毛色の違う猫


委員会が休みの前日の夜を見計らってか、先生方からここぞとばかりにお使いを頼まれた。内容が一ヶ所で終わらせられるようなものではなかったため、一日を費やしてあっちの町へ行ったり向こうの村へ行ったりと、さすがに委員会で足腰を鍛えられている私でも、疲労を感じたその帰り道。珍しい拾いものをした。



ものといっていいのかは、よくわからないけれど。



「…いない………」
「作兵衛、どこの教室にもいなかったよ。」
「全部の長屋も見回ったけど、見つけられなかった。」
「今も学園内をうろつき回ってるって考えるよりは、」
「外に出ちまったか…」
「「「「…………」」」」
「俺、裏々山あたり行ってくるわ。」
「「「「お前が(きみが)行ってどうする!!!!」」」」
「あ、だめな感じなんですね、はい。」



その頃、三年生はいつもの面々が揃いも揃って三年教室の前に立ち往生状態と化していた。理由は明白、三年ろ組の迷子その一がいつものように見当たらないのだった。



「どうする?捜しに行くか?」
「救助隊を差し向けて捜しに行きたいが、もうすぐ嵐がやってくるしな…」
「困ったね。先生方からも外に出ないように言われてしまったからね。」
「だけど、このままじゃ戻ってこない。いくらあいつでも、嵐に当たったら風邪くらいひく。」
「作、どうするよ。」
「迷っててもしゃあないな。先生も事情を説明したら外出許可をくれるだろ。俺行ってくるわ。」
「僕も行こうか?」
「数馬は当番があるだろ。優先事項はそっちだ。」
「じゃあ僕が行こう。」
「嵐が来るのに生物たち放っておいていいのかよ?竹谷先輩に一年だけじゃ無理だろ。」
「よし、あんまり役に立てる気はしないけど、俺が一緒に行こう。作、それでいいだろ?」
「悪いな藤内。」
「はいはい、俺も俺もー!!」
「「「「…だ・め・だ(よ)」」」」
「なーんで。」
「そんなん俺たちが帰って来た時誰が迎えてくれんだよ、ばーか。お前はここで待ってる重要な役目なの。いいな?」
「はーい。」
「じゃ、孫兵も数馬もありがとな。見つかったら教えるから!!」
「うん、作兵衛も藤内も気をつけてね。」
「あの馬鹿に勝手にいなくなるなって言っといて。」



三年ろ組どころか、人の心を掴むのが巧みな上に、発言が的確な富松作兵衛によって、今日もまた迅速にそれぞれの役割が定められ、行動に移されていった。



***



拾いものは、大きな栗の木の下で見つけた。どうして「拾い」ものかと判断がついたかと聞かれると単純だ。学園外ではおおよそ目にしないはずの忍装束を着たまま、眠りこけていたからだった。委員会の鍛錬でもない限り、外では私服に着替えなければならない。自分から学園の生徒です、と宣言する必要性など全くないからだ。では委員会ではないとなぜ言い切れるのか。それも当然の話、委員会中に木陰で気持ち良さそうに夢の世界を満喫できるほど緩いところなんてないのだ。…いくつかはあり得ないこともないけれども。どちらにしても、この子の所属している委員会が居眠りなんて、許されるはずがないのだ。だから、なぜこんなところでこんな風な状態になっているかと推測するに、難しいことはない。



「左門くん、起きなさい。」



彼が迷子になって疲れ果てたせいだ。断言できる。



作兵衛と藤内は最初の別れ道で、まず頭を抱えていた。左門がどちらに進んだかなんて手がかりは、残されていないのである。



「作、左門どっちに行ったと思う?」
「迷子の心理なんて何年一緒に過ごしてもわかんね…」
「だよな。」
「でも、こっちだ。」
「なんで?勘?」
「少しは自信のある勘。こっちの方が景色が綺麗なんだ。」
「なるほどね。前も左門、満開の花畑で寝てたっけ。」
「それに頼るしかないな。そもそも外に出ていったの久しぶりだし。」
「よし、じゃあ行くか。」
「さっさと見つけてめし食おうぜ。」



経験と実績が積み重ねられた勘というのは、時に意外なほど効果を発揮するときがある。



何度声をかけても揺さぶっても、子泣き爺のように頑として動かない左門くんに対して、さすがの私も態度が硬化してきた。人間疲れている時にこういう目に陥ると、余裕はなくなるばかりで、原因を作ったものに対して当たり散らしたくなるのだ。だがしかし、彼は後輩。しかも迷子になって歩き疲れ、休憩中に寝てしまったものと考えられる。責めるに責められない。



「グ――――‐‐…」



しかも気持ち良さそうに寝こけている顔は幼くて可愛らしい。こういう姿に弱いのを知っての所業なのか、まぁおそらく自然なこの子の態度なんだろう。意を決して左門くんを背中に負ぶさり、また学園へと一路歩み始めた。



それにしても、何の躊躇もなく眠っている子どもって、どうしてこんなに容赦なく重くなるのだろうか。安心して全身を預けてしまうからだろうか。だけどね左門くん、きみは一応忍の卵三年目なのだから、もう少し緊張感を持ってほしいなぁ、と思いつつずり落ちそうな体をしょい直す私だった。



「わ、降ってきやがった。」
「まだ大丈夫、この位なら編笠で耐えられる。」
「左門のやつ、どこまで行ったんだか。」



左門の好きそうな景色を頼りに道を選択してきた二人だったが、ここで予期していた通り雨が降ってきた。雨だけならまだしも、これに風が付き、それぞれ勢いが増して嵐となると性質が悪い。どうしてもその前には左門を捜し出し、学園まで連れ戻したいところだった。



「これ以上行くとますます道が別れて会える確率が低くなるな。」
「…藤内まで風邪ひかせられねーしな。」
「それをいうなら作もだろ。でも、左門のこと見つけられるやつなんて、他にいない…」
「…だよな。」



激しくなる雨とともに、二人の士気は下がるばかりだった。その中で、ふと地面から顔をあげて道の遠くを眺めてみると、この天気の中で笠も被らずに黙々と歩いてくる不思議な姿が見えた。



「…藤内、あれは、なんだろうな。」
「…まるっこい……?」
「着物の女の人、だけど荷物を背負ってるのか。」
「さ、くべ、あれ!!」
「…!!」



***



厄日だ。



左門くんは嵐の中でも起きないし、疲労が増してますます重く感じるし、雨は叩きつけてくるし風は横から吹き上げるし。ほんと、私が何をした何を。



「左門くーん…起きないかーい?」



定期的に声をかけてはいるものの、反応が全くないのだ。もちろん、寝息だけは聞こえてくるからそこは大丈夫なのだけれど。少し不自然なほど、いつも活発な左門くんにしては動きが少なかった。それもこれも、深く眠りに落ちているせいだけなのだろうか。私自身、多少ぼーっとしていたため、前方から猪のように真っ直ぐに走り寄ってくる存在に直前まで気付かなかった。



「さーもーんーっ!!!」
「作、待って!!!」
「すみません、こいつどうしたんですか?怪我でもしてるんですか!?」
「あ、結城先輩!?左門のこと見つけてくれたんですか!!」
「あー、うん。順番に答えさせて。怪我は多分してない。木陰で寝てたんだけど全然起きないから無理矢理連れてきちゃった。」
「左門……先輩に迷惑掛けやがって。おいこら、いい加減起きやがれ!!」
「ん―――――――――…」
「作兵衛くん落ち着いて、ね。」
「でも、結城先輩もこの天気の中ずっと背負って来たんだからお疲れでしょう?左門、起きなよ。」
「左門くん、大丈夫?起きた?」



迷子になった左門くんを探しにきたらしい、作兵衛くんと藤内くんが、半ば無理矢理私の背中から左門くんを降ろしてくれた。さっきまでぽかぽかしていた背中が急に冷気にさらされて少し寂しく感じるほどだった。



「…左門?おい、大丈夫か?」
「左門、どこか痛いのか?」
「…ちょっとごめん。」



二人の言葉にも反応しない左門くんはなんとか立っているものの、何の反応もせずにぐったりしていた。おでこに触れると、予想通りというか今まで気づけなかった私の馬鹿と言おうか、熱かった。



「熱があるみたい。」
「左門、苦しいか…?」
「だ、いじょぶ。ずっと、せんぱいのせなかで、ねて、たから。」
「作、上着脱いで左門に着せよう。」
「おう。左門あんまり変わんねーかもしんねーけど、これ羽織れ。」
「左門くん、それきたらまら負ぶさって。」
「「「え?」」」
「作兵衛くん、藤内くん、急いで帰るよ。」
「「はい!!」」



あれほどいつも、“余裕は最後の一握りでも捨てるな”と教わってきたのに。肝心な時に発揮されないなんて。私がもっと早く気づいていたら、どこかで雨宿りしてから帰ることも可能だったし、疲れていても走れば本降りになる前に学園には着けたはずだ。今日は本当に最低の日なのかもしれない。



「作、藤内お帰り!!左門見つかったか!?」
「ただいま!!見つかった、結城先輩が拾ってくれてた!!」
「三之助、保健室行って数馬に左門熱出してるって言いに行け!!」
「…わかった。」
「え、え、わかったって行かせていいのか!?」
「緊急事態には、ぜってーまよわねーんだよな。三之助。」
「あ、そ。」



一足先に学園に戻って状況を新野先生や保健委員に説明するように言われた作兵衛と藤内は、三之助に伝言を頼んで孫兵に事情を説明しに向かった。



「お疲れ様、結城。左門預かるね。」
「結城先輩、ありがとうございます!!」
「善法寺先輩、数馬くん。すぐに気づけなかった私が一番悪いんです。すみませんでした。」
「なんで謝るんだい。早くに運んでくれたから左門もすぐに治るよ。」
「そもそも先輩が見つけてくれなかったら、ずっと外に一人でしたから。左門もついていましたね。」
「熱、早くひくといいんですけど…」
「それより結城が気づかないなんて、珍しいね。観察力も洞察力も人一倍あるのに。」
「そんなことないですよ。」
「………ちょっと、ごめん。」



左門くんの治療に専念していた善法寺先輩の白い手が、私のおでこに触れた。冷たくて、気持ちがいい。



「…数馬、布団もう一式用意してくれる?」
「…薬ももう一人分調合しますね。」
「頼むね。じゃあ結城、すぐに寝まきに着替えて。」
「え?は?」
「四の五の言わずにたったか寝なさい。」
「もしかして…私も、ですか…?」
「判断力も鈍るわけだ。」
「す、すみませんー!!」
「いいから寝なさい。」



それから三日間、私は部屋で絶対安静状態になった。もともと疲労が溜まっていた上に体力を根こそぎ奪われたらしく、治りが遅かったのだ。



***



「ちわー。志乃先輩、お見舞いきましたよー。」
「え、三之助一人できたの?」
「いーえ、こいつらと。」



襖を開けて入ってきたのは、三年のいつもの面子だった。その中には、回復してすっかり元気になった左門くんも混ざっていた。



「あの、結城先輩ご迷惑おかけしました!!」
「いーよいーよ。それよりみんなにはお礼いったの?作兵衛くんや藤内くんだけじゃなくて、数馬くんや孫兵くんも捜し回ってたんだってよ。」
「はい、ちゃんとお礼と一緒に謝りました。」
「俺、全然気づきませんでした。先輩が調子が悪いなんて。」
「いやー、私も気づかなかったくらいだから藤内くんが気にする必要はないから。」
「俺もすみませんでした。」
「作兵衛くんがそんな顔する必要も、ないから。ほら、三年生は元気にみんなで遊んでる印象が強いんだからさ、ジメジメしないで元気出してよ。」
「はい!!」
「うん、やっぱり笑っててもらいたい学年だなー。」



私の一言で一名を除き、素直に笑ってくれる三年生はやっぱりまだまだ子どもだけどそこが可愛いと思う。その後も孫兵くんが、摘んできてくれたお花を飾ってくれたり、数馬くんが体にいいお茶をいれてくれたりと、至れり尽くせりのお見舞い訪問は和やかに終わった。



「そろそろ失礼しますね。」
「うん、今日はどうもありがとう。三之助の友達がこんなに素直でいい子たちだとは想像もしてなかったな。」
「失礼っすね、俺なんて一番素直で可愛いでしょうが。」
「素直なのと言いたい放題口に出すのとでは違うからね…」
「はいはい。それにしても、高熱出しながら左門のこと背負って走るとか、やっぱり先輩人間じゃないっすねー。」
「三之助、後で七松先輩にいろいろ吹き込んでおくから楽しみにしてなさい。」
「………」「三之助、今日も委員会頑張れな!!」
「めし、食えるといいな。」
「お前迷ったりするなよ。」
「怪我もしないでね。包帯もったいないし。」
「ヒトサマに迷惑かけんじゃねーぞ。」
「………なんでみんな俺には冷たいわけ?」



*病気ネタがかぶってしまいました…三年と絡ませたかったんですけどね!!ちょっと無理やりですね!!期間があいている、ということでかぶりは見逃してください…左門はかわいいから、みんな甘くなるのかなぁ。三之助を捜すときはもうちょい辛辣であってほしい。




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