シルバーリング


 白蘭の左手の薬指には、指輪がはめられている。
 自分達が付き合い初めて1ヶ月程が経った頃だっただろうか。
 白蘭はある日から突然指輪をし始めた。マーレリングのような戦闘に使用する指輪ではなく、至ってシンプルなデザインのシルバーリング。
 特に目立つ装飾が施されている訳ではないが、それが決して安い物では無い事ぐらいは分かった。
 別に、ただ指輪をし始めただけならば何の問題も無いのだ。ただ、それを嵌めている指に問題があった。
 左手の薬指。
 他の指とは違う。特別な意味を持つ場所だ。よりによってその指に、なんて。
 それが誰との物なのか、わざわざその指にはめる意味は何なのか、気になってしょうがないのに未だに聞けないでいる。
 真実を知るのが怖いからとか、決してそんな理由ではない。と、自分に言い聞かせてはいるが、いくら強がった所で自分が現実を直視したくないだけなのだという事実は変わらないのだ。

 何度も奪ってやろうと思った。奪って、壊して、それに込められた感情全てを消してやろう。
 そんな醜い感情がせめぎ合って、結局はそんな事をするのはそれこそ醜い、と思い止まるのが常だった。
 気にしないと言うのは無理だ。けれど自分から問いただす程の勇気も、残念ながら持ち合わせてはいなかった。

 本当は気になってしょうがない、という感情がそろそろ限界に近づいてきた頃だ。白蘭から思わぬ言葉を投げかけられたのは。

「骸クン、これあげる」

 そう言いながら手のひらに乗っている物を差し出してくる白蘭を見た時、骸は暫く状況を上手く呑み込めなかった。
 手の上で上質な光を放っているシルバーのそれには、嫌と言う程に見覚えがあったからだ。

「これ、は……」
「指輪」

 そんなもの見れば分かる。
 自分が尋ねているのはそんな事ではなく――。

「……いりません」
「どうして?」
「どうして、って……」

 欲しい訳が無いだろう。
 自分以外の誰かとの忌々しい指輪など絶対にいらない。
 ――ふざけるのも大概にしろ。
 そんな意味を込めて睨みつけると白蘭は少し困ったように手を引っ込めた。

「ね、何か勘違いしてない?」
「……は?」
「この指輪の事」
「それは……」

 ――他の誰かとの物なのでしょう?

 あんなに聞くのを躊躇っていたにも関わらず意外にもすんなりと出た言葉は、自分を虚しくさせるだけだった。
 白蘭は数秒間をおいて、それから盛大に吹き出した。

「ふふふ、嫉妬してくれてたの?」
「何が可笑しい……」
「これね、これは証なんだ」

 目を細め、幸せそうな顔で呟く姿は何とも言えない美しさがあった。

「僕は骸クンのものだって言う、印」

 ――もうこの場所は骸クンのものだよって、みんなに分からせる為の。

「――ッ馬鹿じゃないですか」
「そうかな」
「大体、紛らわしいんですよ! 付き合い出して直ぐに、そんな、指輪なんて。僕がどれだけ……」

 情けなくて、恥ずかしくて、でもちょっとだけ嬉しくて。
 色々な感情が混ざり合って、きっと今自分は酷い顔をしているのだろう。

「言わなかったのは謝るよ。不安にさせてごめんね」

 手を頭に優しく置かれ、ぽんぽんと軽くたたかれた。

「それで、これ貰ってくれる? この場所は僕のものだっていう印に」

 左手を取られ、薬指をなぞられる。
 ――ああもう、この男は本当に。

「僕が貰ったら、貴方のはどうするんですか」
「ん?」
「指輪」

 何となく嫌だった。
 今まではあの指輪がはめられている事が忌々しくて仕方なかった筈なのに、指輪の意味を聞いた今、その指輪に何もはまっていないのは何だか嫌だ。
 自分だけがしていても意味がない。

「じゃあ、一緒に買いに行こうか」

 そう言って微笑むのを見て、それもいいかもしれないと思った。
 今までは白蘭の指で輝いていた指輪が自分の指に移り、また違う輝きを放っている。
 それがどこか不思議に思えて暫くそれを見つめた。

「貴方が付ける指輪は、僕が選んであげますよ」

 自分は誰かのものだと、一目で分かるなんて素敵じゃないか。
 冷たい金属の輪が体温に馴染んでいくのが、酷く心地よかった。


(2011/05/07)



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