昨日結局何も聞けてねぇなあ、とふと気付いた。昨日は暫くあのままで彼女が泣き止むまで俺は彼女を抱き締めていた。別に抱き締めなくても良かったんだけど。抱き締めた方が良いと思った。彼女は凄く、寂しそうな、悲しそうな顔をしていて。抱き締めるべきだと、何故か思った。彼女が涙を流しながら控え目に握っていた俺の学ランの裾は、未だに皺が残っていた。あ、過去形なのは俺が今着てるのがユニフォームだから、ね。 「土門くん?」 『…!ん、何、秋』 「どうしたの、考え事?」 『んーまあ、ね』 大丈夫?と心配そうに顔を覗き込む秋に大丈夫大丈夫、と笑って返して部室へ向かう。 ロッカーを開けて制服を見れば、やっぱり皺は残っていた。あんなに、あんなに弱々しく掴んでたのに。無理して笑おうとした顔が、必死に抑えても溢れる嗚咽が、頭から離れない。「土門くん、着替え、終わった?」外から聞こえた秋の声にはっとした。 『あ、あぁ、ごめん。もう出るよ』 慌てて部室から出る。秋が鍵を閉めた。ふと周りを見ると友達と歩く井上先輩が横切った。あぁ、3年の校舎、あっちか。……笑って、る、よな、そりゃあ。無理したような笑顔、じゃなくて、初めて会った時に見た笑顔と、同じ笑顔。 『…っ…』 目が、合った。のに。先輩は自然な笑顔を浮かべて手を振った。先輩、何で笑うんすか。友達の前だからですか。俺と目合った時くらい気まずそうにしても良いんですよ、泣き顔見られて平気な訳ないですよね?目逸らしたって良いんですよ。無理して笑わないで。 「土門くん?」 『…!…ああ、ごめんごめん、行こう』 振り向いて見た彼女の背中は小さくて、守る人が必要なんだと思った。 --------------- フラグ二つめ どんどんスパイらしくなくなってきてる のが大切なんです。 泣いた理由は分からなくても辛いのは分かる そんな感じ |