賢者かもしれない贈り物
午後の授業は先生方の都合で来週に持ち越し。相方は、季節がら増えてきた病人の看病をしに素早く保健室に向かった。まったく、委員会の当番の日でもないのに奉仕精神旺盛と言うか、気が良すぎると言うか、お人好しと言うか。
俺は俺で用具倉庫の点検を兼ねて、備品の整理やら修理やら年の瀬に向けて面倒な雑務を空いたこの時間で一気に終わらせるつもりだった。昨日の委員会中に大体の見当はつけておいたし、簡単なものは今度後輩たちと一緒に片してしまえばいい。
「っし、たったかやるか…」
工具箱を広げて、生物委員会から泣きつかれていた錠前の修理に取り掛かろうとしたその瞬間、倉庫の扉が開いた音がした…訂正する、グワシャアァツ!!とブチ抜かれる音がした、気がする。自慢するほどでもないが、俺は何かが壊れる音を聞き分けるのがものすごく得意だ。その自分を信頼していいならば。扉の近くに置いていた、作兵衛と二人懸かりで直したばかりの薬品棚が破壊された音も、した。
「用具倉庫の備品を粉砕するとはいい度胸だなぁ?小平太、てめぇなにしに来やがった…」
「留三郎!!頼まれてくれ!!」
「…は?」
***
絶体絶命の危機とは、どういうことをいうんだろうか。任務中に四方を囲まれた時?それとも、暗殺相手に情を落としてしまった時?もしくは逃走中に血のにおいを消しきれなかった時?はたまた、味方から裏切られた時?どれも当たっているようで、実際身に降りかかったことではないから判断がつかない。
だけど今ならわかる。その時って言うのは、自分よりもはるかに綺麗な男に追い詰められた時のことだ。
「結城?もう逃げ場はないが…どんな手を打つつもりだ?」
「立花先輩……」
廊下で会った時、いつものように挨拶をして通り過ぎようとしたら、その綺麗な顔を最大限に怪しく装って迫ってきたものだから、身の危険を感じてその場から全速力で走りだした。そしたら笑顔のまま追いかけてくるのであらゆるものを他人から奪って(左近くんが持ってたトイレットペーパーとか、三木くんが持ってたやたら重たい算盤とか、久々知くんの豆腐とか…)手当たり次第投げたのに、全然当たらなくってさすがに顔が青ざめた。
当然だけど、六年の、しかも立花先輩に勝てるわけがないのだ。
最終的に作法室に追い込まれた私には、もう叫ぶとか暴れるとか、面子を棄てた行動した手段に残されていない。
「悪く思うなよ。」
「やめてください…」
「そんな声を出しても誰も助けになんてこないが?」
「立花先輩…?」
「結城のこんな姿を見ることが出来るなんてな…私も長年まった甲斐があった。」
「………さすがに変態ですねって、私は言うべきなんですかね。」
相手は大変愉快そうに笑っているものの…この状況は美味しくない。綺麗な顔の男に攻められても、正直なんとも思わないけれどなんとも思わないなりに抵抗はしたい。そもそもなぜ私はこんな目に?なにか怒らすようなことをした覚えはないのだが。それでも取りあえず伸びてきた手を黙って受け入れることにした。なぜって痛いのはまっぴらごめんだから。
***
「藤内、ちょっとここ持ってろ。」
「結城先輩、ほんとにすみません心の底から謝ります、謝るので大人しく測られて下さい!!」
「さすがに藤内くんを責めるほど心狭くないよ。」
「喜八郎、ちゃんと書きつけておくんだぞ。」
「立花先輩は自重ってもんを知って下さい。」
「はーい。それにしても先輩良い体してますねぇ。さすが日々委員会で鍛えてるだけあります。」
「綾くん…ちょっと蹴ってもいい?」
「「綾部せんぱーい、良い体ってどういう意味ですかぁ?」」
「あぁ一年生…後学のためにも知っておいた方がいいかな。」
「兵太夫くん伝七くんには、全く必要、ないからね。」
さっきから巻き尺で体の各部をあちこち測られている。一体何のためにこんなことをされているのかがわからないし、作法委員会が動いているのも謎。取りあえず、様子見とばかりに大人しくされるがままにしていようか。
「ま、怨むなら小平太にしとけ。」
「七松先輩ですか?」
「私はあいつに頼まれたことを忠実に守っているだけだからな。」
「別に守らなくてもいいと思いますけど。」
「需要と供給だ。」
「…えさに食いついただけなんじゃ。」
「ま、ともかくそこに座って茶でも飲んでろ。完成までまだ少し時間がかかるからな。」
「完成?着物でも作ってるんですか?」
「私の目測でほぼ出来上がっているものを、今測った正確な数字に直すだけだがな。」
「…目測ってなんか仄かに漂う変態加減…」
さっきから藤内くんが器用に直しているのは、真っ赤な生地と所々にもこもこ?ふわふわ?なんだか綿毛がついたような不思議な着物だった。どうやって着るのかもわからないし、丈は短いし、頭巾と違った被り物まで用意されているし…
「立花先輩、出来ました!!」
「よくやった、見事だぞ藤内!!…で結城、さっそくだがこれを着てみてくれ。」
「…嫌ですよ。」
藤内くんには非常に申し訳ないけれど、着ただけじゃ終わらない何かが待ち構えていそうなので、とりあえずもう一度逃げた。子供みたいに輝いた立花先輩の笑顔なんて最高に胡散臭いのだから。
***
「いやー、留三郎引き受けてくれてありがとな!!助かる!!」
「ま、理由が理由だしいいけどよ。それより…結城には事前に伝えてあるんだろうな?」
「何を?」
「仙蔵に衣装合わせを頼んであることだよ。」
「あ、言ってないや。そんなにまずいと思う?」
「仙蔵の溺愛っぷりが発揮されなければ問題ないんじゃねぇの?」
「…あとで志乃に謝っておく。」
「…まぁとりあえず、俺たちはこれを完成させるぞ。」
「りょーかいっ!!それにしても留って器用だなぁ。私なんて壊す専門っていうか、用具の仕事をこさえるのだけは得意っていうか。」
「わかってんなら自重しろ。」
「あはは?」
弾丸のように突っ込んできた小平太にある頼みごとをされた俺は、最優先事項を置き換えて進め始めた。生物や保健には悪いが、事情が事情だ。
「それにしても、西洋には楽しい行事があるもんだな。その、三太九郎?だかなんだか…子供に贈り物を届けて回るなんて、いい爺さんじゃねぇか。」
「そうおもうだろ!?私も長次に教えてもらって、これだ!!って思ってさ。委員会の後輩たちに贈り物を渡そうと思って。」
「で、その爺さんの相棒が鹿みたいな動物で、そりをひいてるわけだな。そりを貸すのはかまわんけど。」
「一番の頼みはこの、角を作ってもらうことだけどね。私が、ほらここにつけるんだ。」
「(小平太がつければ角は角でも鬼の角だな…)それはお安い御用だが、爺さんはどうすんだ?結城に髭でもつけさせるのか?」
「いや、志乃には女の子の恰好のままで贈り物を配ってもらうつもり。」
「…どんな格好で?」
「仙蔵に任せたから大丈夫だと思う!!」
「結城のことを、仙蔵に任せて、大丈夫なのか?」
「んー…楽しければなんでもいいんじゃないか?」
古くなったそりを綺麗に塗料で配色しなおして、いろいろと飾り付けている小平太の後ろ姿は嫌に楽しそうだが、なんの説明もなく仙蔵に捕まっているだろうあの結城のことを思えばなんとなく、胸が痛んだ。今頃、愉快な目に合っているんだろうな…と思いきや、用具委員会の裏口がスパーンッと開け放されて(引き戸の調子が悪かったため、戸が外れる音がした。) 外の冷気以外の恐ろしく冷たい何かが入ってくる気配がした。
「いいわけないでしょーが!!七松先輩見つけましたよ、さてどういうことなのか洗いざらい吐いて下さいねぇ?」
小平太の背後を取った結城の勇敢な姿はまさに子供の味方、三太九郎そのものだ。と、思う。
「随分、まともなことを思いついたものですね。」
「それ、誉めてんのか貶してんのかわかんないぞ、志乃!!」
「いえ、先輩があの子たちの喜ぶことをしてあげたいなんて考えるなんて…この間の野営中に変なきのこでも食べました?」
「いっつも実践してるじゃないか。マラソンしたり熊と戦ったり滝壺に飛び込んだり。ちなみにきのこは食べてないぞ。」
「…小平太、お前後輩たちにほんとにそんなことさせてんのか。聞いてはいたけどなぁ。」
「食満先輩、もっと言ってやって下さい。その内誰かが反旗を翻しますよ全く。」
「え…なに志乃ってば新しく体育委員会作るつもりなのか?」
「…七松先輩はいいからそのそり、可愛らしく飾り立ててください…私は四人への贈り物を包んだりしますから。」
「贈り物…小平太が選んだんだよな?その、大丈夫なのか?」
「あいつらの友達に聞いて回ったから、多分大丈夫!!」
「金吾には刀に付けられる飾り紐で、四郎兵衛が私服の時にも携帯できる小刀、三之助にはとにかく方位磁石、滝夜叉丸には朱色で飾りが施されてる手鏡。…よく集めましたね。」
「この間、港のある大きな町に行く機会があったからな。なんとか間に合った。」
小平太が選んだという贈り物は、本当に「誰かに特別に渡すもの」の体を持っており、珍しく本気で後輩たちを喜ばせたいんだな、というのがわかった。常日頃からこいつは後輩を可愛がっているはずだが、方向がずれすぎていてなかなか伝わりにくいのだ。少しは俺を見習えばいいのに。
結城は結城でその意を汲みとってか丁寧に包装している。普段から補完関係にある二人組だけども、こういう時は長い付き合いなんだな、と見ていて思う。そんな時、来るか来るかとは思っていたが、仙蔵が手に真っ赤な着物を携えて駆け込んできた。
「お、仙蔵出来たのか?」
「早々に出来てたわ!!結城が逃げ回るからまだ最後の直しが出来ていないんだ。小平太、お前依頼主ならそれらしく最後までちゃんと責任持て!!」
「志乃、せっかく仙蔵たちが作ったのに、なんで着ないんだ?」
「嫌ですってば。そんな短い裾の着物着てたらシナ先生に怒られます。」
「中にこれを履けば問題ない!!」
「…確かにこの黒くてピタッとした布を巻けば問題ないのはわかりますけど…」
「せっかくそりも用意したし、留三郎が角も作ってくれて、贈り物まで出来上がったのに…肝心の三太九郎役がなんの変哲もない忍服だなんて!!そんなの私が許さない!!」
「…なら七松先輩着ます?」
「…あぁそれもありか。」
「そんなのこの着物を作った私が許さん!!」
「…だ、そうだ。」
顔を真っ赤にして説得に回っている仙蔵も、なんだかずれた視点で納得させようとしている小平太にも、相変わらず結城本人は冷静なままだ。確かに仙蔵が広げている着物は丈が短くて、見てるこっちも着た時のことを考えるとはらはらする。
いつまでも折れそうにない結城に仙蔵は溜息を吐くと、ようやく小平太が思いついたようににやりと笑った。
「そうだなぁ…志乃、あいつら一緒に喜ばせたくないか?」
最後の贈り物を整え終えた結城は、静かに息を吐いた。
「…七松先輩その誘い文句はずるいですよ。」
渋々ながらも、仙蔵から着物を受け取った。
***
「で?話を聞く限りはかなり面白い目にあったみたいだな。」
「聞きます?」
「手を貸した分は知る権利が俺にはあると思うが?」
後輩たちに贈り物を配って回ったその翌日、なんとも言えない顔をした結城が用具倉庫までやってきた。
「金吾のところにいったら、あんまり素直に可愛らしくお礼を言うもので、(馬)鹿七松先輩が大暴走しました。」
「あぁ…そりにのせて高速で走り回ったんだって?」
「私が止めた時には…気を失っていました。あの人は、ほんとに馬とか鹿とかです。」
「四郎兵衛の所に行った時は、外野に怒られたって話を聞いたんだが。」
「それもこれも立花先輩のせいですよ!!左近くんに、“真冬にそんな馬借みたいな格好してどうすんですか!?”って…詰め寄られて謝るしかなくなりました。」
「肝心の四郎兵衛は?」
「“先輩可愛い!!”って抱きついてくれましたよ。あの子は野山を駆け回る妖精なんです、もう可愛すぎて食べたいです。」
「…たとえそれが素直な感想でも、結城が言うと怖いから止めておけよ…」
「しんべヱくんも食べたらおいしそうですよねー。」
「………あえて否定はしない。次屋からはなんて?」
「“その格好で回し蹴りしてください、…七松先輩にでも。”と言ったので、仲良く雪の中を駆け回ってました。」
「健全な反応ではあるなぁ。じゃあ最後に平は?」
「贈り物を丁寧に受け取った後、上から下までゆーっくり見てからおもむろに綾くんの馬鹿でかい半纏を着せてくれました。」
「お・か・んー!!!」
「鏡じゃなくて割烹着にした方がよかったんでしょうか。」
「ま、いんじゃねぇの?四人とも喜んでくれたんだろ?」
「それは間違いなく。七松先輩も、満足したみたいでよかったです。」
俺の淹れた茶をずずーっと男らしくすする結城は、贈り物を届けて回った後に作法委員会の面々と俺のところにわざわざお礼を言いにくるような律義さの持ち主だ。その上、小平太の我儘に振り回されているだけにも関わらず、下が喜ぶためなら大抵のことはこなしてしまう。振り回されると言うよりは、そうすれば小平太が喜ぶから、とどこかで思っているのかもしれないが。
「その茜色の髪紐、よく似合ってるじゃないか。」
「………どーも。」
「小平太から貰ったんだろう?あいつも似合う色を贈ったもんだな。」
「………」
なんとなく悔しそうな表情の結城が、もぞもぞと俺に差しだしたのは、綺麗な和紙に包まれた―――
「似た者同士みたいで嫌なんですけど、買ったものを渡さないのも癪なんですけど、自分で渡すのはさいっこうに腹立たしいので、食満先輩お願いしますね…!!」
お茶、ご馳走様でした。そういって少し顔を赤くさせたまま結城は用具倉庫から消えてしまった。その後にすぐさま入れ違いでやってきたのは満面笑顔の小平太で。
「留三郎、昨日は突然なのにありがとなー!!これ、お礼の南蛮菓子。委員会の後輩たちとでも食べろな。」
「おー。ありがたくもらっとくわ。それよりこれ。結城から変わりに預かっといたぞ?」
「志乃から?」
なんとなく、綺麗に包まれた和紙の中身が気になった俺は小平太が、それを開く姿を追っていた。
入っていたのは緑青色の髪紐だった。
「…あのさー。」
「なんだ?」
「本当にたまーに思うんだけどさぁ。」
「あ?」
「私と志乃って、」
「うん?」
「あれだな、兄妹!!みたいじゃないか?」
「…どっちかっていうと、姉弟みたいだけどな。」
小平太はにこにこと笑って、自分の思いつきに酔っているらしいが、その例えには俺じゃなくても納得できるだろう。傍から見ていても体育委員会の関係は、馬鹿みたいに仲が良くて、結局揃ってあほみたいなことばっかしてる、それでもひっついて離れない家族みたいなもんなんだろうし。
お返しと称して、体育の後輩たちが上二人に正月用の祝いの髪紐を贈ったのは、もう少し後の話。
感極まって二人して男泣きしたのもまぁ、余談と言えば余談だな。
※15000で書いた話でした。
大変遅くなってしまい、申し訳ありません!!詩帆さまから頂いていたリクエストです。内容は「季節のイベント話で先輩たちが頑張る!!」というものでした。頑張ってるのかやりたい放題なのかはわかりませんが、彼らなりに精いっぱいクリスマスを計画したようです。食満くんもお好きで短編にしようか迷われた、とのことでしたので、すこし盛り込んでみました♪解説キャラはここでも発揮されているでしょうか(笑)
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