drrr! | ナノ

「……雨だ」
「ヤバい、洗濯物……!」

 それは突然降りだした。
 窓を叩く雨粒が耳障りで、ソファでうたた寝していた静雄が起きた。ぼんやりと窓を眺めながら呟いた言葉に意味はなかった。
 それに驚いたのは、ソファに凭れながら雑誌を読んでいた京平だった。窓の外、強くなる雨を確認すると、ばさり、と雑誌を投げ出し慌ててベランダへ向かう。その後ろ姿を眺めながら静雄はあくびをこぼした。
 洗濯物はアイツに任せよう。一戸建てに取りつけられたベランダは、男2人が並ぶには狭い。行ったところで邪魔になるだけだ。今日は天気が良くないから洗濯物は最低限のものだけで済ますと末の弟が言っていたし、量も多くはないだろう。
 そこまで考えて、静雄は末の弟がいないことに気づいた。
 雨が降って洗濯物が、と一番に騒ぐのは帝人だ。しかし今日は京平だった。家にはいないのだろうか。
 時計を確認する。静雄がうたた寝を始めてから約1時間経っていた。台所に立っている帝人を見た記憶があるので、寝ている間に出掛けたのだろう。しかし何処へ?
 静雄が首を傾げていると洗濯物を入れ終えた京平がリビングに入ってきた。

「大丈夫だったか?」
「ああ。屋根があるし、風も吹き込んでなかったからなんとか」

 ふーん、と相づちを打って静雄は口を開いた。

「帝人はどうしたんだ?」
「アイツは買い物だ」

 買い物、と聞いて納得した。何か足りないものがあったのだろう。
 取り込んだ洗濯物を簡単に畳んでいる京平を見た静雄は再び首を傾げた。

「……珍しいな」
「何がだよ?」
「着いて行かなかったのか」

 京平が手を止めずに怪訝な顔をして静雄を見る。さらに静雄が言い連ねると、京平はため息を吐いた。

「誰かさんが寝てるせいで、雨降ったときに洗濯物入れる奴がいないからって言われたんだよ」

 今日は俺の番だったのに、と言外に不満をにじませた京平はもう一度ため息を吐くと気持ちを切り替え、淡々と洗濯物を畳んでいく。

「……そりゃ悪かったな」
「もういいさ」

 自分に非があることを知った静雄は素直に頭を下げた。苦笑して許す京平に、静雄は感心する。
 日曜日の買い物は、帝人と2人で行く特別な買い物だ。荷物持ちという名目で帝人に着いて行くだけなのだが、たまには2人で買い物がしたいと思った兄二人は交互に買い物に着いて行くことを決めた。ちなみに土曜日は3人一緒に買い物に行く。
 今日は京平の番で、楽しみにしていたはずだった。静雄を起こせば着いて行けただろうに、そうはせず家で留守番することを選んだのだ。なんと兄思いの弟だろう。

「あー、来週はお前が行けよ」
「……いいのか?」
「おう。今日のは俺のせいだし」
「サンキュ」

 2人は顔を見合わせて笑った。兄は済まなさそうに、弟は嬉しそうに。結局、仲の良い兄弟なのだ。
 多少の気恥ずかしさを感じた静雄は再び窓の外へ目を向けた。

「それにしても本格的に降ってきたな。帝人は大丈夫か?」
「傘も持って出たし、大丈夫だと思う」
「……でも荷物が重かったら傘させねぇよな」
「アイツももう高校生だぞ。買い物の荷物くらい平気だろ」
「でも、あんなに細いんだぜ?」
「そりゃ俺たちに比べたら、折れるんじゃないかってくらい細ぇけど……」
「……」
「…………」
「………………」

 暫く沈黙が続いた。
 静雄も京平も、頭の中では大きな荷物を抱えた帝人が苦労しながら傘をさし、雨の中を歩いている姿が想像されている。そしてついに、帝人が水溜まりに足をとられてこけてしまった。あくまで想像の帝人が、だ。
 2人は真剣な表情で顔を見合わせると我先にと玄関へ向かう。

「今日は俺の番だったんだから、兄貴は家で待ってろよ」
「それはさっき来週に回すってことで話がついただろ。つか、俺は再来週まで待たなきゃなんねぇんだから、お前が譲れ!」
「それは兄貴の自業自得だろ」

 ドタドタと足音を鳴らしながら競うように歩く2人は、抜け駆けは許さないとお互いを牽制する。
 不毛な言い争いを続け、ついに玄関まで辿り着いた。しかし、どちらが帝人を迎えに行くか決まっていない。

「……仕方ねぇな」
「アレで決着つけるか」

 玄関で向かい合う、仁王立ちした静雄と京平。
 ピリピリとした空気が辺りを包む。
 静雄がゆっくり息を吸った。

「最初はグー!」
「じゃんけん、ぽん!」

 最初はグー、から始まる喧嘩を知っているだろうか。答えは簡単。世間一般で言うところのじゃんけんだ。
 静雄と京平、共にグーだった。

「ちっ」
「あいこか…」

 お互いをにらみ合いながらもう一度声を上げた。しかし、またもやあいこ。

「真似すんなよ、お前」
「たまたまだろう」

 再び掛け合いの声が聞こえるが、何度やっても結果はあいこだった。
 肩で息を吸う静雄に額ににじんだ汗を拭う京平。両者は一歩も引かずに闘い続けた、じゃんけんで。

「次で最後にしてやる」
「負けて吠え面かくなよ」

 気合いを入れ直した2人は声を揃えて言った。

「「最初はグー、じゃんけん……」」
「ただいまー!」

 2人が手を振り上げたそのとき、ガチャリと玄関の扉が開いて帝人が入ってきた。リビングにいるはずの兄たちに声が聞こえるように、と帝人が大きな声で言った挨拶は、間近にいた兄たちを驚かせるには十分な威力だった。
 手を振り上げたまま肩を揺らし、自分を見下ろすばかりの兄たちに帝人は少し驚いてすぐにため息を吐いた。

「もしかしてまた喧嘩してたの?」

 帝人の冷えた声音を聞いた2人はゆっくりと振り上げた拳を下ろした。どうにかしなくてはと、静雄が慌てて口を開く。

「どっちが帝人を迎えに行くか話してたんだ」
「じゃあ何でじゃんけんしてたの」

 じゃんけんは喧嘩。正しくは喧嘩の代わりなのだが、三兄弟の認識では、その2つはイコールの関係で結ばれていた。
 殴り合いの喧嘩をすれば家が大変なことになるのは目に見えている。静雄は人間離れした怪力の持ち主だし、京平も喧嘩は強い。そんな2人が暴れれば家はひとたまりもないだろう。
 けれど一番の理由は、喧嘩して怪我をした2人を見て帝人が泣いたことにある。子供の頃の話だが、それから兄たちはなるべく喧嘩をしないようにしたし、殴り合いとは別の方法で決着をつけることにした。その1つがじゃんけんだ。
 つまり三兄弟の中では、話し合いではまとまらずじゃんけんをしなくてはならない状況は喧嘩をするのと大差ないということになっている。
 このままではマズいと今度は京平が口を開いた。

「お前濡れてないのか? すげぇ雨だったろ?」
「え? あぁ、ちょっと濡れたけど大丈夫だよ」
「……タオル持ってくるからちょっと待ってろ」

 京平は帝人の全身を見渡し、下に行くにつれ濡れかたが激しくなっていることを知った。髪も少し湿っているようだ。さらに、靴がびちょびちょになっているのに気づいた京平はタオルを取りに引き返した。

「ほら、荷物貸せ」
「えぇ?」
「お前は先に風呂だ。ちゃんと冷蔵庫になおしとくからよ」
「……冷凍食品は冷凍室に入れてね」

 少し遅れて帝人が濡れていることに気づいた静雄は、帝人から買い物袋を受けとるとリビングに向かった。
 玄関に残された帝人は小さなくしゃみをした。

「誤魔化されちゃったな。まぁいっか。……うぅ、寒い」

 早くタオルが欲しい。ぶるりと体を震わせるながら帝人はぼんやり兄たちの消えた廊下を眺めた。

「待たせたな」

 タオルを手に戻ってきた京平は、帝人の頭にタオルを乗せるとわしゃわしゃと頭を拭いた。されるがままになっていた帝人は次の瞬間に突然訪れた浮遊感に驚く。

「……うわっ」
「ちゃんと掴まってろ。このまま風呂場に行くぞ」
「僕、歩けるよ!」
「お前濡れてるし、ここで脱いだら廊下汚れるだろうが」
「でも!」
「いいから大人しくしてろ」

 軽々と帝人を抱き上げた京平は宣言通りに風呂場へと向かった。
 すぐに辿り着いた風呂場は、浴槽にお湯を張っている最中だった。帝人はそこに下ろされ、頭から被っていたタオルをとられた。

「ちゃんと温まって来いよ。出たらまた髪拭いてやるから。その後は兄貴がドライヤーしてくれるだろうしな」

 分かったか?
 帝人が頷くと京平は風呂場から出ていった。




(だからと言って負けたつもりはないんだけど)



* * * * *
みかたんで書いた三兄弟パロと同じ設定のものです。三兄弟パロが読みたいと言ってくださったなえさんに捧げます^^ありがとうございました!
三兄弟可愛いよ三兄弟!

これも支部に同じものをあげてます

2011/04/01


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