リーマンパロみたいな感じ 先が不安で胃が痛い。 世の中本当に不公平だと思う。 骸はそんなことを考えながら、現在の状況に激しく絶望していた。それはもう、誰かを呪い殺せるんじゃないかというほどの負のオーラを撒き散らして。 会社の採用試験を受けたのは今ので何社目だっただろうか。就職難の今、普通でもなかなか就職先が見つからないのに、自分には採用してもらえない大きな問題があった。採用試験を落とされるのは決まって同じ理由だ。 別段経歴が悪いわけでもなく(どちらかといえば頭はいい)面接で全く喋ることが出来ないような臆病者というわけでもなく(むしろ饒舌だ、もちろん作ってはいるが)とにかく落とされる理由はそんなことではなく、もっと根本的なところにあったのだ。 名前が不吉である。 こんな、たったそれだけの理由で、自分はどの会社にも採用されること無く現在に至るまで定職に就けないでいるのだ。 ――そんなこと言われても、名前はどうしようもないじゃないか。 自分だって好きでこんな不吉な名前を名乗っているわけではないのだから、文句ならこの忌々しい名前をつけた親に言って欲しい。 会社側の言い分が分からなくも無い。「骸」と言う言葉を辞書で引けば一番最初に出てくるのはなんとも不吉な、おおよそ人名には適さないことは明確であろう説明が書かれている。 そんな名前の社員を雇うのは何かと不便な事もあるのだろう。なんたって苗字は六道だ。一体どれだけ不吉なら気が済むのかと自分で自分を嘲笑したくもなる。 肩を落としながら手に持っている紙に目をやる。次の会社が本当に最後の望みだ。この会社に意地でも入らないと自分はプー人生まっしぐらだ。それだけは回避せねばならない。 骸は大きく深呼吸をして面接へと向かった。 * 「六道骸、ねぇ……」 面接官は二人だった。やる気があるのか無いのか。一人は明るめの茶髪で眼鏡を掛けている男。もう一人は目の下のタトゥーが印象的な全身真っ白な男だった。 茶髪で眼鏡の方の男は先ほどから微妙な顔をして、履歴書を見ながら眼鏡をいじっている。 「これは本名なのかい?」 「はい、そうです」 俄かに信じがたいとでも言うような表情を惜しげもなくさらし、更に神妙な顔つきを強めるのを見て、ああまたダメかと半ば諦めた。 晴れて自分はプー人生への道を一歩歩き出すことになるわけだ。全くもって笑えない。 「うーん。君みたいなエリートなら喜んで採用したいんだけど、名前がなあ……イメージ悪いよね。うちの会社は営業もあるから……残念だけど」 皆一様に同じ理由で落としてくれやがって、ふざけるのも大概にして頂きたい。 積もりに積もった不満が限界に達したその瞬間、自分の中で何かがはじけた。 「あのですねえ!」 座っていた椅子が反動で後ろへ倒れてしまう程の勢いで立ち上がり、面接官との間合いを詰める。 「さっきから失礼なんですよあなた! 名前が物騒だから採用しない? クハッ笑わせるなこの眼鏡! どいつもこいつも同じ理由で落としやがって、そろそろ我慢の限界なんですよこっちは。僕が何社受けたか知ってます? まあ今更数え切れないですけど、毎回、毎回ですよ? 名前を理由に不採用? 僕の身にもなってくださいよ! あなた、そんなに頭固いからパッとしないんですよきっと。幸薄そうな顔ですね、なんて滑稽なんでしょう!」 茶髪の男はきょとんとした表情で口を開けたままフリーズしてしまったようだ。 骸は肩で息をしながら面接官を睨みつけた。 ――ああ、終わったな。 これだけ失礼な態度を取り、あまつさえ悪口まで吐き出したのだ。これで採用される確率はゼロになった。馬鹿か自分は。自分で自分の首を締めてどうする。 沈黙が、痛い。 「あはは! 面白いね君!」 沈黙を破ったのは今まで一言も喋らなかった白い方の男だった。 「骸クンだっけ? いいじゃん、採用!」 「ちょ、白蘭サン!?」 茶髪の男は信じられないものを見るような目で白い男を見やった。 「あんなにはっきり言う子そうそう居ないよ。それに美人だしね。正チャン、幸薄そうって……ふふ」 「笑わないで下さいよ! 正気ですか!?」 「本気本気」 そう言って笑いながら白い男は立ち上がり、机を回って骸の正面に立った。 「君の事気に入ったから採用するよ。僕は白蘭。一応これでも社長やってるから、よろしくね」 「……社、長?」 思わず目を見開いた。 自分とそんなに年が違うようにも見えないが、この若さで社長とは。 何はともあれ、これで働き口が見つかったのだからよしとしよう。 いまだに呆然としている茶髪の男(正チャンと言ったか)を一瞥し、差し出された手を握り返した。 「あ、それともう一つ」 「?」 「骸クンさあ、僕の恋人にならない?」 人間、驚きすぎると声が出ないというのは、あながち間違っていないようだ。 骸はただ目を見開き混乱したまま、未だに握られている自身の右手を凝視する。 「あ、の……」 「僕本気だからね」 確かな意図を持って指を絡められ、思わず背筋に悪寒が走る。 ――勘弁してくれ。 自分にそんな趣味は無いのだと睨んでやれば、それがまた楽しいとでも言うような様子で笑ってみせた。 「明日からよろしくね、骸クン」 茶髪の男は最早止める気も無いようで、腹を押さえながら深い溜息を吐いている。 非常識な上司を持つと大変だなと他人事のように思ったが、明日からは自分の上司にもなるのだと気付き、胃が痛んだ。 何たってホモ。しかも告白までされたのだ。 やっと決まった就職先ではあったが、どうやら簡単には働けないらしい。 やっぱり世の中は不公平だ。 (2011/05/22) (2011/05/23 誤字修正) back main ×
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