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 青い月が笑っている。

 正十字学園町、町外れの人気のない林の中を雪男は歩いていた。祓魔師に支給される濃紺のコートを身にまとい獣道を行く彼の手に、愛用している銃はない。腰に巻いたホルダーに眠ったままのそれを軽く指で撫で、ただ静かに前だけを見つめていた。
 しばらくすると、雪男は山とは言えない小さな丘に出た。整備されていない荒れた土地。膝丈ほどの草が生い茂り、大小さまざまな大きさの石が転がっている。人工的に作られた正十字学園町にもこんな場所があるのか、と意外に思っていると小さな丘の上から草のこすれる音がした。

「やぁ、遅かったね」
「……藤堂、三郎太」

 青い光に照らされた男の顔までは見えないが、この声を雪男が聞き間違えることはない。悪魔落ちする前と変わらぬ優しげな笑みを浮かべた藤堂を見据え、雪男は目を細めた。

「そんな服を着てくるなんて、まったく君らしいね」
「いけませんでしたか? この服なら何処へ行くにも怪しまれずにすむから楽なんですよ」

 親指の腹で眼鏡を押し上げ、ひょうひょうとした態度で雪男が告げる。
 祓魔師の仕事は主に、悪魔の活動が盛んな夜であることが多い。人気のない場所に入っていくことも少なくない。雪男の言葉は正論ではあるが、1つだけ異を唱えるとするならば、

「1人でうろうろしてちゃあ、意味がないと思うけどね」

 藤堂が苦笑する。祓魔師の任務は基本的に2人1組で行われる。それぞれの称号に見合った戦い方は、専門性の高さ故の偏りが生じあらゆる状況に対処するには1人では難しい。速やかに、かつ安全に任務を遂行するため、2人以上でチームを組むことが祓魔師の戦い方なのだ。

「それに、その眼鏡だってもう必要ないだろう?」

 お互いの視界を遮る透明の薄いレンズ。それがなければ生活に支障をきたすはずの雪男の視力は、夜でも月明かりを頼りに足場の悪い獣道を歩けるくらいにまで良くなっている。物心がついたときから目の悪かった雪男にとって、それは体の一部に等しく、かけてない方が違和感を感じるので、かけたままにしているが。そういう自分はどうなのだ、と詰りたい気持ちを抑え、雪男は肩をすくめた。

「まぁこの服はこれで着収めですし、眼鏡がないと逆に気になるんですよ」
「そういうものかな」

 藤堂は自分の眼鏡を指で触りながら、そういうものか、と納得する。
 ざぁっ、と強い風が吹いて木や草を揺らしていった。少しだけ乱れた髪を正していた雪男の目の前に、いつの間にか藤堂がいる。あの風は、藤堂が動いたときに発生したのだろうか。ふとそんな考えが頭に浮かんで、そんなわけがないと自分で修正する。いくら飛躍的に身体能力が向上したといっても、ただ移動するだけであれだけの風を作り出すには遠く及ばない。しかし風を感じるだけならばそれも可能なのではないだろうか。
 ぼんやり思考を巡らせながら、グラス越しに見つめあう。暗い目だ。けれど底知れぬ深みを感じ、妙な輝きを放っている。自分も、こうなのだろうか。

「また何か考え事かい?」
「えぇ、とても下らないことですが」
「思考することは大切だよ。下らないことに思えても、そこに意味を見出だせればそれは素晴らしい発見だ」

 こういう話をしていると、彼は教師だったのだと思い出す。雪男と同じ。もし藤堂と自分が似ているのなら年嵩がいってる分、雪男に勝ち目はない。否、若さと柔軟さをもってすれば或いは……。

「君の悪い癖だ」
「えっ?」

 思考の端を掴みかけたそのときに言葉をかけられ、唐突に現実へと引き戻される。困ったように笑いながら雪男を見る藤堂は、雪男の意識がこちらに向いたことを確認して言葉を紡いだ。

「1人で考えすぎるところは、君の長所であり短所だね。奥村雪男くん」

 そんな言葉。あらかじめ全ての可能性について考えおくことこそ、咄嗟のときに冷静さを保っていられる秘訣だ。少なくとも雪男にはそうだった。だからこそ大抵のことには対処できるのだが、兄や養父、上司の悪魔に姉弟子など、雪男の想像を超える存在も数多にし、彼らの行いに振り回されて生きてきた。突飛な言動には慣れっこで、それに付き合い或いは後処理をし、苦労は絶えなかったが、それが雪男を若くして老成させた一因なのだろう。そういう環境で生きるために出来たこの癖は、そう簡単には消えないはずだ。
(あぁ、こんなにも僕は、)

「藤堂さん」
「何だい?」
「まだ行かないんですか」
「そうだね、君のお別れが済んだら直ぐにでも」
「お別れ……?」

 何もかも見透かしたような目にぞくりと身体が震えた。

「僕も君も、家から、兄から、父から、解放されるためにここまで来た。――雪男くん、お別れは済んだかな?」

 お別れ。それは、覚悟だろうか。今まで大切にしてきた全てを、生きる意味全てを捨てる、壊す覚悟のことだろうか。それなら、

「ここに来るときに全て終わらせましたよ、三郎太さん」
「そうか、なら大丈夫だね」

 差し出された手に、自分のそれを重ねた。冷たい手に引き寄せられて、心まで近くなったような気がする。雪男は胸の片隅でくすぶる小さな痛みに気づかないフリをして、そっと微笑んだ。
 ざぁっ、と再び風が吹いてふたりの姿はなくなった。小さな丘で三日月が、青く静かに輝いていた。



さぁ、世界の終わりを見に行こうか



* * * * *
初藤雪にして悪魔落ちネタでした。傷を舐めあうふたり、で終わればいいんですが、このふたりがタッグを組むと怖いと思います。

(追記)視力の件ですが、ちょっと勘違いしてました。身体能力が上がるなら視力も良くなると思ったら、藤堂さん、若返ったから視力良くなったんですね。雪男の視力良くなってます、ご都合主義で申し訳ないです。ちゃんと確認すれば良かったorz

2011/09/07

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