drrr! | ナノ

「なぁ帝人、チョコレートは?」
「……へ?」

 静雄が帝人にそう言ったのは、帝人が作った夕食を食べ終えて、2人並んで炬燵に入りバラエティ番組を見ていたときのことだった。
 帝人のきょとんとした顔を見て静雄の機嫌が悪くなる。帝人はそれを敏感に察知して少し慌てた。

 バレンタインデー。忘れていたわけではないが、どんなチョコレートをあげようかと悩んでいて、結局決まらぬまま当日を迎えてしまったのだ。だから用意していない。静雄も今まで何も言わなかったから、忘れているのではないかと帝人は思っていた。
 しかし、その読みは外れたようだ。どうやら帝人から渡してくれるのを待っていたらしい静雄は、その日の彼を思い返してみれば少し変だった。食事中もずっとそわそわして落ち着きがなかったし、食後のプリンも食べなかった。食べなかったのだ。大の甘党である静雄が、プリンを。これには帝人も驚いて熱があるのでは、と体温計を探したのだが、「平気だ」という静雄の意見を尊重して引き下がった。それ以降も気にかけてはいたが、特におかしな様子もなかったのですっかり忘れていた。

 横から感じるじっとりとした視線が、帝人をちくちくと責め続ける。目が合えば逃げられないことは経験上理解している。だからこそ、何か代わりになるものを帝人は必死に考えていた。
(そうだ、プリン……!)
 冷蔵庫の中にあるプリンを思い出した。いつも食べているプリンではなく、この季節限定で売られていたプリンだ。あれなら、なんとかなるかもしれない。

「……静雄さん」

 己に負い目があるだけに帝人は恐る恐る声を掛ける。

「……何だよ」
「あの、取ってきますね?」

 不機嫌な声音を隠しもせず低く吐き出された声に、内心冷や汗をかきながら帝人は炬燵から抜け出した。静雄の目に困惑の色が浮かぶが、見て見ぬフリをし台所へ急いだ。
 冷蔵庫を開けひやりと漂う冷気を感じながら、2人で食べようと思っていたプリンを取り出す。帝人の手の中にあるのは茶色のプリン――チョコプリンがあった。
 バレンタイン特需とでも言うべきか。この時期、どこへ行ってもチョコレート売り場が置かれている。所狭しと並んだチョコレート製品の最も人気があるのは、やはりチョコレートそのものだ。次いでチョコレート味のクッキーなどが人気があるのだろう。その中で、端の方に置かれたチョコプリンに気付いたのは偶然だった。
 食後のプリンのために買ってきたものだったけれど、静雄がいらないと言ったのでそのままになっていたものだ。ちょうどいいから、出してしまおう。チョコレートには敵わないかもしれない。でも何もないよりはずっといい。
 いつもはカップに入れたまま出すプリンを皿に移して、スプーンを添えた。たったそれだけなのに、特別な気分になる。2人分のそれを手に帝人は静雄の元へ戻った。


 居間に戻れば炬燵に入りながらもそわそわしていた静雄の後ろ姿が見える。その姿が可愛くて帝人はくすりと笑った。

「はい、どう――」

 ぞ、と続くはずだった言葉を打ち消すように、帝人の喉から小さな悲鳴が零れた。プリンを静雄の前に置こうとしたそのとき、炬燵布団を踏んでいたせいでバランスを崩してしまったのだ。カチャン、と甲高い音がした。目を見開きながらも咄嗟に腕を伸ばした静雄のおかげで倒れ込むことはなかったが手に持っていたプリンは無残にも机の上に落ちてしまった。更に運の悪いことに、バランスを取ろうと机に伸ばした帝人の手がそのプリンを押し潰してしまった。

「――大丈夫か?」

 暫く呆然としていた2人だったが、静雄がゆっくりと帝人の顔を覗き込んだ。その声は心配に揺れていたが、帝人はそれに気付かない。自分の手で潰してしまったプリンを見たまま、肩を震わせるばかりだった。

「おい、帝人? お前どっか怪我したのか?」

 様子のおかしい帝人に静雄が焦る。

「――が……っ」

 帝人の唇がゆっくりと開いて言葉を紡ぐのに気付いて、静雄は耳を澄ませるがしっかりと聞き取ることができなかった。首を傾げる。

「何だ?」
「プリン……が、せっかく2人で、食べようと思って買って来たのに……」

 それだけ言って帝人はがっくりと頭を垂らした。2人で食べるために用意したプリンだった。バレンタインデーらしいことはできなかったから、せめていつもと違うことをしようと思ったのが悪かったのだろうか。いつもどおりカップのままなら食べることができたのに。後悔ばかりが湧いてくる。

「あー、これでいいぜ」

 静雄がぽつりと呟いた。何のことだろうと帝人が顔を上げる。
 静雄はプリンにまみれた帝人の手を取るとそこについたプリンを舐めとった。べろり、と大きな舌が上下に動いて、帝人の白くて細い小さな手を綺麗にしていく。びくりと肩を震わせ硬直した帝人は瞠目するばかりで言葉を発することさえできない。顔が火照るのを自覚するが、それも無意味だ。ただじっと赤い舌がプリンを舐めとる様を見つめ続けた。

 ぴちゃ、ぴちゃりという水音が響いて、無意識に喉が鳴った。赤い舌の動きは帝人にある行為を思い出せる。
(うぁ、どうしようどうしよう。どうしよう……!)
 パニックになった頭では何も考えることなどできない。
 そわそわし始めた帝人に気付いたのか静雄が視線だけを合わせてきた。

「うまい」

 静雄の目は嬉しそうに細められていて、ぽろりと零した言葉に嘘はないのだと分かる。しかし、それが妙に恥ずかしくなって帝人の目に涙が浮かんだ。今にも泣きそうな帝人に動揺したのか、静雄が掴んでいた手の拘束が緩む。それを肌で感じた帝人はさっと静雄から離れた。

「あ、あっあの……僕、布巾持ってきますね!」

 それだけ言って帝人は台所へ駆け込んだ。出した声は少し上擦ってしまったが気にしていられなかった。
 冷蔵庫を背にずるずると座り込む。火照った顔を冷やそうと手を上げたところで、静雄が舐めたままの状態だったことを思い出して再び赤面した。ふと手に残ったチョコプリンの欠片が見えて、帝人は徐にそれを口にした。

「……甘い」

 来年はちゃんとチョコレートを用意しよう。ぼんやりする頭の片隅で帝人は決意した。


 一方居間では静雄は台所へ消えた帝人の背を見送り、きょとんと首を傾げていた。
(プリン美味かったな)
 考えても分からないことはすっぱり諦めた静雄は、先程口にしたチョコプリンの味を思い出して口元を緩めた。そして、白い指を思い出す。そこでぴたりと動きを止めた。

「〜〜〜っ!」

 自分の行動を正確に理解した彼は羞恥に赤くなった顔を手で覆いながら言葉にならない奇声を発した。




(甘いものに目がない君の、)



* * * * *
静帝はちょっといかがわしくしてみました!
シズちゃんは天然たらし。そして思い返して恥ずかしがるっていう初心さも忘れてはいけません(笑)

2011/02/14


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