独り占め、したくなる
池袋。
休日の昼下がり、帝人はお気に入りのシャツを着て出掛けた。あまりファッションに詳しくないし、自分にそれほどセンスがあるとも思わないので、変にならない程度に小綺麗な格好をしただけだったが、帝人にとってはちょっとしたお洒落なのだ。
いつもはあまり気にしない服装に小一時間ほど悩んだのは、今日が門田とのデートの日だから。
学生と社会人では生活サイクルが異なる。
門田が一般的な勤め人でないおかげで――父親と共にフリーの左官屋をしていると聞いている――学校帰りにばったり会うこともあるが、それは言い換えればつまり、週末が必ずしも休みだと決まっているわけではないということで。2人の休日が重なることは珍しく、そして今日はその珍しく重なった休日だ。
何をしようかと話し合い、街を少しぶらついてから門田の家に行くことになった。
1日中一緒にいられるのはいつぶりだろう。いつだって少しでも顔を合わせるようにしていても、長い時間を共に過ごすのは特別だ。
昨夜は期待と緊張とであまり眠れなかった。遠足前夜の小学生じゃないのに、と苦笑したがそれくらい今日のデートが楽しみだった。
早く、会いたいなぁ。
緩みそうになる口元に気をつけながら歩く。
帝人が待ち合わせ場所に着いた時には、既に門田がいた。
余裕を持ってきたつもりだったんだけど……。
誰かを待つのは嫌いじゃなった。これからのことを考えれば時間なんて気にならないし、待たせるよりは待つ方が気が楽だから。それでも5分前に着けばいい方だ。
携帯を取り出し時間を確認すれば約束の15分前。
門田も約束の少し前にたどり着けるようにしているようで、2人は似たような時間に着く。あまり待ったことも待たせた記憶もない。
それにしても、今日は早すぎる気がする。
自分もいつもよりは早いけど、それは家で待っていられなくなったからで。分針が1つ動くたびに時計が気になって、何をしてもそわそわしてしまうものだから、向こうで待ってればいいやと家を飛び出してきたのだ。
なんで今日はこんなに早いんだろう、と帝人は首を傾げたが、相手を待たせていることに気がつき、慌てて駆け出した。
「門田さん!」
名前を呼ばれ、門田がこちらを見た。
帝人を見つけて浮かべられる少し柔らかい笑顔はいつもと変わりない。それがやけに嬉しくて、抑えていた口元も呆気なく弧を描いていく。
「よぉ、帝人」
「今日は早いんですね」
「お前も十分早いだろ」
呆れたように笑った門田の手が帝人の頭を撫でる。そして、視線を彷徨わせて言いづらそうに言葉を濁した。
「……あー、待ちきれなくて早く家を出たんだ」
「ぼ、僕もですっ」
「そうか」
淡白な返事の後に、頭の上に置かれたままだった手がぐしゃぐしゃに髪をかき混ぜた。慌てて引き剥がそうとするが、力の差も背の高さもかなわない帝人はおとなしく撫でられるしかなかった。それでも、ちらと垣間見た門田の耳はうっすら赤く染まっていて温かい気持ちでいっぱいになる。
嬉しいんだ、同じことを考えてたことが。
「もう、ボサボサになっちゃうじゃないですか」
少し拗ねた真似をしたのは、だらしない顔になりそうだったから。
悪いと笑いながらはねた髪を直すように撫でてくれる。やっぱり優しいなぁと思うと同時に子ども扱いされているようで釈然としないけど、今はそれでいいと思う。実際、彼と比べれば自分はまだ子供なのだ。それでも好きなのには変わりないから。
「じゃあ行くか」
髪を整え終わった手が離れていくのが残念だとは言わずに頷いた。
門田さんは皆に好かれてるんだな、と帝人はよく思う。
自慢の彼氏はぶっきらぼうだけど面倒見がよくて、人によって態度が変わることもない。だから彼の周りにはよく人が集まるし、街中で声を掛けられることも多い。本当に自慢の彼氏だ。そんな彼を好きになったのだけど。
今も帝人の知らない人に声を掛けられて言葉を交わしている。その間帝人は黙って話が終わるのを待つ。携帯があれば数分の時間を潰すくらい造作もない。
なるべく会話は最小限にしてくれるようですごく待たされることはない。昨日今日始まったことではないから、既に慣れてしまった。でも。
こんな時くらい僕だけを見て欲しいなんて思うのは、我侭なのかな……。
***
悪い奴ではないことは知っているが、空気を読めと柄にもなく悪態をつきたくなった。
男同士並んでいてデートだと考えが行かないのは仕方ないと思う。それが普通だろう。だから邪険にならない程度に話を切り上げることにしているのだ。そうすれば大抵の人間は、門田の隣で待っている帝人に目をやり引き止めて悪かったと去って行く。
それなのに、目の前の男ときたらぺらぺらとどうでもいいことをよくしゃべる。こちらが切り上げようとしているのに、それに気づかず次の話題へ移る。
そんなに話したいことがあるなら暇な奴でも捕まえろよ。俺は暇じゃないんだ。
そうは思えど、相手は仕事先の人間でないがしろにはできない。門田は気のない相槌をしながら待たせているはずの恋人の姿を横目に見た。
いつもはすぐ傍で携帯を触っているはずの帝人は少し離れたベンチに座っていた。そこには見慣れない誰かがいて、何か話をしている。
同級生だろうか。制服ではないのでよく分からないが、親しげな雰囲気だ。
1人で待たせているよりは話し相手がいる方がいいだろうと、門田は息を吐く。
帝人はおとなしそうな外見に反して、明るく交友範囲も広い。それは彼の親友によるところも多いが――門田もそのうちの1人だ――、ダラーズ関連で知り合ったのかセルティや臨也とも面識があるようで、周囲の人間に驚かれたり心配されることも少なからずあった。
ふと視界の端で、帝人が笑った。
今の状況を作ったのが自分なのは分かっている。むしろ、分かっているから余計に。その笑顔が自分に向けられていないのが悔しくて仕方なかった。
右手を握り締める。短く切りそろえている爪が、手のひらに刺さった。
「すいません、先約があるので今日はこれで失礼します」
未だに話を続ける相手に一方的に伝え、返事も聞かずに踵を返した。面食らった顔が見えたが、それはまた次にでも謝罪すればいい。
それより、今は。
帝人へ足を進めれば帝人と目が合った。するとベンチから立ち上がり、一言二言交わして近寄ってきた。
「待たせたな、悪い」
「いえ、気にしないでください。ちょうど学校の友達に会って退屈せずにすみましたから」
にっこり笑って首を振る帝人が離れていく友達に手を振った。何気なく相手の背中を見送る。
「門田さんはもう大丈夫なんですか?」
帝人が門田の後ろを見ながら控えめに声を掛ける。その様子にまだそこから立ち去っていないことに気づき、眉間にしわが寄る。
「仕事先の人なんだが、話し出すと長くてな。仕事の話ならともかく、関係ないことばかりだったから切り上げてきた」
「えっ、いいんですか?」
「もう十分付き合っただろ。それに今日はお前優先だ」
柄にもないことを言っている自覚はあったが、そんなことを言っている場合じゃなかった。
「ところで、帝人」
「何ですか?」
「今日何かしたいことあるか?」
「特に決めてないですけど」
帝人が戸惑ったように答える。
お互いに見たい映画もなかったから映画はまた今度。2人で行きたい場所はほとんど行ってしまった。だから街をぶらぶらしようと話をしていたはずだ。
帝人に行きたい場所がないなら平気か。
「じゃあ予定変更だ」
「え?」
「今から俺の家に行こう」
「えぇ?」
帝人が驚いたように目を開いた。
構わず手を引いて人ごみを掻き分けて進む。
歩くことに必死で帝人は何も言わない。門田はバレないようにそっと息を吐いた。
助かったと思ったのだ。今はこの気持ちをうまく説明できそうになかったから。
独り占め、したくなる(嫉妬ではない、純粋な独占欲に身を焦がす)
「どうしたんですか、急に」
「邪魔されたくなかったから。嫌だったか?」
「ぜ、全然! 嫌じゃないです!」
「そうか、ならよかった」
* * * * *
門帝lover's様に提出したものです。
お互いに同じ様なことを考えてる2人は可愛いなぁ、と思ったらこんなことになりました(笑)
素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました!
これをきっかけにもっと門帝が増えればいいと切実に願っています。
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