drrr! | ナノ

「ねぇドタチーン。今日は帝人くんと会わないの?」
「あー、特に約束してねぇな」
「何でっスか! 今日はバレンタインデーですよ? 恋人がいるのに、一緒じゃないなんてどうかしてますっ!」

 その日も京平はいつものメンバーと一緒に池袋の街を宛もなくぶらついていた。こんな日までこいつらと一緒なのか、と自分自身に呆れながら、できたばかりの恋人を思い出す。
 いくら可愛い恋人でも、男相手にチョコレートを催促するのは気が引けた。しかし欲しいと言えなかったのは、京平が帝人を可愛いと思っているからこそなのだ。相手が男であることを尊重しているからだと言ってもいい。
 それに自分が、チョコレートが欲しいなんて柄じゃないことも京平は充分理解していた。甘いものが特別好きな訳でもなく、こういうイベントに自分から積極的に楽しむタチでもないからだ。
 いくつもの理由をつけて京平が自制したのは、自分のちっぽけなプライドを守るためなのだから馬鹿馬鹿しいと自らを嘲笑せざるを得ない。しかし京平が自制できたのも、もしかしたら何も言わずとも帝人はチョコレートを用意してくれるのではないかと思ったからだった。

「お前らには関係ねぇだろ」

 結局それを素直に口に出すことはできず、京平はぶっきらぼうに2人をあしらった。

「あれ?」

 その後も何かと京平に絡んでいた狩沢が声を上げた。

「どうかしました?」
「ほらほら、あそこあそこ!」

 彼女と一緒に京平で遊んでいた遊馬崎が首を傾げた。やっと解放されたと息を吐く京平には目もくれず、狩沢が人ごみを指差す。

「あれは……!」
「ね、楽しくなりそうな予感がするでしょっ?」

 狩沢が指差したものを正確に理解したらしい遊馬崎がオーバーに反応してみせる。狩沢はうふふ、と口元を緩めちらりと京平を見上げた。2人の様子が理解できないと首を傾げるばかりの京平に、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた狩沢が言った。

「良かったね、ドタチン! これで次のネタが決まったわ」

 ネタって何のことだ。狩沢の不穏な言葉に眉を寄せた京平がそう問いただそうとしたとき、後ろから声が掛かった。

「こんにちは、門田さん」

 勢い良く振り返った京平が見たのは、先ほどから話題になっていた彼の恋人――帝人だった。

「――帝人?」
「はい!」

 京平が一拍空けて名前を呼べば、満面の笑みを浮かべ元気に返事をする。そんな帝人に癒されて京平の口元は緩んでしまう。この瞬間、彼の世界から帝人以外が消えた。

「珍しいな、1人か?」

 身体ごと向き直り改めて視線を合わせる。帝人はにこにこと笑顔を浮かべたまま大きく頷いた。
 下校するとき、帝人は正臣や杏里と帰ることが多い。それに帝人がよく遊ぶメンバーも同じなので、京平が帝人と偶然会うときは大抵3人揃っているのだが、今日は他の2人の姿はなかった。帝人は制服を着ていないので一度家に帰って着替えてから外出しているようだった。何か用事があるのだろうか。それなら一緒にいられる時間は短いかもしれない。

「ちょっと用事があって」
「用事?」
「最初に見つけたのが門田さんで良かった」

 京平の問いには答えず帝人は笑う。そしてカバンから取り出したものを京平に渡した。受け取った京平はまじまじとそれを見つめる。手の平に乗る箱は四角く、重くもないのに妙な存在感を放っていた。もしかして、と京平の心がざわついた。けれどそれを顔には出さない。

「これは?」
「今日はバレンタインデーなので僕からのチョコです」
「…………おう、サンキュ」

 予想していた以上の衝撃が京平を襲った。辛うじて絞り出した言葉は愛想の欠片もなく、気の効いた言葉ひとつ掛けられない自分に腹が立つ。しかしそれも恋人からのチョコレートを前に霧散してしまった。
 照れているのか帝人の頬はほんのりと赤く色づいている。はにかんだ帝人はいつ見ても可愛い。そんなことを思いながら幸せを噛み締めていた京平の両サイドから人が現れた。

「あー! ドタチンってば帝人くんからチョコレートもらってる!」
「安心してくださいっス、門田さん! ばっちり激写しましたから!」
「……何が安心してください、だ! その携帯よこせ!」
「いくら門田さんのお願いでもそれだけは聞けません……!」

 京平は遊馬崎の手にある携帯を奪おうとするが遊馬崎はひらりとそれをかわす。
 そんな2人を尻目に狩沢は帝人に近づいた。

「帝人くーん」
「こっこんにちは、狩沢さん」

 狩沢は、放心していた帝人を後ろから肩を掴んでホールドした。

「さっきのってチョコレート? ねぇチョコレート?」
「えっ!? そ、そうですけど……」
「そっかそっかー。やっぱり私の目に狂いはなかったわね」

 帝人から狩沢の顔は見えないが、その声から彼女がどんな表情をしているか容易に想像できる。背筋がひやりとした。しかし、帝人はあえてにっこり笑ってみせる。

「狩沢さんや遊馬崎さんたちにも用意してきたんですよ」
「……え?」

 帝人がそう言った瞬間、狩沢だけでなくじゃれ合っていた京平と遊馬崎、ワゴンの中でぼんやりしていた渡草までもが動きを止め、帝人を見た。急に集まった視線に帝人は困惑したのか居心地が悪そうに身動ぎした。

「ドタチンだけじゃないの?」
「はい。皆さんにもお世話になってますから」

 狩沢の問いにきょとんと首を傾げた帝人は、それでも淡々と理由を口にした。
 それを皮切りに帝人はカバンから出した3つの箱をどうぞと3人に配ってしまった。

「何だー、ドタチンだけじゃなかったんだ。残念」
「……まさか身内以外からチョコをもらうなんてなぁ」
「チョコレートをもらうなんていつぶりっスか! 感動っスよ!」

 それぞれ渡された箱を見ながら好き勝手なことを言うが、感謝の言葉も忘れない。
 それを見ていた京平は未だ動けずにいた。あまりにもショックが大きすぎた。自分だけだと思っていたのに、みんなにだなんて。嘘だと言ってくれ。
 そんな思いも虚しく遊馬崎の手の中にはチョコレートが入った箱がしっかりと存在している。

「……遊馬崎」
「門田さん、帝人くんはいい子っスね! マジで天使っス!」

 僕らにまでチョコレートを用意してくれるなんてできた恋人っスね、羨ましいなぁ!
 遊馬崎がそう言い終えないところで、京平は遊馬崎がもっていた箱を奪った。

「あぁ! 何するんですか、門田さん!」
「うるせぇ。没収だ没収」
「そんなぁ! 男の嫉妬は見苦しいっス!」
「黙れ」

 取り返そうとする遊馬崎を睨みで制し、京平は渡草の元へ行く。

「ん」
「はいはい、分かったよ。ほら」

 不機嫌に手を差し出した京平に苦笑しながら渡草は帝人からもらったチョコレートを渡した。
 ぶすっとした不機嫌顔を隠すこともせず京平は3つの箱を手にした。ちなみに狩沢に渡されたチョコレートを回収しなかったのは、彼女に負い目があったからだ。楽しんでいたとは言え、京平と帝人が付き合うに至ったのは彼女の協力なしにはありえなかった。他2人も応援はしてくれたが、恋人が他の男にチョコレートを渡しているのを黙って見過ごせるはずがなかった。
 何でこいつらにまでチョコレートを渡す必要があったんだ。そんな不満が胸中を埋め尽くすが、それを帝人に言うにはあまりに大人気ない気がして、京平は悶々と箱を眺めた。
(――あれ?)
 3つの箱の中で1つだけが他と違う。よく見なければ分からない程度の違いだ。それは、最初に帝人からもらった京平のものだった。

「おい、帝人……――」
「みかプーならもう行ったよー?」

 京平が振り返った先には早々に開封したチョコレートを食べている狩沢しかいなかった。

「何処に?」

 狩沢がにやにや笑った。嫌な予感がする。思わず箱を持つ手に力が入った。

「他にもお世話になった人がいるからチョコレート配りに行くんだってー」

 次はシズちゃんを探すって言ってたよ、と続けた狩沢の横を京平が凄い勢いで駆け抜けた。背後から頑張ってねぇ、やらチョコレート返してくださいよー、という声が聞こえたがすべて無視する。チョコレートはワゴンの助手席に置いてきた。俺が帰って来たときに1つでも減っていたらただじゃすまさないぞ。そう心の中で呟いて。
 人ごみに紛れた恋人の背中を探して、京平は走った。なんとしても誰かに渡す前に捕まえる。携帯を片手にコールした。繋がれ、繋がれ。そしてコールが途切れる。相手の言葉を待たずに携帯の向こう側に叫んだ。

「帝人、他の奴にチョコ渡すなよ! 絶対だからな!」




(君は僕だけのスイートでないと!)



* * * * *
門帝はラブコメチックにしてみました!
初の試みだったんですが、京平さんに嫉妬させたかっただけっていうね(笑)

2011/02/14


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