遊び方を忘れた大人

「遊び方なんて、忘れてしまいましたよ」

 目の前の青年は酷く驚いた様だった。

「どうして?」
「さあ、何故でしょうね」

 薄く笑ってはぐらかせば、青年は不満げに眉をしかめた。
 影を落とす瞳は澄んでいて、何故だか目を逸らしたくなった。

 自分が彼ぐらいの年齢の時、こんなに綺麗な瞳で世界を見ることが出来ていたのだろうか。
 思い付く限りでは憎しみや怒り、諦めや絶望で回りを見ていたように思う。
 そうさせた汚い世界も、自分を醜く造り変えたマフィア達も、全てが憎むべき対象だった。

 例えばもし、自分が彼と同じ環境で、同じ立場で、同じ目線で毎日を過ごしていたとしたら、現状はもっと違ったのかもしれない。
 けれど手放しで夢中になれるほどの綺麗さはもう持ち合わせてはいないし、決して短くはない人生を送ってきた自分とまだ未来のある青年とでは不釣り合いにも程がある。

 数年早く、数年遅く。
 そうやって開いていた年齢は月日を追う毎に色濃くなり、今では一歩を踏み出すのに躊躇う十分な理由となってしまった。

「じゃあ僕が思い出させてあげる」

 優しい動作で、静かに左手を取られる。ゆっくり指をなぞるように触れる姿はおよそ年下の子供には見えない、立派な青年のそれだった。

 ゾクリ、と背中を何かが走る。
 駄目だ、流されるな、やめろ。

「骸クンはさぁ、どうせまた難しい事を考えているんでしょ?」

 ゆっくりと伸びてきた手は、優しく控え目な手付きで人工的に造られた紅い目元を撫でた。

 ――やめろ。触らないで。

「骸クンは綺麗だ、例えば君がそう思わなくても」

 ――嘘だ、僕は汚い。

「忘れたなんて言わないで、これからまた覚えればいいじゃない」

 視界が揺れる。目の前にあったはずの端正な顔がぼやけて見えて、ああ、自分は泣いているのかと悟った。
 自分より随分年下の男に泣かされる日が来るとは予想もしていなかった、なんて軽口を叩いてやる余裕も、いい加減に手を離せと振り払う強さも残ってはいなかった。

「遊び方なんていくらでもあるよ、何がしたい? 僕は骸クンが居れば何でも楽しいよ」

 いつまで経っても流れ落ちる涙が止まらない。自分が何故こんなに泣いているのかさえも分からない。ただ分かるのは、白蘭が微笑んで、こちらを見ていることだけだ。

「骸クンは綺麗だね。涙で反射して、紅い瞳がキラキラしてる」

 言いながら目尻に唇を落とされて、それから抱き締められた。

「好きだよ、大好き」
「……馬鹿じゃ、ないですか」
「えー、酷いなぁ」

 もう、流されてしまってもいいかもしれない。いくら否定をしたところで、自分は結局白蘭に捕まえられてしまう気がするから。
 濡れた頬を隠すように肩口に顔を埋めながら、自分よりも厚い背中にゆっくりと腕を回した。

(2013/08/23)

 


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