drrr! | ナノ

「今日は俺たちが家事をする」
「お前はゆっくり休んでろ」

 朝一番、帝人がいつものように朝食を作るために台所へ向かうと、珍しく先に起きていた兄の静雄と京平に言われた言葉だ。

(突然そんな宣言をされても……)

 どうしたのかと首を傾げた帝人は、台所から出てきた静雄に方向転換させられた。

「いいからリビングで待ってろよ」

 そう言って背中を押される。静雄の力に敵うはずがないと理解している帝人は抵抗しない。
 理由を言わない兄と首を傾げながら押されるままにリビングへ向かう弟の姿を見て、フライパンを握っていた京平はくすりと笑った。

「ここは俺たちに任せて、お前は先に着替えて来いよ」
「……はーい」

 京平にまでそう言われては自分が台所に入ることはできないだろうと諦めて、帝人は仕方なく着替えをしに部屋へ戻った。
 その姿を満足そうに見送った静雄と京平は朝食作りを再開した。


 普段着へと着替えた帝人がリビングに戻って来ると焼き立てのトーストや目玉焼きといったいつもの朝食が並んでいた。ふとウサギの姿をしたリンゴが目に入った。

(何でウサギ……?)

 少し歪なウサギはとても可愛い。けれど、兄たちがこれを作っている画を想像して笑ってしまいそうになった。何て言うか似合わない。
 帝人は必死に笑いを堪えながら、先にテーブルについていた静雄と京平の手招きに引き寄せられるように、いつもの場所に座った。

「な、ちゃんとできただろ?」

 静雄が誇らしげに言うから帝人は素直に頷いた。

 三兄弟の両親は現在、海外に住んでいる。父親の海外勤務に母親がついていくことになったのは、帝人が高校にあがる頃だった。一緒に海外に行くことも考えたが、受験が終わり学校が決まっていたことと兄二人既に成人していて働いていたこともあり、兄弟三人は日本に残ることになったのだ。
 当初、家事は分担し三人で協力してやることになっていたが、「僕は時間があるから」と今では多くの家事を帝人がこなしていた。
 けれど普段台所に立つことのない静雄と京平は、生活能力はあるらしく料理も上手かった。それを知っている帝人は、元より料理の心配はしていない。
 むしろ帝人が気になるのは、今日に限って全ての家事を二人ですると言ったことだ。今までも休みの日は家事を分担してやっていたが、何もするなと言われたのは初めてだった。
 腑に落ちないが、折角用意してもらった朝食が冷めてしまっては勿体ないと帝人は手を合わせた。

「いただきます」

 三人揃って声を出し、朝食を食べ始めた。

* * *

 その後も帝人が皿洗いをする前に京平が先に台所に立ってしまうし、洗濯物を干そうとすれば静雄がやって来て「俺がやるから」と帝人から籠を奪ってしまった。なら掃除をしよう、と帝人が踵を返せばリビングから掃除機の音がし始める。

(どうしよう、やることなくなっちゃった)

 帝人が途方に暮れているとリビングから廊下へ出てきた京平が帝人を見つけ笑った。掃除機の電源を落とす。

「どうしたんだ、そんなとこで」
「……静にぃと京にぃが全部やっちゃうからやることなくて暇なんだよ」

 ちょっと子供っぽかったかな。帝人はそう思いながらちらりと京平を見た。目を丸くしていた京平は軽く苦笑する。

「どうしたんだ、お前ら」

 そこに洗濯物を詰め込んだ籠を軽々と持って、静雄がやって来た。廊下を塞ぐ二人を見てきょとんとしている。

「帝人が暇なんだと」
「あ?」
「僕がやろうとすると二人が先にやっちゃうから」

 京平の簡潔な言葉では理解出来なかった静雄も、帝人の捕捉を聞いて合点がいった。静雄は後ろ頭を掻きながら何とかしようと口を開く。しかし誤魔化すことが苦手な静雄の言葉ははっきりしない。

「あー、まぁ休んでろって」
「何で僕だけ……」
「後でちゃんと説明するから。な、帝人」

 納得行かないと膨れる帝人を京平が宥める。
 また子供扱いするんだから。そうは思うが、こうして頭を撫でられると文句が言えなくなる。
 しぶしぶと頷き、リビングに向かう帝人を見送って静雄と京平は顔を見合わせた。

「……バレてねぇよな?」
「多分、大丈夫だろ」

 アイツ鈍いしな。
 京平が答えると不安そうだった静雄もそうだな、と頷く。

「つかお前狡いぞ」
「何がだよ?」
「俺も、帝人の頭撫でたかった」
「……後で撫でればいいだろ」
「おう、そうだな」

 機嫌よく二階へ上がっていく長男の背中を見送って、次男はひっそりと息を吐いた。

「……掃除するか」

* * *

 昼食は京平が作った炒飯を食べた。
 午後は静雄が買い物に出掛け、その間に京平が皿洗いと残っていた掃除をした。
 この頃になると、何を言っても家事を手伝わせてもらえそうにないことを理解した帝人は大人しく勉強をすることにした。買い物に行く静雄を玄関で送り出したとき、ぐりぐりと頭を撫でられたがいつものことなので何も言わなかった。
 静雄が買い物から帰ってきたときには、京平の掃除も帝人の勉強も終わっていたので三人はソファに並んで座りテレビを見たり本を読んだりしていた。
 ようやくいつもの休日らしくなったと帝人がホッとしたのも束の間。夕食の準備をするからと、兄二人は台所に行ってしまった。
 リビングに置かれたソファは家族5人がゆったり座れるほどの大きさで、そこに一人で座っているのは少し寂しい。
 帝人は彼らの背中を見ながらため息を吐く。
 家事がないとすることがないなんて、まるで主夫じゃないか。
 帝人はテレビへ目を移した。チャンネルを回す。何か興味を引かれる番組がやっているかもしれないと思ったが、祝日とは言え夕方のテレビは平日仕様だ。ニュースばかりで代わり映えのしない画面を睨みつける。
 その後、何をするでもなくぼんやりしていた帝人はいい匂いがしてきたことに気づいた。

(……カレー、かな?)

 現金なもので、カレーだと分かった途端にお腹が鳴った。お腹を撫でながら、時計を見るとそろそろ夕食の時間になろうとしている。随分ぼんやりしてたんだな、と帝人が伸びをしていると台所から静雄が顔を出した。

「できたけど直ぐに食うか?」
「もうお腹ペコペコだよ」
「じゃあ直ぐに用意する」

 ちょうど良かったと帝人が笑えば静雄は頷いてと台所に引っ込んだ。
 帝人はソファから立ち上がり、テーブルの上を片付けた。これくらいなら許されるだろう。

「お、悪いな。ついでにこれも頼む」

 台所からやって来た京平が帝人に濡れた布巾を渡した。帝人がそれを受け取りテーブルを拭き始めると京平は台所へ戻っていく。
 次にやって来たのは静雄だった。両手にカレーを持っている彼は、帝人がテーブルを拭いていることに気づくと眉間に皺を寄せた。

「何でお前がやってるんだよ」
「京にぃに頼まれたから」
「アイツ、やけに早く戻ったと思ったら……」

 静雄は怒りながらカレーをテーブルに置いた。静雄の言葉の端々から、帝人に家事をさせる気がまったくないという意志が感じられ、帝人は苦笑した。

「怒らないでよ。僕嬉しかったんだから」

 嬉しかったのだ。朝からずっと家事をさせてもらえず、一人除け者扱いだった。結局、理由も聞いていない。疎外感を感じていたところにやっと頼まれた仕事だった。いつもに比べれば何てことない簡単な仕事だが、帝人には充分だった。

「それに働かざる者食うべからず! でしょ?」

 帝人が笑って言うと帝人がそう言うなら、と静雄は怒りをおさめた。
 その後も静雄と京平が代わる代わるやって来て、テーブルにはカレーやサラダ、食器が並んだ。
 全て運び終わったらいつもの場所に座り、手を合わせて三人同時に挨拶をする。
 帝人がスプーンを手にする。カレーをすくったところで、兄たちが動かず自分を見ていることに気づいた帝人は首を傾げた。――あぁ、感想が欲しいのか。
 なんとなく二人の求めるものが分かった帝人はカレーを食べて、笑った。

「すごく美味しい!」
「そうか」
「そりゃ良かった」

 安心したように笑った二人もスプーンを取り食べ始めた。
 しばらくすると皿の上は綺麗になくなってしまった。いつ見ても二人の食べっぷりはすごいと感心しながら、先に食べ終えた帝人はお茶を飲んで一服する。

(僕もあれだけ食べれば大きくなれるのかな……?)

 兄たちの高校時代を思い出し、少しげんなりする。あの頃の食費は凄かったはずだ。
 料理をしだすと買い物をするようになる。買い物をするようになって帝人は物価について詳しくなった。そして、しなくてもいい心配をするようにもなった。
 兄は二人とも働いているし、帝人の学費は海外に住む両親が払っているのでお金の心配はしなくていいと言われているが、少しでも食費を抑えようと躍起になっている。

(って、これじゃあ完璧に主夫じゃないか)

 帝人が自分にツッコミを入れていると、静雄と京平が皿を片付け始めた。手伝おうと手を伸ばすと静雄に止められる。

「直ぐ戻るからちょっと待ってろ」

 それだけ言うと、二人は皿を持って台所に消えていく。またか、と半分呆れながら帝人は座り直した。
 突然、リビングの電気が消えた。

「えっ、停電?」

 帝人が慌てて立ち上がろうと腰を上げたとき、台所から小さな灯りが見えた。

「ハッピーバースディ、帝人」

 声と共に小さな灯りが近づいてきた。それはホールケーキに立てられた蝋燭の火だった。ふわりと灯る蝋燭は暗い部屋の中できらきらと輝いている。
 目を瞬かせるばかりの帝人の前にケーキが置かれた。

「ほら」
「……え?」
「蝋燭吹き消せよ」

 静雄と京平がテーブルについた。蝋燭の頼りない灯りの中でも彼らが笑っているのが分かる。

「……歌は?」
「歌って欲しいのか?」
「そりゃどうしてもって言うなら歌うけどよ」

 二人がしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。帝人は笑った。

「どうしても!」

 帝人の言葉を聞いて顔を見合わせた二人は、仕方ないと息を吐いた。低い声で歌われたバースディソングは大きな声ではなかったが、朗々とリビングに響いた。
 帝人は歌の終わりに合わせて蝋燭の火を吹き消した。真っ暗になった部屋に拍手が響いて、電気がついた。
 二人と目が合う。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう!」


 帝人はケーキを食べながら、家事をさせてもらえなかった理由を聞いた。
 3月21日。
 居間にあるカレンダーには、赤字で書かれた21を囲む大きな丸が書かれていた。
 今日は帝人の誕生日だった。
 そこで静雄と京平は誕生日くらいは帝人を休ませてやろうと、家事をすることにしたのだ。成功したかどうかは微妙なところではあるが、その気持ちが嬉しかった。
 家事を代わりカレーを作るというのは母の日にすることではないだろうか。ここにカーネーションがあれば間違いない、と帝人は思う。
 けれど静雄と京平が笑っているのを見ればそんなことを言えるはずがなかった。それに、今まで誕生日を忘れていた自分も自分だ。
 帝人はケーキを食べて笑った。







「プレゼントはないの?」
「肩たたき券」「何でもします券」
「……」
「冗談だ」
「本気にするなよ」
「冗談なんて言わないのに、こんなときばっかり僕をからかうんだから!」




* * * * *
今さらですが、みかたんをちゃんと書いてみました。しかし大失敗ww
三兄弟可愛いよ!

ちなみに支部にも同じものをあげてます

2011/03/24


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