wild flower


 その姿を見つけたのは偶々だった。

 見慣れた後ろ姿を見つけ、側に寄っていったのはほぼ無意識に近い。羽織っている長いコートの裾が地面に付いて汚れるのも気にせず彼はしゃがんでいた。

「何してるの?」

 後ろから覗き込むようにして話し掛けると、男は一瞬肩を震わせてゆっくりと振り返った。房のようにも見える特徴的な髪がふわりと揺れるのが面白く、思わず口元が緩むのが分かった。

「貴方こそ……どうしてこんな所に?」

 確かにその問いは間違ってはいないが此方からしてみれば、そっちこそ何故こんな真っ昼間に公園でしゃがみ込んでいるのかと聞きたい。

「ただの散歩だよ」
「そうですか」
「で、骸クンは何してたの?」

 綺麗好きの彼が衣服の汚れるのを気にせずにいるなんて珍しい。その上公園だなんて、はっきり言って似合わない。自分達以外の人影は見えないというのがせめてもの救いだろうか。これで走り回る子供が居たら何というか、馴染めないにも程がある。

「花を……」
「花?」

 ちらっと視線で示され、そちらに目をやる。そこには小さな花が咲いていた。公園内に花壇があったはずだが、この花は花壇の中に咲くのではなく、滑り台の支柱の側、日の光が当たりにくい場所にあった。まるで一輪だけ、疎外されるように咲いているそれは小さくも逞しく見える。

「綺麗でしょう」
「ああ、うん、まあ」

 ボソッと一言呟いて、骸は再び目線を落とした。白蘭からしてみれば伏せられている左右非対称の双眼の方が綺麗だと思ったが、それを言ったら何となく骸が不機嫌になるような気がしたので口には出さないでおいた。

「一輪だけで、咲いてるんですよ。こんな場所に……」

 どこか寂しげな横顔に、言葉が詰まる。一体どうしたというのか。

「誰の目にも触れられずに、枯れてゆくのでしょうね。ここに咲いてしまった時点で、もう」
「骸クン?」

 何かあったの? その問には答えてもらえなかった。ただ困ったように眉をひそめてうっすらと笑うだけで、それでも骸クンの心が泣いているような気がしてならなかった。

 骸の横に同じようにしゃがんで日陰に咲いている一輪に目をやり、指先で薄ピンクの花弁を撫でる。散ってしまわないように、慎重に。

「誰の目にも触れられないって言うのは、少し違うんじゃないかな」

 骸は視線だけをこちらに向け、続きを口にするのを待っている。
 
「骸クンが見つけてあげた」

 こんな場所に咲いてる花を見付けて、そんな事まで考えて、それがどうして誰の目にも触れなかったと言えるだろうか。

「それに僕も、骸クンを見つけた」
「……意味が分からない」
「いいよ、分からなくても」

 骸クンの事は僕だけが知っていればいいよ。
 

 ──そっと引き寄せた肩の片隅で、薄ピンクの花弁が風に揺れた。




(2012/07/18)





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