レイト・ショー


 静かな部屋には自分がパソコンのキーを叩く音だけが響いている。

マシマロ:そしたらさー、正チャンが怒っちゃって大変だったんだよ!
mukuro :それは怒りますよ……その人に同情します
マシマロ:えー、正チャンに味方するの?
mukuro :嫌がらせにも限度があると思いますが
マシマロ:mukuroクンだって結構毒舌じゃんww
mukuro :すみません。今日はもう落ちますね
マシマロ:了解。おやすみー

 パソコンの電源を落として小さくため息を吐く。長時間画面を見ていたせいで疲れきった目を押さえながら、骸はベッドに横になった。
 ここ最近眠るのは日付を跨いで大分時間が経ってからだ。寝る前にほぼ毎日といっていいほどパソコンに向かい、顔も知らない相手とチャットをする。それが日課になっていた。
 チャットをするようになったのはつい最近のことで、自身の数少ない友人である沢田綱吉に誘われたのがきっかけだ。
 最初こそ顔の見えない相手と会話して何が楽しいのかと思っていたが、始めてみるとこれが意外と楽しかったのだ。
 今では毎日のようにパソコンに向かっている。
 例え顔は見えなくても、色んな人との交流は楽しく、自分の知らなかった情報をチャットによって得ると言うことも多かった。
 中でも最近よく話すのが、「マシマロ」という名前でチャットに参加している相手だ。
 まず話が合う。好きな音楽、よく読む雑誌、好きな作家。文面を見る限りではどうも頭は弱そうだが、骸は「マシマロ」と話すのが好きだった。

 

「あれ? 骸って目悪かったっけ? 眼鏡なんて初めて見たんだけど」

 いくら寝不足でも学校はある。深夜までパソコンをしていたせいで未だに覚醒しきらない頭で講義を受けていると、隣に座っていた綱吉が話しかけてきた。

「え、ああ、最近どうも見にくくて……勉強するときだけ付けているんです」

 ノートに文字を書きながら目線は向けずに答えると、横でペンを回していた綱吉は「ふーん」と気の抜けた返事をした。

「パソコンのやりすぎ?」
「おそらく」

 事実だ。これまで何かが見にくいなどと感じたことは一度もなかったのに、パソコンを頻繁に使うようになってからはどうも視力が低下したように思う。
 日常生活に支障はないが講義中は眼鏡を着用するようにしている。
 別に今日初めて付けた訳ではないのだが、綱吉はほぼ大体の講義を寝て過ごす為自分が眼鏡を付けている姿を見るのは初めてだったのだろう。

「まさか骸がそんなに嵌るとはねー。マシマロさんだっけ? 最近良く絡んでる……」
「なかなか楽しいですよ」
「恋に発展しちゃったりして」
「男ですよ、ありえない」
「ふーん。それは残念」

 言い終わると同時に大きな欠伸をして、綱吉は机に突っ伏した。ノートよろしくね、とご丁寧に図々しく言い残して。
 骸は呆れた表情を浮かべながら、既に夢の世界に入っている綱吉を一瞥し、残りの講義を寝ないようにと必死にシャーペンを動かした。






 講義を終えて帰宅し、パソコンを起動する。
 一人暮らしにしては些か広いマンションの一室。必要最低限の物しか置いていない部屋はどこか冷たさを感じさせた。

 mukuroさんが入室しました――

マシマロ:こんばんはー
mukuro :今晩は

 入室と同時に既にチャットに参加していた件の相手が挨拶をして来た。この会話ももう慣れたものだ。

マシマロ:今日は提案があるんだけどさー
mukuro :何ですか?
マシマロ:今度リアルで会わない?折角近くに住んでるんだし。飯でも食い行こうよ

 思いがけない誘いに目を見開いた。
 確かに自分たちの住んでいる場所は近い。距離で言えば電車で3駅程だ。
 その事実を知った時は驚いた。世の中狭いな、と。
 確かに趣味は合うし話していれば楽しいので、一体どんな人なんだろうか、と思わない事もなかった。
 この際会ってみるのもいいかもしれない。

mukuro :いいですよ。今週の日曜なら空いてますが
マシマロ:じゃあ決まり。駅前に19時でどう?
mukuro :構いませんよ、では日曜に
マシマロ:おやすみー

 小さく溜め息を吐いて椅子の背もたれに体重を預け、用意してあった紅茶に手をのばす。
 ネット上で絡んでいる相手と直接会うことに不安が無い訳ではなかったが、誘いに乗ってしまったのは少なからず『マシマロ』という男に興味があったからだ。
 人と接するのはあまり好きではないが、彼なら親しくなれそうな、そんな気がした。
 容姿の特徴を聞いておけば良かったと少しだけ後悔しながら、まだ見ぬ『マシマロ』を想像し、極端に筋肉質とか、奇抜すぎるとか、兎に角常識とかけ離れていなければいいな、と思った。



(続く)





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