▼ ◆思考回路はショートしてます(美風)
※100%ギャグの塊
外部での打合せを終えて事務所へ報告を兼ねて戻れば、普段仕事でなかなか遭遇しないウチの看板アイドルの1人がソファに沈んでいた。眼鏡姿に手には台本とくれば新しいドラマか舞台が決まったんだろうか。
「お疲れ様。久しぶりだね、寿くん。」
「泉ちゃん!久しぶり〜。」
「元気だった?はい、まだ夕方だから甘い物食べても大丈夫だよね。マカロン詰め合わせだよ。」
「やったー!ごちそうさま!コーヒーでいい?」
「自分でやるよ、ここでまで気を遣わなくていいんだよ。」
「学園での先輩に失礼は出来ないよーん。」
「龍也くんならともかく、気にしなくていいのに。」
「ダメダメ絶対ダーメ!泉ちゃんにはずっとお世話になりっぱなしだし、この間のCMだってスポンサーに推してくれたの泉ちゃんでしょ?僕ちんちゃーんと知ってるよー?」
「たまたま私の楽曲があたって、CMキャラクターにも少し意見出来ただけ。寿くんがイメージにあってたから選ばれたんだよ。」
「ハイハイ、僕の先輩は謙虚なんだから。ブラックでよかったよね?」
「ありがと。」
寿くんは事務所の後輩かつ、早乙女学園での後輩でもあるせいか昔から距離感の近さが変わることのない相手だった。特に私は作曲家コースでライバル視する必要がなかったせいか、お互い下手な遠慮もなくずっと仲が良い。同じクラスで職場まで同じ龍也くんは年齢差もあってお兄ちゃんって雰囲気だから、反対に寿くんは典型的なTHE・弟ってところだろうか。
「わー美味しそー!ミューちゃんいたら今頃独り占めしてただろうな。」
「カミュくんなら確かに。好きなの食べててね。」
いくつになっても可愛いところはそのまま変わらない寿くんは、やっぱり見てて元気になる。どれを食べようか悩む相手を見ながらも、忘れない内にデスクで報告書を作成することにした。
「泉ちゃんも食べよーよ!ほらほらティーブレイク!」
「あ。寿くん、マカロンの欠片が、」
25歳も越えて30近いイイ大人がお菓子を口元につけたままはダメだろう。こういうところも変わらなくて好きだけど。そう思いながら苦笑いしつつ昔の癖で取ってあげた後、パクッと自分で食べてしまった。
「ん。甘い。」
「あー!またそうやって弟扱いするー!」
「ごめんごめん、癖なんだもの。」
バサバサバサッ
そんな風に二人で子どもみたいにじゃれていたら知らぬ間に事務所の扉が観音開きの様に開いていた。しかも辺りに楽譜が散らばっている。視線をやれば、綺麗な顔をいつも以上に無表情にした美風くんが立ち尽くしていた。どうしたんだろう。
「美風くん、楽譜が散らばっちゃってるよ?ちょっと待ってね拾うから…」
「アイアーイお疲れちゃーん!泉ちゃんから差し入れ貰ったんだよ一緒に食べようよ〜。」
「はい、これで全部かな?これ、次の新曲だよね?良かったらちょっと見てもいいかな?」
「アイアイ?ぼっとしてどしたの?」
「美風くん?もしかして体調悪いの?」
寿くんと2人で詰め寄るように美風くんに近づく。彼は顔色に変化が出ないタイプらしく、自己申告(まずあり得ない)して貰うか額を触るでもしないと発熱しているかの検討がつかない。
「…契約不履行で訴えてやる。」
「え?アイアイ?」
「け、契約不履行?美風くん…何か事務所に不服でも…?」
「不服どころじゃないよ。何で至近距離でレイジと会話してるの?何で2人きりでコーヒー飲んでるの?それは事務所内なんだから偶然として処理するにしても、食べかすをとった後に食べるってどういうこと?レイジは男なんだよ?なんでそういうことしちゃうわけ?泉には僕がいるのに!」
「え…泉ちゃん…そうだったの…?」
寿くんが油の足りていないブリキ人形のようにギリギリと私の方を向く。強張りながらも笑おうとしてくれているけど、無理そう!すでに限界が来てるよ寿くん!私は私で言葉にならない思いを込めながら手と首をブンブン横に振りまくる。むしろ一体どういうこと?事務所所属の作曲家(しかもいい年)が看板人気アイドル(まだ10代)に付き合ってもいない上にしてもいない浮気を咎められるとは!?想像?空想?あの冷静な美風くんが?やっぱり高熱が出ていて少しおかしくなっているとか?
「泉が言ったんじゃないか、僕が大人になったらねって。」
「えぇええええ泉ちゃんんんっ!?」
「えぇえええ!?」
「成人にはまだ2年あるけど、きちんと結婚を申し込める年齢になったよ。ようやく泉とちゃんと付き合えるようになると思ってたのに。それなのに他の男と…」
美風くんの肩がぶるぶると震えている。彼がここまで言うなら過去に何かがあったんだろう。食い違いや誤解が生じているにせよ、年上のしかも大人としてここはきちんと落ち着かせないと。寿くんも私の混乱を察してくれたのか、美風くんを宥めに回ってくれる。ユニットを組んでから兄貴分として普段から美風くんを気にかけているし、寿くんが一緒なら場を上手く収められそう。
「美風くん、ソファに座って落ち着いて話そう?」
そう声を掛けたはずなのに、どうして私はソファに押し倒されて美風くんは私の上にほぼ馬乗り状態になってるのかな。ああ美風くん、足を持て余して片脚だけ膝ついてるのか。おみ足の長いことで羨ましいよお姉さんは。でもね、でもね、確信犯的に私の足の間に差し込んだ膝!!鉄のようにビクともしないんですけど!!
「うわぁああアイアイ!!何やってんの!!ダメ絶対っ!!」
「ちょっとレイジは黙ってて、こういうのは身体に教え込まないとダメだってレイジも言ってたじゃない。」
「お兄さんそんなこと一度も教えてないけどぉお!?」
「じゃあランマル。」
「ランランはそういうタイプじゃないと思う!!名誉のために言っとくけど!!」
「カミュか。」
「…否定はしない!!!」
大変テンポの良い会話をしながらも着々と手を進めている美風くんとの攻防は結構辛い。美風くんそこで顎を掴まないでー!!そしてそのお綺麗なご尊顔を近づけてこないでー!!ここで既成事実作られたら未成年を誘惑した(つもりは全くない!!っていうか誘惑されてるの私の方だよね?)罪とかで次は法廷で会おう!!とか言われそうだし、事務所も解雇されるし、この業界にも戻って来れなくなるしってことを考える程度には汚い大人なんだよね…目の前でシャイニーフェイス(どこのサーバントだ)ならぬエンジェルフェイスを見てたら汚れっちまった悲しみ如何ばかり…
「お前ら全員なにやってんだ?」
***
「もうここまでくるとどこから口を挟めば良いのかわかんねぇな。」
「すみませんでした。」
タイミング良く現れてくれたのは我らが龍也くんだった。と言うかこんな個人的なことに事務所の取締役を引っ張り込むなんて申し訳なさすぎる。しかも気を使って龍也くんが場所を移してくれたし…自分の大人スキルの無さにため息が出る。
「美風、下手したら川原もお前も事務所解雇になってもおかしくないんだぞ?」
「僕にも落ち度はあったかもしれないけど…」
「しれないじゃない、あるんだ。それにだ、未遂で済んだからいいものの話を聞く前に実力行使に出てどうする。」
「リュウヤだって自分の女に手を出されたら頭に血くらい上るでしょ。」
「…川原、」
「龍也くん…どこかで齟齬が…」
今は落ち着いて私の隣に座っている美風くんだけど、相変わらず主張は変わらない。寿くんと顔を見合わせてもお互いに困った顔を浮かばせるしかない。
「美風、お前のその主張の根拠はどこからくるんだ?何か、2人で約束でもしたのか?」
「泉が大人になってもまだ好きでいてくれたらねって言ったんだよ。」
「川原…?」
思い出せ思い出せ私。ここ数年の鬼のように忙しかった毎日を走馬灯のように駆け巡れ。
『僕、泉も泉の作る曲も大好きだよ。』
『美風くんにそんな風に言って貰えるなんて嬉しい、ありがとう。』
『ねぇ、泉は僕のこと好き?』
『美風くんのこと?もちろん好きよ?それに自分の作った曲をこんなに素敵な作品にして貰って、年齢に関係なく尊敬もしてる。』
『本当?じゃあ僕と一緒にいてくれる?』『一緒にいるって?』
『付き合ってくれる?もちろん良くあるラブコメディーの馬鹿みたいな勘違いみたいにどこかに付いてきてって意味じゃないからね。』
『それは無理だよ。』
『どうして?何がダメなの?』
『私が大人で、美風くんが子どもだからかな。』
『じゃあ僕が大人になれば問題ないんだね?』
『きっとこれからたくさんの人に出会う内に、もっと素敵な人を見つけられるよ。』
『じゃあ僕が大人になっても、まだ一番好きな相手が泉だったら付き合ってくれる?』
『大人っぽい美風くんでもそういうこと言うんだね。』
『子ども扱いしないで答えてよ。』
『はいはい、変わらなかったらね?』
思い出した瞬間、私は頭を抱えて机に突っ伏してしまった。そうだ、初めて彼の曲を担当した時、ミリオン達成のお祝いとして事務所の面々で内輪に食事会を開いたことがあった。お酒だって入ってなかったのに普段クールで誰にでも厳しい美風くんにそんな風に行って貰えて凄く嬉しくて、でも当然冗談だと思って上手くあしらえたと思っていたのにまさか、本気だったとは。
「川原…」
「ごめん龍也くん今思い出した…10代の男の子なら絶対心変わりすると思って安易な発言を…」
「泉ちゃん…いたいけなアイアイの純情を弄んだの…?」
「そんなつもりはなかったんだけど…」
「僕の気持ちはあの時から変わってないよ。」
あれから3年が経って今じゃ誰もが認めるトップアイドル、演技にだって磨きをかけてこの間も主演映画が封切られたばかりなのに。そうだよ、同世代からも年上からも大人気のアイドルなんだよ。そんな相手に今も気持ちは変わらないって言われてはいそうですかありがとうございますこれからどうぞよろしくね、と言えるわけがない。
「美風くん、」
「泉、好きだよ?」
グハァアア戦闘力53万の威力…ああこれがデンジャラスでアチチってやつなのかもしれないね寿くん…
私より背が高いのになぜか上目遣いの錯覚を引き起こす美風藍(18)現役トップアイドルの魔力を身をもって知るとは嬉しいのか苦しいのか最早区別が尽きません。でもこれが死因ならしょうがないかもしれないな、お父さんお母さん先立つ不孝をお許しください。
「川原!!死ぬな!!」
「泉ちゃん!!この状態で逝かないで!!」
「ちょっと!!僕の泉に手を出さないでよ!!」
「美風、お前は……後2年我慢しろ!!」
「ちょっと龍也せんぱい!?何をおっしゃるの!?」
「こいつまだ未成年だろうが!!」
「いやいやいや?!その前に事務所は恋愛禁止でしょ!?」
「こうなったら上手く隠して当人同士でどうにかしろってんだよ!!」
「取締役ぅううう!!それでいいのかぁああ!!」
「…結婚すれば別に問題なくない?」
「だから今、隠せって言ったばかりだろうがぁああ!!美風ぇえええ!!!」
あぁ、耳元で怒声と罵声が鳴り響くよ…オチオチ気も失ってられないみたい…
「泉。」
「…はい。」
「後2年くらい、泉のためなら余裕で待ってられるから。」
「み、美風くん…よーく周りを見てみて?可愛い子も綺麗な子もたくさんいるよ〜?アイドルでしょモデルさんでしょ女優さんでしょ、裏方さんたちも美人さん多いよね〜メイクさんとか、スタイリストさんとか、」
「僕は、泉が、好きなんだけど。」
聞いてる?
「だから、20歳になったら覚えておいてね。」
いま、今、絶対キラッ☆ってやったよね、超時空プリンスになったよね、頼むからこの18歳を今すぐ誰でもいいので止めてください。私の心臓が後2年と持たないので。
※なんでこんなにギャグになったのかわからない。とりあえず、登場人物全員が思考回路ショートしてます。
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