レイト・ショー


 講義を受けて綱吉の分のノートを取り、適当に話をして帰宅する。そんな日常を数度繰り返し、今日は件の日曜日。
 いつもより早い時間に目覚めてしまい、約束の時間までの約半日何をしようかと迷ってしまった。
 仕方なく特に散らかってもいない部屋の掃除をしたり、スーパーに食材を買いに行ったり、洗濯をしたり、何だか主婦みたいだ。
 そんな事を思いながら、自分がどこかソワソワと浮き足立って、柄にもなく緊張しているのだと気づく。
 辺りが段々と暗くなって来た頃骸は時計に目をやり、少しぐらい早く着いてもいいだろうと考え玄関に向かった。





 待ち合わせに指定された駅前は休日と言うこともあってか、大勢の人で溢れていた。
 人混みはあまり好きではないが致し方ない。
 骸は眉をしかめながら携帯を開き時間を確認する。待ち合わせの時間まであと30分弱、と言ったところだ。
 ――流石に、早すぎましたね。

「ねえ」

 小さく溜め息が出そうだと思った瞬間控えめな声が聞こえ、反射的に顔を上げる。

「もしかして『mukuro』クン?」

 そう言って微笑んだ男は、兎に角白かった。
 身長は自分とさほど変わらないように見える。目の下には不思議な形のタトゥーがあり、それはとても印象的だった。

「そうですが……」
「僕『マシマロ』って言うんだけど、リアルでは初めましてだね」
「……ああ、貴方が。よろしくお願いします」

 差し出された手を握り返し、普通の人で良かったと安堵した。
 もし自分の危惧していたような筋肉質で巨大な外国人であったら、どんな反応をしていいか分からない。
 目の前の男は多少外見は目立つが、人好きのする笑みには好感を持てた。

「本名は白蘭って言うんだ」
「骸です」
「名前そのまんまじゃん」
「面倒だったので」

 白蘭は骸クンらしいね、と言ってまた笑った。
 オフで会う事に少なからず緊張していたのが嘘のように気が楽になる。

「これからどうする? 一応居酒屋とかって考えてたんだけど」
「いいですね。確か……ここから歩いて5分ぐらいの所にありますよ」
「あ、そこ僕も知ってるかも」
「そう言えば家近いですもんね」

 居酒屋までの道を歩きながら他愛もない話をする。
 初めて会ったのに前から知り合いだったような気になる程、自然に話す事が出来たのに驚いた。もちろんチャットをやっていたからという理由もあるだろうが。
 ――居心地がいい。
 会って間もない相手と打ち解けられるなど、綱吉辺りが知ったら声を上げて驚くだろう。

「とりあえずビールでいい?」
「あ、はい」

 無事に着いた居酒屋で適当にメニューを注文する。

「骸クン僕が想像した通りだったから直ぐ分かったよー」
「想像、ですか?」
「絶対ひねくれてそうな顔してると思ってた」
「失礼ですね……」

 そんな事言ったら此方は予想外だったと言ってもいい。
 ガチムチの外国人だったらどうしようと危惧していた事を話すと大爆笑された。

「そっちこそ凄い失礼じゃん!」
「はあ、すみません」

 骸クン目が笑ってるよと指摘され、盛大に吹いた。
 なんだこれ、楽しい。
 こんなに笑ったのは久々だ。白蘭と話すと自然に笑える。
 不思議な人だな、そんな事を考えながら今までのチャットでの話題を尽きる事無く話をした。





「ちょっと、白蘭。起きて下さい……いや、起きろ!」

 肩を前後左右に揺らし、夢の中へ旅立っている白蘭を起こそうと声を掛ける。
 あれからいろいろな酒を(しかもかなりの量を)飲み干した白蘭は案の定というか何というか、まあ見事に酔いつぶれてしまった。

「……どうしろって言うんですか」

 いくら住んでいる町を知っていても自宅の場所までは知る筈もないし、かと言ってこのまま放置して行く訳にもいかない。

「白蘭、白蘭」

 何度声を掛けても起きる気配は無く、骸は深い溜め息を隠さずに零した。
 ふと、寝ている男の顔が目に入る。
 閉じられた瞳は見えないが、それを縁取る睫毛は長い。鼻筋は通っているし、少し開かれた唇は薄くて綺麗で、それでいて柔らかそうだ。
 ……柔らか、そう?
 自分の思考回路は一体どうなっているのだ。
 男の、今日会ったばかりの、そんな相手の唇が柔らかそう、だと?
 何だか急に恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。
 少しだけ早くなった鼓動を何とか落ち着けようと、深く息を吐いた。

「んー……」

 突然聞こえた声に肩が震える。
 今まで眠っていた白蘭は寝ぼけた様子のまま顔を上げ、間延びした声をあげた。

「……やっと起きましたか」
「んー」
「帰れます? もう既に終電出てるんですけど。どうしてくれるんですか」
「んー」
「とりあえずタクシー拾いますか?」
「んー」
「真面目に答えろ!」

 呆れながらも白蘭を立ち上がらせ、席を離れる。
 会計を済ませて店を出ると、来たときより幾分か行き交う人の数が減っていた。年代も随分上のようだ。

「タクシー拾いますから、行き先ちゃんと伝えて下さいね」
「あー……」
「そろそろ起きて下さいよ」
「……骸クン」
「なんです――」

 か、という語尾は発せられる事はなかった。
 口を塞がれたからだ。しかも口で。
 瞑るタイミングを逃した瞳は、ほぼ0距離にある白蘭の端整な顔を捉えている。

「ふふ、顔真っ赤」
「――ッ」

 己の唇を手の甲で押さえ、白蘭を睨みつける。

「……酔ってるんですか」
「全然?」

 予想に反してしっかりとした口調で告げられた事実に、更に顔をしかめる。
 ――眠っていたのは演技か。

「何故」

 キスなんか、と口にするのは躊躇われた。

「うん。何か好きみたい、骸クンの事」
「は?」
「正確にはチャットやってた時から気になってたんだけど。今日会ったら何かもう、ツボすぎて」

 先程触れた唇は擦りすぎて少しだけ痛い。

「な、にを……」
「返事は今度でいいよ」

 また飲みに行こう。
 白蘭はそう言って、笑った。


(2011/05/03)



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