◆My teddy bear(美風)

私の彼は、オンとオフとの差がとても激しい。仕事が仕事だからしょうがないのかもしれないけれど、正直オフの姿を誰かに見られたらそのまま仕事にも支障をきたしそうな勢い。でも本人としてはそこである程度バランスを取っているはずだから、こちらとしても責める気にはなれない。プライベートも気を抜かずにしっかりアイドルしやがれ、とは誰も言えない。



「でもね、さすがにどうかと思うよ。」
「ここは僕の部屋で、人の目を気にする必要がない。しかも今日は家で長時間のDVD鑑賞の予定。リラックス出来る格好が一番に決まってる。」



何か文句でもある?と言いたげな彼の顔を見て、再度ため息を吐く。テーブルに置かれた雑誌の見本誌には、キラキラと言う文句がこれほど似合う男性もいないんじゃないか、そう思わずにはいられないアイドル中の彼がいる。物凄い温度差だ。今、目の前にいる彼はスウェットに被るタイプのパーカー、料理中の女性が前髪を留めておくようなピンを差している。髪の毛はボサボサで、昨日ろくに乾かさず寝たんだろうな、と予想が出来た。



「じゃあせめて少し掃除させてくれる?」
「換気もしてあるし掃除機はかけてある。何か問題でも?」
「部屋自体は綺麗だけど、本とか雑誌とか藍が機械弄りした残骸で物が溢れてるでしょ。整理しないとゆっくり休めないんじゃない?」
「別にその辺に避けて置いておけばいいでしょ。」
「…どうしたの、綺麗好きでキチンとしてるのが好きな藍とは思えない発言だよ。」
「たまにはいいでしょ、グダグダしてたい気分なんだ。」



まぁ確かに。そういう時ってある。普段きちんとしてるんだから特別気にする必要もないか。どうせ仕事の時は完璧にアイドルするんだろうし。



「泉はいつまでそこに突っ立ってるつもり?」
「えーと、じゃあソファにでもお邪魔しようかなー。」
「ちょっと、何考えてるの。僕は、君と、グダグダしたいんだけど。」
「そうだったの?そのバカみたいに大きいクッション、さすがに大人二人で寄りかかるのは難しいんじゃないかな。」
「だから、何考えてるの。クッションは僕が使うんだよ。泉は僕に寄りかかるの。」
「あーいーくん、本気で言ってる?」
「今の会話のどこに冗談が?」



本気だ。私の恋人は本気でグダグダするつもりでおられる。



「仕事が忙しくてろくに休めない僕のたまの休日に恋人である君は疲れを取る手伝いもしてくれないの?どうなの?」
「藍のやりたいことで疲れが取れるかどうかは知らないけど、協力致します…」
「最初から素直に僕の膝に乗ればいいんだよ。」
「え!?膝に乗るの!?寄りかかるんじゃないっけ?!」
「文句ある?」



ないこともないけど(最近ついてしまったお腹周りのお肉とかね…密着したらと思うとね…)そんなこと言ったら頑固な彼は今日一日綺麗な顔を能面のように変えて動かさないだろうな。



「ええい、ままよ!お邪魔します!」
「ちょっと、何その掛け声。笑わせないでよ。」
「今、私は決戦に赴く武士の気分なの!」



思い切って彼の膝上にペタリと座り込む。とてつもない羞恥心がぶわわと自分の身の中から沸き起こった。多分、変に緊張して私の身体は固くなっているはずだし…これ、楽しいのかな?



「いつもより、身体が固い…」
「当然でしょ…こんなの初めてだし緊張するなっていう方が難しいの。」
「おかしいな、もっと泉が恥ずかしく感じるようなことしているはずなのに。」
「藍ってそう言うことポロッとこぼすよね…」
「ふーん…でも、僕好きかも。今の泉はこの態勢に恥じらってるんでしょ?」
「そう言うこと聞かないでお願いだから。」
「ふふ。可愛い。」
「あーいーくん…」



藍は、脚を真っ直ぐ伸ばしている彼の膝上に縮こまって座っている私を、さっきから覆い尽くすように抱きしめたり髪の毛を弄ったり揺らしたりと、完全に玩具扱いしている。



「それで、どうでしょう。」
「気持ちいい…いつまでも触って遊んでいられそう…」
「藍…私が思っていた以上に疲れてたんだね。」
「どうだろう。でも、さっきの自分が少しイライラしてたのはわかるよ。」
「実際ストレス溜まるような仕事量だったもんね。よしよし。」
「ん…」
「今日の藍は素直だねー。」
「たまにはね。どう?」
「可愛くていいんじゃないでしょうかね。」
「そう?」
「そうだよ。いつもはかっこいいけどね。」
「そう。」



今頃背中にいる彼は、照れた顔でもしてくれているんだろうか。いつもより、可愛らしく目尻を下げてくれているだろうか。少しでも気が休まってくれていたらそれでいい。こうやってグダグダ出来る相手に彼が私を選んでくれるなら恥ずかしくても応えてあげたいな。



「なんとなく理解出来た気がする。」
「え、何を?」
「子どもとか、女性がぬいぐるみを抱きしめたくなる気分。」
「…わ、わたし、ぬいぐるみなの?そんなに抱き心地ふにふに…?」
「ギュって、抱きしめていると、落ち着くんだね。」
「あ、そっちね!」
「柔らかいし、むにむにしているし。」
「…鋭意減量に励みます。」
「え、どうして。」



今一つ女心を理解してくれない藍といると、時々こんなチグハグな会話が生まれるけど、それも私の中では笑える一つの思い出に変わる。もちろん女としては少し悔しいけど、藍の彼女としては別に良いのだ。彼がそれが良いんだと言ってくれているうちは。



***



「それにしても、この間の藍と比べるとまるで同一人物とは思えないなぁ。」
「さっきからテレビばかり見てるけど、泉はどっちの僕が好きなの?」
「うーん…アイドルしてる藍はどうしたって惹きつけられるけど。お休み中の藍を見られるなんてそれだけで嬉しくなるから…うーん…?」
「ほんと、泉はそう言うことポロッとこぼすよね。」
「え!私何か間違った?踏んだ?」
「何も間違えてないよ、地雷も踏んでない。」
「あー良かったー。一瞬焦っちゃった。」
「大好きだよ。」
「…はい?」
「だから、だ・い・す・き。」



僕の可愛いぬいぐるみさん?そう言ってニコニコ笑う藍を私は驚いた顔のまま見つめていた。それからたっぷり3秒後、盛大に焦った私は飲んでいたお茶を噴きこぼして珍しい藍の馬鹿笑いをタダで貰うことになる。


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