突然、キスをされた。
訳が分からないまま、互いの酸素と二酸化炭素を交換する。ぐるりと口の中を分厚い舌に制圧されて、唾液も呼吸もうめき声さえも共有して、日常とかけ離れた苦しさに帝人の瞳には薄い涙の膜が出来た。
酸素が欠乏してぼんやりする頭が、遅れて警報を鳴らした。頭の中でガンガン響くそれに促され、抵抗すら出来ずにいた腕で男の体を叩いた。
ない力を振り絞って抵抗をしてみても、力も体格差も歴然でびくともしない。それどころかまるでお仕置きと言わんばかりに、絡め取られた舌を甘噛みされて、帝人の抵抗は小さくなっていく。
――これ、酸欠で死ぬんじゃないかな。
なんて思考が飛び始めたとき、キスを仕掛けた門田が帝人を解放した。と言ってもいつの間にか回された頭と腰を支える手はそのままで、帝人は自由に動けないのだが、その手がなければ立っていられない状態なのでどちらにせよ逃げることは出来ない。
口の端から零れた唾液を拭う気力もなく、酸素を取り込もうと必死に口を開閉する。門田はただそれを見つめていた。その瞳があまりにも真剣で、帝人は逃げるように視線をそらした。
何か言わなければ、と空回りする脳みそが呼吸の乱れの中に言葉を放り込む。「どうして」や「なんで」とかそういう類いの言葉だったけれど、ほとんど音にはならなかった。
しかし門田は帝人の唇の動きから言葉を察したらしい。少しだけ眉間にシワを寄せた。
「お前、俺を聖人君子か何かと勘違いしてねぇか」
「……そんなことは、」
やっと話せるまでに呼吸が整って、否定しようと口を開いたが、そんなことはない、と言い切れず口ごもってしまう。
聖人君子は言い過ぎだと思うが、常識的な人だとかダラーズの理想に近い人だとか、帝人が門田を「良い人」にカテゴライズしているのは間違いない。少なくとも、不意討ちでキスをするような人だとは思っていなかった。
八の字に眉を垂らして黙る帝人に、門田はさらに追い討ちをかける。
「俺はお前が思ってるほど良いヤツじゃねぇぞ」
「でも、門田さんは優しいです」
「優しいヤツがこんなことするかよ」
「……でもっ」
思わず顔を上げると視線がぶつかる。涼しい顔で帝人を見下ろす門田は、ほんの少し怖い。けれど、自分を見つめる瞳が悲しげに揺れているから帝人はそれ以上言葉を続けられなかった。
「なぁ分かれよ。優しいだけの男じゃないって。俺はお前の兄貴じゃねぇんだ」
門田らしくない要領を得ない言葉は、全て彼の本心だろうか。だからこそこの声は、こんなに悲しげに響くのだろうか。
「優しくするだけなんて無理なんだ。――好きだ、竜ヶ峰」
懺悔のような懇願が、帝人を支えているはずの手が、門田が帝人にすがりついているのだと錯覚させる。
そんなときでも帝人の頭を埋めるのはどうして、なんで、と理由を求めるもので。
――どうして許してはくれないんですか。このまま、この気持ちに気づかないでいたかったのに。
兄が出来たようで嬉しかった。門田に向けられる特別な感情は兄弟のようなものだと見ないフリをして、変わらずに付き合っていければそれで良いと思っていた。
でも、そのせいで門田が苦しむならそれは正しくないのだ。
「優しい人間じゃない」という門田の言葉を否定したかったのは、自分を否定されたように感じたからだった。誰にでも公平で、いつでも帝人に優しい門田を好きになった自分を否定された気がして。
――なんだ簡単なことなんだ。キスだって、嫌だとは思わなかった。それが答えなんだきっと。
帝人はそっと手を伸ばした。
「門田さん。やっぱり門田さんは優しいです。だって本当に優しくない人は自分で優しくないなんて言いませんよ」
伸ばした手を首に回して、帝人から触れるだけのキスをした。期待と困惑とで揺れる瞳を見つめながらゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「僕、優しい門田さんが好きです。大好きです」
「っ、竜ヶ峰」
きつく抱き締められた。
簡単なことだった。いつだって答えはここにあったのに。見つけてしまえばこんなにも大きくなって胸を締め付ける。
どうして気づかなかったんだろうと考えて、どうでもいいやと思った。今、門田の腕の中で帝人は確かに幸せなのだ。それだけで充分だった。
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(あなたの優しさを僕が知っていればいい)
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ガツガツ門帝を書こう!と一念発起したんですが、うじうじからのガツガツって感じになりました。門田さんは肉食系!ていう話をリベンジしたい←
2011/10/05