之助を見失うなよ。」
「はーい!わかりました!」
「よし、じゃあ私たちも行くか金吾。」
「終わったらみんなでごはん、ですよね?」
「あぁ、みんなでな。」



金吾が泥の付いた顔で精一杯笑う。委員会でくたくたになった後、何も考えずに六人でがつがつ食べる夕食がなんだかんだみんな好きなのは暗黙の了解だ。チラチラと前を行く志乃の気配を感じながら、四人は折り返しを駆け降りていった。



***



「えぇー!おばちゃん怪我して帰っちゃったんですか!?」
「俺たちのメシの行方は…?」
「各委員会の委員長が後輩分も用意したそうだ。」
「七松先輩は…?」
「裏裏裏山あたりまで走ってるんじゃない?馬鹿だから。あ、体力無尽蔵馬鹿だから。」
「なんのフォローにもなってませんよ。」
「わかりきったことに冷静に突っ込まないの。」
「はは、すみません先輩!」
「いいのよ、滝ったら!」
「上二人、逃避しないで俺たちのメシを確保してください。」
「「ばれてたか…」」



疲れたところにおばちゃんの帰宅は、さすがに上二人の気力を奪ったようだ。渇いた笑いが辺りに響いて悲しい。



「ばれるもなんもないっしょ。」
「先輩、くの一の力量を!」
「滝、裏切ったな。」



ハァアア料理は得意じゃないんだけど、と諦めたように台所にわけ行っていく志乃を見送ると、流石に体力の限界がきた下二人は机に頭をもたげた。滝夜叉丸も三之助も流石に椅子に座って動く様子がない。



「文句は聞かないから。男なら無言で黙ってかっ込むのよね?」
「なんでもいいから食えるもので…」
「じゃあ冷や奴でも食べてる?」
「…いやーどっちかっていうと肉…」
「冷や奴楽なのに。その点だけで某くんとの結婚生活は負担が軽そう。」
「某先輩の負担が重いですから。」
「三之助、豆腐投げたげようか?」
「ダメですって来ちゃいますって!」
「やだ、私としたことが。」
「先輩ごはんー…」
「ごはん…」



四郎兵衛と金吾が涙目になりながら訴えるので、三之助とのコントに終止符を打ち、さすがに頭の中を久しぶりに高速回転させて、今ある材料と自分が作れる献立を照らし合わせ始めた。



「先輩すみません、やっぱり手伝いますから。」
「…滝、料理中の私に話しかけないでね?こっちにもこないでね?ね?」



包丁を持ちながら、滝夜叉丸を満面の笑顔で追い返す彼女の片手には玉葱。激しく不釣り合いである。そもそも、割りといいとこのお武家様ご出身らしい彼女に料理なんて包丁なんて扱えるのだろうか。そう思いながらも待つことしばし。台所からはどう考えても良い匂いが漂ってくる。



「…出来たから、いつもみたいに取りに来てくれる?」
「やったぁああ!」
「ごはん!」
「メシ…!」
「先輩…大丈夫ですか?」
「滝、その大丈夫は何への大丈夫かな?」



ばんばんばん、と配膳板に丼、小鉢、お椀を乗せていく志乃は、地味に割烹着まできちんと着ていた。あんなにシュッとして見える彼女が、家庭的な割烹着を着ているだけでまるで別人に見える。それに気づかれないように笑った滝夜叉丸が盛り付けを手伝う。



「すごい!短時間でこんなに作ってくれたんですか?」
「味の保証はしないけどね。」
「え、お嬢様返上?」
「だから豆腐投げたげようか?」
「先輩!お腹が空いたのでとにもかくにも食べませんか!」
「金吾に賛成します。」



一人少ない長机にフゥと息を吐きながら、割烹着を脱いだ志乃が着いて、ようやくいつもの挨拶となる。



「では、いただきます。」
「「「「いただきます!」」」」
「わぁ、親子丼だ!」
「まいたけのお吸い物と、白和えまでありますね。」
「先輩やりますね、みくびってました。」
「よし擂り粉木投げたげようか?」
「…美味しい。私が言うんだから間違いないです。」
「滝も優しいんだか自信過剰なんだか。」
「でもほんとに美味しいですよ!」
「ありがと。だったら残さないでね?」



しばらく無言で全員が食事を取り、あっという間に平らげ、全員で後片付けをした後にお茶を飲んで一息をついていると。まぁお決まりのように誰かが食堂に飛び込んできた。



「志乃!ごはん!」
「私はあなたの母親でもなんでもないんですけど。」
「そこは奥さんて言うとこだからな!」
「それ以上口が回るようでしたら、出るものも出ません。」
「はい、お願いします。」
「ずるいですよね、他の委員会は委員長が夕食を用意したそうですよ?」
「え、そんなに私の手料理食べたかったのか?」
「そこまで都合良く解釈出来る頭を下さい。」



がはは、と笑いっぱなし、泥がつきまくりで真っ黒なままの彼の前に、全てが大盛りの食事を用意する。そんな委員長を囲みながら、疲れて汚れも直ぐに落としたいのに誰一人先に戻ることなく結局食堂に留まっていた。



***



ガタッ



「わ!」
「先輩?志乃先輩?」
「え、役得?」



小平太が食べている真向かえで、湯飲みを両手で包んでいた志乃が、隣に座っていた三之助に突然もたれ掛かった。



「スースー…」
「志乃が寝たら起きないのは知ってるだろう?」
「はい。」
「三之助、私が食べ終わるまでちゃんと支えてろよ。」
「しっかりとー。」
「結局お前たち、志乃に全部甘えたんだろう?」
「…それは、そうですけど!」
「私が言うことじゃない、な?でもよく覚えておけよ。目の前にいる人間は完璧じゃないんだ。人形とは違うんだからな。」
「すみません、自分を棚に上げて。すっかり志乃先輩に甘えてました。」
「ごめんなさい…」
「いいと思うぞ?志乃は、お前たちに頼られるのと弱いからな。」
「え。」



そう言い終えると一気に残りを食べ終え、食器を洗って三之助の肩に凭れたままの志乃の元にやってきた。



「さすがに疲れてるだろ。今さら起きて殴るなよ?」



そのまま彼女を背負うと、お前たちも送るか?と笑って先をズンズン歩いて行ってしまった。



忘れがちになるけれど、彼女は人一倍責任感が強くてしっかりしているから、まるで出来ないことがないように誤解されるけれど、それだけ色々と背負いがちになる。



「志乃先輩にありがとうって、明日言わなくちゃですよね。」
「だな。」



***



翌日の放課後、青い顔をした志乃が委員会にやってきた。



「私、昨日の途中から記憶がないんだけど…」
「疲れてたんですよ、きっと。」
「ちゃんと部屋に戻っていきましたよ。」
「ほんとに?よかった!先輩に運ばれてたら恥ずかしくてどうにかなれるもの。」
「…」



彼女に悪気はない、だが一抹の衝撃を味わうのにも慣れた自分が七松には悲しかったが、間違っても横抱きにしなくて良かったと今さら寒気が走ったようだった。




「あ、先輩昨日はありがとうございました。」
「お礼言われるようなことした?」
「食事の用意とか、」
「私が一番上の立場だったんだから。不可抗力だけど。」
「でも、ありがとうございました。」
「俺も、お礼言っときます。ありがとうございます。」
「…三之助気味悪い。」
「先輩のごはん、また食べたいです!」
「得意じゃないからなぁ。昨日はたまたまだと思う。」
「そんなことないですよ、美味しかったです。」
「うーんほんと?なんか嬉しい、ありがと。」
「そうそう空腹は最大の調味料って言いますからねー。」
「三之助、だからくない投げたげようか?」



放課後に学園で悲鳴が響いても、誰も不思議には思わないので。本日も忍術学園及び体育委員会の面々は大層平和な一日と相成ったのでしょう。九割方。





※料理が苦手なわけではないけれど、レパートリーがどうしても少ない彼女です。三之助への愛にも定評がある管理人です。




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