02.


 何故こんな暑い日に外に出なくてはならないのか。骸は心中で散々文句を漏らしながら目的地への道を歩いていた。そもそも今日は家でゆっくり過ごすつもりでいたのに。
 珍しい人物からメールを受信したのは昨夜の事。もう少しで日付が変わろうとしていた時だった。久々に会わないかという旨の内容のそれに了承の返信をしたのは単に、久しぶりに話すのも悪くないかと思ったからではあるが。やはり断るべきだったか。夏は苦手だ。

 指定された場所は大通りから少し離れた場所にあるカフェ。骸も何度か足を運んだ事がある為迷いはしなかった。
 カラン、という音と共に店内に足を踏み入れると、外の暑さが嘘のように涼しかった。冷たさが火照った体を冷やしていく感覚が気持ちいい。

「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」
「あ、いえ」

 店員が愛想の良い笑みを浮かべながら訪ねてくるのに否定の意を表しながら店内をくるりと見渡す。あまり時間に忠実ではなく、どちらかと言えばルーズな彼の事だから、きっとまだ来ていないだろうと思いながらも視線を巡らせる。
 すると店の奥の窓際の席に見覚えのある茶色の爆発頭を見つけた。
 ――珍しいですねぇ。
 内心で若干驚きながら店員に「待ち合わせをしているので」と告げ、彼の座っている席へ近づく。

「こんにちは」
「あ、骸。久し振りー」
「お久し振りです」

 向かい側に腰を下ろしながらうっすらと笑みを浮かべる。
 遅れてやってきた店員にアイスコーヒーを頼み、ふと机の上に視線を落とす。そこにはたっぷり砂糖とミルクが入っているであろう今自分が注目したものと同じコーヒーらしきものが、カップの半分程まで入っていた。ここのコーヒーは美味しい。そんなに甘いものを入れるなんて勿体無い。

「そんな顔するなよ。ブラックじゃ飲めないんだから仕方ないだろ」
「顔に出てました?」
「超出てた」

 頬杖をつきながら不満を口にするのを見て、自然と笑みがこぼれた。

「で、綱吉君。今日は何の用ですか?」

 早速本題に入ろうと促せば、綱吉はまあまあと言いながら喋り始めた。

「別にこれと言って用は無いよ。ただ骸と話がしたくなっただけ」
「特に用もないのに、僕は貴重な休日を奪われた訳ですか」
「そんな言い方ないだろー」

 そう言いながら頬を膨らます仕草はとても同い年には見えないくらい幼い。綱吉とはかれこれ十年以上の付き合いだ。最近ではお互い忙しく会う機会も減ってしまっていたが。話し始めてしまえばそれなりに楽しい。
 一人でいるとあの男の事を考えてしまうので、正直この状況はありがたくもあった。

「……まあ本当に用は無いんだけど」

 綱吉はそこで一旦言葉を切り、真剣な眼差しで此方を見た。

「骸が何かに悩んでるような気がして。ま、根拠は無いんだけどね」

 綱吉は時々凄く鋭い。昔からズバリ言い当てられて冷や汗をかいた、なんて事はは珍しくなかった。

「骸さ、何か悩み事とかないの?」
「……別に」
「ふーん……」

 何かを疑っているような瞳で見つめられるのは酷く居心地が悪い。苦し紛れに先程運ばれてきたコーヒーを口に含んだ。独特の苦味が口内に広がる。何時もは美味しいと感じるそれが、驚く程に味がしなかった。柄にもなく緊張しているようだ。

「そういえば最近、白蘭とはどうなの?」
「――ッ」

 自分はこれをおそれてあいたのだろう。核心をつかれる事を。見透かされているような気分になって視線をさまよわせると、綱吉は呆れたようなため息を吐いた。

「付き合ってんだろ?」
「違いますよ!」

 持っていたコーヒーのグラスを勢いよく机に置くのと同時に力一杯否定する。店内に居た数名の客と店員が此方を振り返ったのを確認し、冷静になれと自分を落ち着けた。

「え、でも、ほら……え? そうなの?」
「まあ確かに色々と一線は越えてますけど、付き合ってはいませんよ。第一、あの男は僕を本気の対象で見ていませんから」

 自分で言っておいて虚しくなった。せっかくの休日に、わざわざ惨めな気分にならなければならないなんて、とんだ拷問だ。
 前々から白蘭と交流があるという話を綱吉にはしていた為、時々こうして訪ねてくる事があった。どうやら付き合っていると勘違いしていたようだが。

「てっきり付き合ってるもんだと思ってたよ」
「どうしてそうなる。そんな事言った覚えはありませんが」
「確かに言われてはないけど……だって色々しちゃってんだろ? だからてっきり」

 何か言いたげな表情の綱吉を一睨みし、再びコーヒーに手を伸ばす。

「まあ」

 テーブルの上に飾られている小さな花を見つめながら呟いた。

「何とかしないといけないとは、思うんですけど」

 半ば独り言のような小さな声にも関わらず、綱吉はそれに「どういう意味?」と問いかける。

「いつまでもこんな関係でいるのも、楽ではないので」

 伏せ目がちに視線を下げる。自嘲するようにうっすらと笑みを浮かべながら、頭に浮かぶのはあの白い男だった。

「骸ってさ」

 綱吉はストローでコーヒー(らしきもの)をかき混ぜながら呟いた。どうやらそれを飲む気は無いようだ。

「白蘭の事好きなの? 結構本気で」

 その問には曖昧に笑うしか出来なかった。情けない話ではあるが、否定は出来ないのだ。
 こんな関係を何とかしなくてはと思う反面、こんな関係でも終わらせてしまうのを躊躇っている自分に嫌気が差す。

 放置していたグラスが汗をかき、小さな水の滴が机の上に滑るようにして沈んでいく。ただその一点だけを見つめていると、黙っていた綱吉が口を開いた。



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