寮に住んでいれば同室でない限り一緒に眠るということはないし、長期休暇にだって塾がある。いくら学生として彼と過ごす時間が長くても、恋人として過ごせる時間はうんと少ない。ましてや相手は自分と同じ学生でありながら塾講師も務める多忙の身であれば、会いたいなんて言い出せるわけもなく。
我慢することは苦手だが決して不得手でない勝呂は「もっとふたりの時間が欲しい」だなんて雪男には言わなかった。もちろん勝呂自身、学校と塾の慣れない二重生活やらそれに伴う膨大な勉強量を考えれば普通の高校生ほど余裕のある生活ではないのだが。
そんなふたりの細やかなデートは夜の屋上だった。
昼は学校、夕方には塾。自然と会える時間は限られる。雪男の持つ鍵を使えば移動に苦労はしない。
初めての会瀬で、少しだけ得意気に少年らしい笑顔で鍵をちらつかせた雪男に「職権濫用や」とからかった時のことを思い出す。あの時、「これを使わないのは宝の持ち腐れでしょう」と目を細めてくつりと笑った雪男の愛らしさと言ったら……。いや、そんなことは自分ひとりが知っていればいい。
とにかく時間は少ないが会う時間がない訳でなく、それは勝呂より忙しいであろう雪男がそれでも自分と時間を共有したいのだという証明で、自分は彼に好かれてるんやなぁと感慨深く思うのに、果たして自分はそれに見合うだけの好意を彼に返せているだろうかと、不安になってしまうのだった。そうやって雪男のことを考える時間が増える度にますます彼を好きになるのだけれど。つまり、勝呂は呆れるほどに雪男が好きなのだ。それを伝えられているかは別として。
屋上のフェンスを越えて、へりに腰掛けた雪男は空を見上げながら足をふらふらと動かし空気を蹴っている。勝呂もフェンスを越えはしたが、雪男の斜め後ろに立ち彼のつむじを見ていた。
「……怖ないんですか、そんなとこに座って」
「怖くない、と言ったら嘘になるけど――もう慣れました。昔は夜も高いところも怖かったんですけどね」
雪男の目が勝呂を捕らえ微笑んだ。
「いつからかな、平気になったのは」
目を伏せてぽつりと呟いた雪男は再び空を見上げる。
雪男の敬語混じりの話し方は、自分たちの距離を正確に表していると勝呂は思う。教師と生徒でなく、けれど家族ほど近くもなくて。確かに他の誰より彼の近くにいるのに、彼の唯一には勝てない――なれないのだ。
ここにいない雪男の兄の存在を強く意識する。雪男といればよくあることだった。そしてそれは勝呂をひどくもどかしい気持ちにさせる。一緒にいるのは勝呂なのに、その目に写るのはここにいない雪男の片割れなのだから。
(いっそ目隠しでもするか?)
自分以外を写し続けるなら、何も見えなくなってしまえばいい。
短く息を吐き、首を左右に揺らした勝呂はのっそりと一歩踏み出した。雪男の隣に立ち、真っ暗な町を見下げる。窓から溢れる光は人工的で、それでも人を暗闇から守っていた。
「怖くないんですか? そんなところに立って」
雪男が笑う。勝呂を真似た疑問だと分かり、少しだけ顔をしかめながら、勝呂は空を見た。
「先生と一緒やったら」
「……勝呂くんって、そんなセリフ言うんだ」
意外だなぁ、と呟いた雪男は顔を隠すように俯いたけれど。形の良い耳をほんのり色づかせていたことに勝呂は気づいた。
「うるさいわ」
素っ気ない言葉が勝呂の照れ隠しだと知っている雪男はもう一度笑った。
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初勝雪!
2人してうぶだと可愛い
2011/09/06