類は友を呼ぶ





──ん? あれは、喜助さん……?

スーパーの買い物袋を引っ提げて歩いていると、大袈裟な鎧と暗色の外套に身を包んだ彼が歩いてきた。

「あ、やっぱり浦原さんだ。一体どうしたんですか? そんな恰好で、おまけに髪まで縛って」

わあ珍しい、と。見慣れない装いの数々に、ゆかはくすくすと口許を抑えながら駆け寄った。

「おや、アナタは……」
「はい?」
「やっと出逢えましたね、ゆかサン」
「あはは、何を言ってるんですか」

また新しい発明品ですか? ゆかが続けざまに質問を重ねると、彼は仰々しくも「いーえ、アナタとは初めまして、なんスよ」そう言って、まるで西洋の作法をするように胸に手を当てながら首を垂らした。

そうして彼はあたかも当然の如く、自分の空いた方の手を取り「こうしてお逢いでき光栄です」と華麗な言葉を並べる。
片膝まではつかずとも、ごく自然に手の甲へ顔を近づけていく喜助。目の前で繰り広げられる現実離れした情景の数々に、声が出ず。ただ呆然とされるがまま、眺めるしかなかった。

このあと何をされるか想像がついた瞬間、ちら、とこちらを窺うような上目に捕らわれた。ゆかはその行為で我にかえり、はっとする。
「ちょっとなにして、」ようやく阻止するべく声が出た。

「なにって、アナタへの敬意を」

先程よりも低い声音。
手の甲にふっとかかる吐息を感じて、また声を失い──。

「はーい、そこまでっス〜」

すぱん、と開いた扇子が彼とゆかの手の間に差し込まれた。
真横に立つ人物が、握られた手を解く。どこからともなく現れたこの人物に目を疑った。

「えっ、ええ?! 浦原さん、が、ふたり?」

状況を呑み込めないゆかは、二人の喜助を交互に見ては視線を右往左往させた。

「まったく、貴女は危機感がなさ過ぎます。こんなもう一人のアタシにまんまと引っかかって……」
「あら。聞き捨てなりませんねぇ、アタシからすれば貴方の方こそもう一人のアタシな訳ですが」

はあ、と先に溜め息を吐いたのは見慣れた方の喜助だった。

「いいっスか、このヒトは異世界から来たアタシっス」
「はは、まあ。ちょっと諸事情で」

信じ難い事実を唐突に突きつけられるも、自分も異世界から来た魂魄とあってか、すんなりと受け入れてしまった。

「異世界、ですか。それは何やら大変そうですね」

自分の状況と思い重ね、出てきた感想がそれだった。多分、勝手や分からない事が多いかもしれない。いや、元は同じ浦原喜助なのだから分からないことなんて無いのかもしれないけれど。

「調べたところによると、アナタも異世界から来た、とか」
「えっなんでそれを」
「ゆかサンをお守りする為ですから当然のことですよ」

答えになっていないにも拘わらず、細めた目で柔らかく微笑み返された。同じ彼のはずなのに、雰囲気はまるで別人。
ゆかは助けを求めるように、真横に立つ喜助へ視線を送ると、苦笑気味に「別世界のヒトとは言え、流石はアタシっスね…」と頬を掻いている。『流石』とはきっと彼の頭脳を指したのかもしれないと思うと、こうやって相手を認めるような言い方は彼には珍しいなと、妙に感心してしまった。

「ところで。貴方はアタシに用がある筈でしょう?」

苦笑していた喜助は、異世界から来た彼へ問う。

「ええ、ですが。ゆかサンにも用がありまして」
「それはそれは初耳っスね。野暮用なら一旦ウチでどうっスか」
「そんなァ野暮用なんてとんでもない。そちらへは後から伺いますから、先にあたしらで話をさせてもらえませんかねぇ」
「この状況で、はいどうぞ、なんて言うと思います?」
「そうですか、貴方が首を縦に振らないのであれば、」

今度は騎士の装いをした喜助が、急に自分へ話を振った。

「…先ほどは驚かせて失礼しました。長くとは言いません、ゆかサンのお時間を頂戴したいのですが。少々、いえ欠片ほどでもいい──」

如何です? と提案する姿は貴族に仕える騎士そのもの。現代社会に不似合いなそれは、新鮮味が溢れて鎧や剣と共に輝いていた。
悩むというより、何て返せば良いのかと言葉を返しあぐねていると、彼は紳士的に買い物袋を手に取って、別方向へ歩み出そうとした。

「数少ない異世界のもの同士、不安な想いはさせません」

その積極的な行動に「あ、」と声を落とした直後、ゆかの腕がぐいっと後方へ引かれた。

「無理強いは感心しませんねぇ。ゆかさん、何も答えてないじゃないっスか」
「ああそれは失敬。とは言え、彼女の瞳は承諾したように見えましたんでね、沈黙は肯定、と捉えたまでっスよ」

饒舌な彼は続けて「目は口ほどに物を言う、なんて言いますから」と雄弁だ。

腕は掴まれたまま、買い物袋は持たれたまま、漂う不穏な空気。
まずい、これは絶対に宜しくない空気だと直感が働いた。恐らく自分が黙っているからだと急いで意思表示を試みる。

「あの、では、三人での相席が嫌でしたら、」

うーん、と悩んだあと、パッと思いついたことを口にした。

「あっ、どうにかしてもう一人の私を呼んで義骸に入ってもらって……四人というのはいかがでしょう!」

閃いた! と声を上げそうになる発想。我ながら良いと頷けるのだが、これはどうだろう。ゆかは双方へ答えを窺うべく視線を向ける。
ところが、二人はキョトンとした顔でこちらを見た。

この状況打破と二人の喜助を考えてのことだったが、些か自分勝手が過ぎただろうか。他の人ではいけないと思慮しての提案。人数の問題でもないのだろうか。
しかし、もう言ってしまったことは取り返しがつかない。

「……はあ、わかりましたよ。貴女は心配しなくて大丈夫っスから、もう一人のアタシも、一緒にウチに帰りましょ」

先に息を落としたのは、いつもの喜助だった。どうやらこの発想は呆れられてしまったようで。ただそれでも、状況が収まったのならそれで良かった、とゆかは胸を撫で下ろした。

「そうっスね、些か不服ではありますが……アタシはアナタを困らせに来たわけじゃない」

異世界の喜助は買い物袋を戻さずに、そっと腰へ手を回した。慣れない箇所に温もりを感じると、びくんと驚き返してしまう。
横目で見やると、首回りをすっきりさせている彼が。自分の傍へ寄るも髪は頬に当たらず、くすぐったい感触もなく。こそこそ、と耳打ちをされた。

「……ですが、此方に居る間はアタシも楽しませてもらいますよ」

頭の中でぼっと音を立て、顔に熱が上がる。と同時に、腰元の手はパシンと払われた。

「会話には目を瞑るとしても、お触りは許してないですよ。まあそんなことは言わなくとも当然、解っていると思ってましたが」
「貴方に許されなくとも。騎士たるもの、何事も本気ですから」
「ま、まあまあ、お二人とも、積もる話はおうちでしましょう。…ね?」

頭上で飛び交う安心できない会話。
ゆかはその様子を心の奥底で密かに笑いながら、浦原商店へ向かっていった。


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