体育委員会へようこそ
僕がその先輩を見かけたのは、忍術学園に編入してすぐのことだった。まだまだなれない学園内を、放課後に歩き回っていた時のことだ。
(広いなぁ、忍たま長屋はあっちをまっすぐだったっけ。)
考え事をしながら歩いていた僕も悪かったのかもしれない、突然目の前にバレーボールらしきものが飛んで来た時には、恥ずかしいけど立ちすくんで動けなくなってしまった。
「うわっ…」
当たる、と思って思わず目を瞑ってしまったけれど、衝撃がなかなかやってこない驚きに恐る恐る目を開けてしまった。そこは僕が立っていたはずの地面ではなく、木の上だった。しかも僕は誰かに抱えられているらしかった。頭の上から心配そうな声が降ってくる。
「大丈夫?君、怪我は?」
***
「作法委員会の先輩は、ショートカットだよ。綺麗というよりは可愛らしい人かな。金吾、それがどうかしたの?」
「ううん、なんでもないんだ。ありがとう兵太夫。」
僕をバレーボールという名の凶器(あの速さはボールなんかじゃない。凶器だ。)から救ってくれた先輩は、どうやらくの一の上級生らしかった。向き合った時に初めて顔を見たんだけど、とても綺麗な人だったから恐らく作法委員会に所属しているんじゃないかと兵太夫に探りを入れてみたというところだ。残念ながらあては外れたようだけど。その先輩が綺麗だった、ということ以外に覚えてることと言えば、長い黒髪という特徴だけだった。
作法委員会は外れだった。じゃあ一体どの委員会に?
次に訪れたのは図書室だった。知的で物静かな印象だったから、もしかしたら図書委員会かもしれない。外れでも、図書室なら会える可能性がある。
「金吾、本でも借りに来たのか?」
図書整理中のきり丸が話しかけてきてくれた。私語厳禁じゃなかったっけ。
「きり丸、図書委員会にくの一の上級生はいる?」
「あぁ。ちょうど俺と今日の当番なんだ。」
きり丸の視線の方向には肩で髪を揃えた、眼鏡をかけた優しそうなで先輩が本を読んでいた。だけど残念ながらこの間の先輩ではなかった。
「先輩に何か用事か?」
「いや、人違いだった。邪魔してごめん、頑張ってね。」
呼んできてくれようとしたきり丸を制して、僕は図書室を後にした。
またも空振り。他にはどんな委員会があるんだったっけ…会計、火薬、生物、用具、学級委員長、それから僕が入ることに決まった体育か。確か火薬はこの間伊助を迎えに来てたな。長いけど色素の薄い髪をした先輩だったな。それから会計にはそもそもくの一が所属していない。あ!!保健委員会を忘れてた。保健か…優しそうな人だったもんな。僕を怪我から助けてくれた位だし、もしかしたら。
「残念だけど、保健委員会のくの一はそういう雰囲気の子じゃないなぁ。」
「そうなんですか…」
保健室で僕を迎えてくれたのは委員長の善法寺先輩だった。
「そもそも、金吾くんを助ける前に自分がバレーボールに当たっちゃうような感じ。」
「えぇ…」
「まぁそれは半分冗談。後、多分だけど金吾くんを助けてくれたのは五年生の結城志乃さんじゃないかな。」
「結城先輩?」
「そう。長い黒髪で綺麗な顔立ち、とっさにバレーボールから人を助けてあげられるようなくの一の上級生っていったら、彼女くらいだと思うよ。」
「先輩ありがとうございます!!早速お礼を言いに行ってきます!!きっと今頃委員会中ですよね…何委員会に所属している先輩なんですか?」
「あぁ、それは。」
「伊作―っ!!」
今、僕に正解を教えようとしていた善法寺先輩の首元に突然誰かが抱きついてきた。
「ぐ…こへーた、頼むから緩めて。手、手を緩めて。」
「おー、悪いな。じゃなくて伊作!!うちの一年生返せ!!」
うちの一年生?今度は僕がぽかんとする番だった。突然現れた嵐のような…なんだか破天荒そうというかめちゃくちゃな雰囲気がぷんぷんする先輩は、僕をじぃいーっと見つめてくるばかりだ。
「皆本金吾だね?私は体育委員会委員長の七松小平太。よろしくな!!」
「は、はい、よろしくお願いします!!」
まさかというかなんとなく予想はしていたけど、本当にこの人が体育委員会の委員長なのか。なんだか委員会内容も予想できるぞ…僕の学園生活は一体どうなるんだ。
「そうか、金吾くん体育所属になったのか。」
善法寺先輩の優しげな声もなんだか頭の後ろからぼわわーんとボヤけてくる。
「そうだ。じゃ、早速鍛錬あるから連れてくぞー。」
あぁ僕、いったいどこに連れていかれるんだろう。
「小平太、怪我なんてさせないでよ。」
怪我?怪我って怪我かなぁ。バレーボールが高速回転で顔面に直撃したりして。
「おぅ!!さ、金吾みんなが待ってるから急いで!!」
「うあはい!!」
とにかく七松先輩に手を引かれるまま、僕は保健室を後にした。
***
「待たせたな!!」
そこにいたのは女の人みたいに整った顔をした四年生と、少しぼーっとした雰囲気の三年生、終始ニコニコしている優しそうな二年生がいた。
「七松先輩どこにいらしてたんですか?」
「一年生を探してたんだ。ほら、ようやく今年の体育の一年生が決まったぞ。」
その時の七松先輩の声は僕を安心させるような、心底嬉しそうな声だった。
「うわぁ、僕の後輩ですかぁ?」
駆け寄ってきた二年生の先輩が僕の手を取って自己紹介をしてくれた。二年は組の時友四郎兵衛先輩。ふわふわした優しそうな先輩だ。一番年が近い先輩がこんなに優しそうなら大丈夫かな、なんとかやっていけそうかな。
「四郎兵衛よかったな。」
「はい!!滝夜叉丸先輩。」
「なんか、俺と髪型似てる…」
「よかったじゃないか、弟みたいだぞ三之助。おやところで志乃は?」
「志乃?」
「あぁ、もう一人いるんだ。くの一五年生の結城志乃。人形みたいに綺麗な顔しておっそろしく強いぞ。」
「七松先輩、可愛い一年生に何を吹き込んでるんですか。初めまして金吾。くの一五年の結城志乃です。」
そこに遅れて現れたのは、あのとき僕を助けてくれた長い黒髪のきれいな先輩だった。なんてありがちなおちなんだ。
「あ。」
驚いている僕を尻目に涼しそうな顔で結城先輩は言い放った。
「体育委員会へようこそ!!」
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