01.


 感情表現は得意ではなかった。本心を偽って喋る事には慣れているが、偽らずにさらけ出すのはどうにもいけない。本当はそんな事思っていないのに、なんていうのは結構頻繁にあった。

「骸クンさあ」

 一人思考を巡らせていると、同じ空間にいた白蘭が突然呟いた。
 視線を上げ、真っ白な姿を視界に入れる。先程まで彼が触って遊んでいたマシュマロの袋はテーブルの上に置かれ、白くて柔らかいものが数個転がっていた。
 それには目もくれず白蘭は何とも言えないような表情を浮かべ口を開いた。

「楽しい?」
「何がですか?」

 質問の意味を上手く理解出来ず、骸は呆れた顔で聞き返した。この男が突拍子もない事を言い出すのはいつもの事だ。
 楽しいか、と問われても答えかねてしまう。この男のせいで身体中が痛いしだるい。取り分け腰の痛みは本当に辛い。昨夜はなだれ込むようにして二人でベッドに入り、そこからの記憶が曖昧だ。気付いたら朝で、関節のそこら中が悲鳴を上げていたのだ。
 この状況を考慮すれば一概に楽しいとは言い切れないが。白蘭の意図するところの楽しいとは一体どういう意味なのか。考えあぐねていると白蘭は付け足すようにして言った。

「だから、僕と居て。骸クンは楽しい?」
「……別に普通です」
「そっか」

 そんな事はどうでもいいと言うような素振りで、白蘭はマシュマロを一つ口に含んだ。
 骸はそれを横目で見て眉間にシワを寄せた。聞いてきたのはそっちなのに、その態度は何だと言ってやりたくなったが、生憎そんな事を口に出来る程、自分たちは親密な関係ではない。 所詮この男は自分に興味などないのだから。


 自分は白蘭が好きだ。それは恋愛感情としてのそれで、それが白蘭に伝わらない事が分かっているから、自分はわざと冷たい態度をとっている。もし白蘭に気持ちを悟られたら、この関係が終わってしまうような気がして。

 体を重ねるようになったのはいつからだっただろう。きっかけは何だったのか。今となってはそんな事すら思い出せない程昔の話のように思う。大方、酒を飲んだ勢いで事に及んだ、という所だろうか。当事者であるにも関わらず真相は曖昧なままだ。その事実を追求した所で何かが変わる訳ではないので別段重要な事では無い。

 たまに会って体を重ねて、それ以外の繋がりは自分達には見つからない。都合の良い時にだけ欲を発散する相手。白蘭は自分をその程度にしか思っていないのだろう。
 態度や言動で、自分に対して本気ではない事は聞かずとも分かった。それを悲しいと思う自分が情けなく、報われない思いを孕んだまま行為に溺れるのは辛かった。
 最初はそれでもいいと思った。思っていた。自分の気持ちを心の奥深くに隠しておけば、こんな曖昧な関係でも微妙なバランスを保って続けていける。
 満足だった。体だけの関係だとしても。でも自分の欲は日々大きくなるばかりで、決して報われない思いを抱える心が悲鳴を上げた。

 重い腰を上げ、無言のまま玄関へ足を向ける。向こうの用は済んだのだからいつまでもここに留まる理由は無い。本当に自分たちの関係は薄っぺらいものだ。

「帰っちゃうの?」
「ええ」
「そっか、またね」

 それに返事はせず、部屋を出た。重い扉が閉まる音が虚しく響く。
 引き留めてはくれない。そもそも引き留める理由なんて無いのだけれど。こんな時、自分は泣きたくなるような衝動に駆られるのだ。それでも、最後に向けられた「またね」と言うたった三文字の言葉が、まだ次があるのだという安心をくれる。
 情けない、本当に。結局は逃げているだけだ。生温い浴槽に浸かったまま、変化を恐れているだけの臆病者。――なんて醜い。

 既に日が高く上がっている外はじめじめと蒸し暑く、さらに気分を不快にさせた。


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