偶然


 寒い、非常に寒い。
 骸はスラッと伸びた背を丸め、片方の手をポケットにつっこんで、だんだんと冬の足音を感じるようになってきた夜の道を歩いていた。
 今日は何だか特に寒いような気がして小さく溜息を吐く。

 もう少し厚着をしてくるべきだったと後悔しながらふと空を見上げると、幾つもの星が輝いていた。
 そういえば、普段はこの道を一人で歩く事は少ない。いつだって隣には、うざったいぐらいに笑顔を浮かべる男が歩いているのだ。
 白蘭は何かと理由をつけて手を繋ごうと差し伸べてくる。恥ずかしいのと、変なプライドが邪魔をしてその手を取る事は少ないのだけど。

 こんな寒い日はあの温もりが恋しくなる。ポケットの中の手は温まらず、やけに冷たく感じてしまうのはきっと、あの男の温もりに一度でも触れてしまったからだろう。とても不本意ではあるけれど。

 ポケットに入っていない方の手には大きくも小さくもない箱が握られている。傾けないように、と慎重に持っているせいで、此方の手は外気に晒されたまま、随分冷えてしまった。
 道脇にある電灯の光とたまに通る車のライト、誰かの家のカーテンの隙間から漏れ出した電気。それらの光を頼りに、帰路を急いだ。



 やっとたどり着いた部屋の扉を開けると、既に人工的な光に満ちていた。

「おかえりー」
「ああ、帰ってたんですね」
「うん、ついさっきね」

 部屋に入ると同時に掛けられた言葉に返事をしながら着ていたジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛ける。ついでに脱ぎ捨ててあった白蘭の分の上着もハンガーに掛けておいた。

「今日外寒かったでしょ」
「ええ」
「だから朝言ったじゃん! そんな薄着じゃ絶対寒いって」
「お陰様で、凍えるかと思いましたよ」

 そう返せば白蘭は、ふふ、と柔らかい笑みを浮かべた。
 冷えていた体が温まっていくような感覚を覚えながら、骸は持ち帰ってきた箱を手にキッチンへ向かった。

「もう夕飯は食べました?」
「まだー」
「じゃあ何か作りますね」

 間延びした声を背に、何か食材はあっただろうかと冷蔵庫を開ける。そこには見覚えのある箱が置いてあった。大きくも小さくもない、白い箱。

「……これは」
「あ、そうそう! それお土産、骸クンに」

 いつの間にか背後に立っていた白蘭が笑顔で言った。

「チョコ好きだったよなーって思ってさ」
「……これ、駅前で買いました?」
「ん?」
「あの、新しく出来た、ファンシーな感じの」
「ああ! そうそう! 入るの恥ずかしかったんだけどさ、美味しそうなチョコケーキのポスターが貼ってあったからつい……って何で知ってるの?」

 骸はゆっくり振り向き白蘭と目線を合わせ、左手に持っていた白い箱を持ち上げて見せた。

「奇遇ですね、僕も丁度、恥ずかしい思いをしてきた所です」
「……まじ?」

 何も同じ日に同じ物を買ってこなくても、と二人して暫し無言になってしまった。決して嫌な沈黙ではないが。

「なんというか……」
「うん、なんかね、まあ別に何個あってもいいしね」
「僕が全部食べますからその点は心配しなくていいですよ」
「え、僕の分は?」
「全部くれるんじゃないんですか?」

 お互いに笑いながらチョコケーキが入った二つの箱を冷蔵庫にしまい、代わりに夕食の材料を取り出した。


 二つづつ買ってきたケーキは全部で四つ。たまにはこんな事があるのも楽しいじゃないか。


(2011/11/12)


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