drrr!! | ナノ

 静雄は暴れていた。
 彼の周りにあるのは、原型を留めていない自販機に折れた標識、顔の腫れ上がったチンピラ数名。そしてそんな彼らを取り囲むように十数人のチンピラがいて、それぞれの顔に恐怖を張り付けながらもじりじりと輪を狭めている。
「……俺は用事があるって言ってんだろ? なぁ、邪魔だから退けよ」
 静かに、けれど充分に不機嫌だと分かる低音が響く。サングラスで隠れた瞳はギラギラ輝いているに違いない。しかし、誰もそこから動こうとしなかった。チンピラ達に限って言えば、退けないというよりは動けないという方が正しいかもしれない。
 近くにあった時計を見た静雄がぐっと眉間に皺を寄せた。そして、大きく舌打ちをする。それを聞いた全員がびくりと肩を震わせた。こめかみに汗が伝う。
「あと5分じゃねぇか。俺は忠告したぞ、退かなかったお前らが悪いんだからな? ……どうなっても文句言うんじゃねぇぞ」
 サングラスを胸ポケットへしまった静雄がニヤリと歪に笑った。そして、近くにいる奴らを片っ端からなぎ倒して行く。
 静雄の勢いにチンピラ達は呆然と立ち竦むが、宙を舞う仲間を見て正気に戻る。本気で静雄に勝てると考えている人間が何人いるだろうか。誰もが逃げる間もなくやられ、どうせやられるなら一発くらい当ててやろうと無理やりに突っ込んでいく。――そしてやはり、最後まで立っていたのは静雄だけだった。
 静雄はいつもの習慣で外していたサングラスをかけ直し、ついでとばかりに煙草を咥えたが当初の目的を思い出し慌てて駆け出した。

 静雄が時計を確認してからもうすぐ5分が経つ。
 約束をしているわけではない。ただ時間があればそこへ足を運んで、人と会っているのだ。それは彼の習慣となりつつあるもので、毎日楽しみにしている時間でもあった。
 喧嘩を早々に終わらせ走ってきた甲斐もあり、そこへ着いたのは5分を少し過ぎた頃だった。軽く乱れた息を整えながらきょろりと視線だけを周りへ流し彼を探す。
 しかし、なかなか見つからないその人に、少しだけ焦りを覚えた。まだ帰ってねぇよな。もし見つからなかったら、あいつらマジで殺すだけじゃ済まさねぇ。なんて収まったはずの怒りが沸々とぶり返してきたそのとき、視界の隅に彼の後ろ姿が見えた。
「帝人……!」
 慌てて発した声は思ったよりも大きくなった。しかし帝人には聞こえていないようで、背中が徐々に小さくなっていく。周りの人間がちらりと静雄を見るが、そんなことに構っている暇はない。やっと見つけた背中を追い掛け、手を伸ばした。
「帝人」
「あ、静雄さん!」
 声に驚いたのか手に驚いたのか、小さく肩を震わせた帝人が振り返り静雄をその瞳に写してほっと息をついた。
「こんにちは。今日はちょっと遅かったですね?」
 そのまま体を反転させ静雄に向き直った帝人はにこにこと笑った。が、直ぐにその顔が歪められる。
「まぁちょっとな。……帝人?」
 静雄は苦笑を浮かべ答えるが、帝人の様子に気づきどうしたのかと首を傾げた。
「……静雄さん、また喧嘩したんですか?」
「ん?」
「服に、血がついてます」
 不満気に呟いた帝人は静雄のシャツの袖を指差した。
 言われた場所を確認すれば確かに黒くなりかけた斑点がついている。鼻血だか切れた口からのものかは分からないが、自分は怪我をしていないのだからこれは相手の返り血なのだろう。
 帝人を見れば説明しろとばかりに頬を膨らませている。怒っているのだろうが、なんだか可愛い。流石にこの状況でそれを口に出すことはしないが、それでも頬が緩むのは仕方ないと諦めて静雄は苦笑した。
「あー、ここに来る途中で絡まれてよ」
「……静雄さんは、怪我してないんですよね?」
 帝人の言葉はただの確認なのに、どこか不安気に揺れている。いくら静雄が丈夫だからといって心配しないわけじゃないのだと責められている気分だ。静雄は自分より一回りも二回りも大きさの違う帝人の頭に手を置く。
「怪我はしてねぇ」
「なら、いいです」
 帝人がくすぐったそうに笑って言った。静雄もつられて笑う。
 年の離れた弟がいればこんな風なのだろう。静雄は思う。素直でこんな自分でも怪我の心配をしてくれる優しい弟。実の弟である幽だって充分に優しく兄思いの弟ではあるが、俺が守ってやらないと、と思うのは帝人だ。幽はああ見えて体は丈夫だ。何たって子供の頃から自分と喧嘩して育ったのだ。弱いわけがない。そういえば、いつだか帝人も自分を兄のようだと言っていた。一人っ子の彼は兄弟に憧れを抱いているようで、幽さんが羨ましいとよく零している。
 結局、2人して無い物ねだりをしているだけなのだが、それでも互いが互いを求めているのは確かだ。そして静雄はそれで満足なのだ。帝人が自分に笑いかけてくれるなら、帝人の頭を撫でることができるなら、それでいい。
「あ、聞いてください静雄さん!」
「どうしたんだよ?」
 帝人が何かを思い出したのか、少しむくれた顔をする。
「今日ここに来る前に、臨也さんに会ったんですけどね」
「臨也……?」
 静雄の声が低くなるが帝人はそれに気付かないまま、話を続ける。
「はい! 用事があるって言ってるのに勝手に話しかけてきて、言いたいことだけ言ってさっさと帰っちゃうんですよ? それで遅れそうになって慌ててここまで来たんですけど……」
「へぇ、ふーん。そうか」
「静雄さん?」
 静雄の異変に気付いた帝人が首を傾げる。静雄はにっこりと笑みを浮かべ、帝人の頭に置きっ放しだった手で帝人の腕を取った。
「し、静雄さん?」
 帝人の頭の上にははてなが飛び交っている。しかし静雄はそれに構わず腕を引いて歩きだした。
「えと、あのっ、静雄さん? どうしたんですか、っていうか何処に行くんですかっ?」
「ここじゃなんだから、俺ん家でゆっくり話を聞いてやるよ。っていうか全部言わせるからな」
「えぇ!? 本当にどうしたんですか、静雄さんー!」
 自分の前で臨也の話をしたのが間違いだ。静雄は憮然とそう思った。何故だかイライラするが、それでも帝人が掴んだ手を振り解こうとしないことを喜んでいる。静雄はよく分からない自分の気持ちを抱えながら、自宅への道を歩くのだった。帰ったら思いっきり頭を撫でまわしてやろうと思いながら。




(だってこれは兄弟愛とかそういうはずで)



* * * * *
大変お待たせしました!
相互記念として、小羽さんに捧げます。
ほのぼので甘い静帝とのことでしたが、どうでしょうか;
なんだか甘もほのぼのにも応えられてないような気がしますが…。愛だけは詰まってます、愛だけは!
書き直しもおkですのでお気に召さないようでしたら、お気軽にどうぞ。


2010/12/27


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -