drrr!! | ナノ

 やっとのことで帝人が山道を登り終えた先には、一本の桜がどしりと佇んでいた。その桜の枝には薄紅色の蕾がついているのが、遠めにも分かる。
 今年も春がやってきたのだと、帝人は改めて感じた。
 桜へ近づこうと足を進めると、見慣れぬものが視界に入った。幹から覗く何かが柔らかな陽光を反射してキラキラ光っている。
 もしかして……!
 帝人は、疲れも足の痛みすらも忘れ一目散に走り出した。
 会えるかもしれない。あの子に、やっと会えるかもしれない!
 草原の芽が出たばかりの短い緑を踏みながら、帝人ははやる気持ちを抑えられずにいた。桜へ近づき、回り込むようにしてそこにいる人物の顔を見る。
「あ、あの!」
「……あ?」
 勢いあまって声を掛けてしまった自分に驚き、言葉を詰まらせる。相手も突然のことに驚いたのか、帝人の必死さに驚いたのかこちらを見たまま固まった。
 手がかりは何もない。確かめる術がない。けれど、目の前にいる彼は違う。
「……すいません、人違いでした」
 溜息が出そうになるのをぐっと抑え、帝人は声を搾り出す。桜の幹に寄りかかり座る青年は不思議そうに首を傾げたが、特に何かを言うことはなかった。
 帝人は強く手を握りしめた。違った。ここに通うようになって9年経つが、ここで誰かと会ったことはなかった。だから、もしかしたらと期待した。でもやっぱり、違った。
 記憶の中の少年は同い年か少し上くらいだったはずだ。帝人の目の前にいる青年は、大きな身体といい、手にした煙草といい、何もかもが帝人と同世代とは言いがたい。顔に幼さが残っているところをみると、大学生くらいだろうか。
 もう、忘れちゃったのかな。一瞬で沈んでしまった気持ちは、なかなか戻りそうにない。
「……お前も、ここで待ち合わせか?」
 そのまま放っておけば涙が出そうなほど落ち込んでいた帝人を見かねた青年が、無愛想な声を出した。何を言われたのか分からなかった帝人は、落ちていた視線を青年へと向ける。しかし青年は町を見下ろしていて、目が合うことはなかった。
 何も答えずにいる帝人に焦れたのか、青年はもう一度同じ質問を繰り返した。
「お前もここで待ち合わせか?」
「あっ、ま、待ち合わせっていうか約束なんです。もうずっと、前のですけど……」
 弾かれたように帝人が答える。尻すぼみになる言葉は、約束の希薄性ゆえか。分かっていたことだと思うのに、自分でそれを口にするのはなんだかとても痛かった。
 ふと青年の言葉に引っかかりを覚えて帝人は声をかけた。
「お前も、ってことは貴方も……?」
「おう。人を待ってる。来るか分かんねぇけど」
「……じゃあ僕と同じですね」
「そうだな」
 青年の笑った横顔が優しくて寂しそうで、帝人は動揺した。とても綺麗なのに、すごく切ない。堪えていた涙が、ぽろりと零れた。
 ちらりと帝人を見た青年がぎょっと目をむく。
「……お、おい。どうしたんだよ?」
「あはは、どうしたんですかね? 目にゴミでも入ったのかな」
「お前…、とりあえずどっか座れよ。落ち着かねぇから」
 手の甲で涙を拭いながら笑う帝人に呆れつつも、世話焼きなのか根が優しいのか、単に泣いている人を放っておけないのか。青年が地面をぽんぽんと叩いた。
「そうですね、すいません」
 顔を見られるのが嫌で、帝人は青年の隣に腰掛けた。とん、と桜にもたれ落ち着くのを待つ。今この瞬間、1人でないことに安堵した。
 青年もそれ以降は何も言わず、2人は並んでそれぞれの待ち人が来るのを待っていた。



待ち来らず

(それでも僕は待ち続ける)


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