03.


「それさあ、ちゃんと本人に聞いたの?」

 訝しげな表情を隠しもせず綱吉は言った。

「それ、とは?」

 酷く漠然とした表現に首をかしげれば「だーかーらー」と言う何とも間延びした声を上げた。

「白蘭がお前に対して本気じゃないっていう話」

 グラスの中の氷がカランと音を立てる。やはり温かいコーヒーを頼むべきだったかもしれない。エコじゃないのか、と問いたくなる程に冷房の効いている店内でアイスコーヒーを飲むというのはどうにも肌寒く感じる。綱吉は顔色一つ変えていないが寒くはないのだろうか、などとどうでもいい事にばかり思考が働いてしまう。一種の逃避というやつか。

「決めつけてるだけなんじゃないの?」

 直感、というものは本当に怖い。普段はとても賢いとは言えないのに、何故か直感で色々なことを言い当ててしまう。何も言い返せなかった。
 聞くのが怖い。その気持ちが先立って、いつも聞けなかった事。結果なんて分かり切っているから、自ら傷つきに行くような真似は出来なかった。第一、自分と居て楽しいかという問にさえ満足に応えられないと言うのに、僕の事どう思ってますかなんて聞けるはずもなかった。

「骸は思い込む癖があるから」
「――そんな事」

 やっと絞り出した声は少し掠れていた。

「大きなお世話ですよ。白蘭は確実に遊びのつもりで僕を見ている。僕の勘は当たるんです」
「俺だって当たるよ」
「それは嫌という程知っていますが、今回ばかりは違うと言い切れます」

 変に期待させないでくれ、と言うのが本音だった。もしかしたら、なんて希望を見出してしまう程度には感情がコントロール出来なくなっている。
 ――白蘭が自分を? ありえない。

「聞いてみればいいのに。そうだな、とりあえず普通に遊んでみれば?」
「普通……」

 普通、というのは一体どういう事なのだろうか。今みたいにただ話をしながらコーヒーを飲む事が普通だとするなら、自分と白蘭は全く違うことをしている。
 今更プラトニックな関係に戻って、と言うのは大変に難しい。第一自分達が体の関係を目的とせずに会うなんて考えられない。少なくとも白蘭は、欲を発散出来ない相手とただ会って話す事など望まないはずだ。そう予測出来てしまうのが自分達の関係の軽薄さを物語っているようで、悲しくもあるのだけど。

「とにかく! 一回話した方がいいと思うよ、俺は」
「相変わらず随分なお節介ですね」
「煩いな。お前の為に言ってるんだろ」

 昔からそうだ。綱吉は何かと世話焼きで、自分が何かに悩み立ち止まっている時に限ってこうやって何かしらの助言をくれるのだ。
 正直このお節介、と思う事も多かったが、最終的には何故か納得の行く答えを見つけ出す事が出来る。それは綱吉の持ち前の直感の鋭さのせいか、もしくは偶然なのかはっきりとは分からないが。

 何にせよこのタイミングで綱吉がこの話を話題に出した事には意味があるのだろう。綱吉の言い分は納得いかないが、自分達の関係にはっきり決着をつけるのも悪くないように思う。それがどんな結果になったとしても。

 すっかり氷が溶けきり薄くなってしまったコーヒーを飲む気にもなれず、骸は伝票を手に立ち上がった。

「え、もう帰るの?」
「話は終わったでしょう」
「冷たいな! 俺今日は晩飯まで付き合ってもらうつもりだったんだけど。予定とかあるの?」

「特にないですけど……」
「じゃあいいじゃん。俺本見に行きたい」

 そう言うと綱吉も立ち上がり、さっさとレジの方へと歩いて行った。それを追いかけるようにして歩き出すと、前を歩いていた綱吉がくるりと振り返り「そうそう」と話し始めた。

「俺的には、案外上手くいくような気がするよ」

 何が、とは聞かずとも分かった。白蘭との事を指しているというのは明白だ。あまりにも普通に、あっけらかんとした様子で言い放ったので、骸は暫く呆けた顔でその場に立ち尽くしてしまった。

「何か似てるもん、お前達って」
「……何処が!」

 ――似ていると言ったのか。僕と白蘭が?
 信じられないものを見るような目を向ければ、綱吉は口元に笑みを浮かべながら、どこか楽しそうに言い放った。

「意地っ張りな所、とかね」

 それ以上は答える気が無いようで、持っていた伝票を自然な動作で抜き取り、さっさと歩いて行ってしまった。

「あ……」

 静止の声を掛けるより前に、既に財布から金を取り出している姿が目に入り、骸は小さくため息を吐いた。

 仕方が無いので漫画の一冊や二冊くらいは買ってやろうかと思いながら綱吉の後ろを追いかける。お節介なアドバイスと、アイスコーヒーのお礼に。



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