drrr!!! | ナノ

 一度も染めたことがないだろう柔らかな黒髪をした少年が歩いている。池袋の大通りを外れた小さな道を、目的を持ったしっかりとした足取りで歩いている。少年の手には使い慣れた携帯が握られていて、送られてきたメールに目を通しては素早く簡潔に返信する。その間も彼の足は止まらない。
 少年は池袋にある高校、来良学園の浅葱色をした制服を身にまとい一人静かに微笑んで足を止めた。
「これで終わり、かな」
 口角の上がった少年の顔は、一見して平凡である。黒に紺を混ぜたような深い色をした瞳は平均より少し大きく、それだけが特徴的だった。
 気分が高揚するのと同時に空を見上げる。建物の間から見える小さな空に星はない。そういえば池袋に来てから星を見てないな。
 少年は気持ちが落ち着いたのを見計らって路地の先を見つめた。剣呑な光をその瞳に乗せて突然現れた男を睨みつけるが、その顔は朗らかだ。
「こんばんは帝人くん」
「こんばんは」
 男がクスリと笑い両手を広げながら少年――帝人へと歩み寄る。
「お疲れ様。それともお見事と言うべきかな。あれだけのことを1日で片付けちゃったんだもんねぇ」
「……どちらにせよ、あなたにはそんなことを言われる筋合いはありません。臨也さん」
「本当にそうかな。あの一端に俺が関わってること、気づいてるんでしょ?」
 帝人は片眉を上げ、クスクスと笑い続ける男から視線を反らした。帝人の笑みが苦いものに変わる。
 男の言う「あれ」とは、ダラーズ内部のいざこざのことだ。帝人が、荒れてしまったダラーズメンバーの粛清を始めたのはつい最近。無色であったはずのダラーズは、保護色の名の下に暗躍し始めた。以前のダラーズに戻そうと帝人も活動し始めたのだが、そうしてから気付いたことがある。それは自分が頼りにしていた折原臨也という男が、如何に危険かということだった。
 帝人は何も知らなかった自分に憤り、軽く息を吐く。
「あなたに関してはもう諦めてますから」
「へぇ。いいのかな、自分で言うのもなんだけど俺を放っておくと面倒だと思うよ?」
「本当に自分で言うことじゃないですね」
 男の言い分に帝人が苦笑する。掴み所がないというか、相変わらず何を考えているのか分からない男だ。今度は一体、何を狙っているのやら。
「大体、静雄さんでも止められないのに僕にどうしろって言うんです?」
「どうしてそこでシズちゃんが出てくるのかな。いくら帝人くんでも怒っちゃうよ?」
「あなたを相手にするなら静雄さん以外に適任者はいないでしょう」
(本当、認めたくなんてないけれど)
 あれほど互いに嫌い合っていて、未だに縁が切れていないのだから不思議なものだ。
 目の前でピリピリとした雰囲気を放つ男に怖じ気づく様子もなく帝人は、2人のケンカを思い出していた。たった2人の人間が引き起こしたとは思えない惨状は、帝人に高揚と妬みを抱かせる。嫌いじゃないのに、見るのは辛い。
「何で帝人くんの方が俺より不機嫌になるかなぁ。まったく、君には敵わない」
 自分に指摘されて初めて、眉間が寄っていることに気付いたらしい。慌てて表情を取り繕う帝人を見て臨也はため息1つ、やれやれと肩を竦めてみせた。
 これだから、君から離れられないんだ。臨也がそう呟いて帝人を抱きしめた。
「俺を捕まえるのなんて簡単だよ」
「……」
「君が、俺のものになればいい。それだけだ、簡単だろ?」
 抱きしめられても抵抗1つしない帝人の耳元で、ただただ優しく男は囁いた。
「冗談は止めてください」
 しばらく抱きしめられていた帝人が、突然男の胸を押し返してきた。それに抗うことなく腕を離せば帝人は熱のない瞳とかち合う。穏やかな声とは裏腹に彼はただただ無表情だ。
「あなたのことは諦めたって言いましたよね」
「……そうだったね」
「あなたを止めることも、手に入れることも、何もかも全部諦めたんです。僕は」
 その意味が分かりますか、と続けられた言葉に果たして意味があったろうか。帝人は表情を失くした男を見上げて思う。言葉遊びが好きな彼ならその意味を正確に理解してくれるはずだ。
 帝人は一転、楽し気な笑みを浮かべ弾んだ声で話を続ける。目の前の男が聞いていてもいなくても関係なかった。ただその顔を作ったのが自分なんだという快感に酔いしれる。
「臨也さんは、自然現象の一部みたいなものです。だから無駄な抵抗はしませんし、何かあれば対策くらいはしますが。……それだけです」
 帝人は男から一歩距離を取った。
「それだけなんですよ、折原臨也さん」
(これが僕の最初で最後のあなたへの仕返しです。気に入ってもらえたら嬉しいなぁ)
 帝人はクスクスと小さく笑いながらその場を離れた。
 路地に残された臨也は十分ほど動けずにいた。そして突如大声で笑い始める。
「あははっ、やっぱりいいなぁ! 帝人くんは」
 本格的に、欲しくなった。
 どうすればあの生意気な少年を自分のものにできるのだろう。
 臨也は帝人を手に入れる作戦を考えながら歩きだす。ニヤニヤと笑うその顔はまるで、新しい玩具を与えられた子供のようだった。路地を出て歩き出した少し先で、明るい金髪を見つけて唇を舐める。
「まずは邪魔者を排除しないと。……ねぇ、シズちゃん?」
 金髪の男が足を止め振り返るもそこに変わったものはない。臨也は人ごみの中へ姿を消した後だった。
「どうした? 静雄」
「……いや、何でもないっス」
 そう答えつつ後ろを睨んだままの男に、上司は首を傾げた。何があるのかと同じ方向を見やるがしかし、「すんません」と呟いた静雄が先を歩き出したので慌ててついて行く。前を歩く部下はわずかに機嫌を悪くしたようで雰囲気が重くなったが、暴れないならいいだろうと結論づけた。
「よし、じゃあさっさと終わらせて飯でも食って帰るか! 今日は早く上がれそうだし、露西亜寿司でも食いに行くか?」
「いいっスね。もちろんトムさんの奢りで」
「おー、ただし時価はなしだ」
「ちょ、それじゃあ何も食えないじゃないっスか」
「そうだったかぁ?」
 そんなくだらない会話をすれば部下の機嫌は元に戻ったようで、ほっと息を吐いた。
 隣の呼吸音を聞きながら、しかし静雄の目だけはギラギラと輝いていた。



(ただキミがスきなのです)



続く?
なんか「狼の皮を被った気弱な静雄さんと羊の皮を被った悪魔な帝人くん」の話を書こうと思ったら勢いで戦争サンドになりそうです。ていうか気弱なシズちゃん書けてないしorz
続くかどうかは正直不明。ちょっと長くなりそうだしな。まぁ希望があれば、考えます。
露西亜寿司は時価のイメージが(笑)

2011/01/04


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