※高校生パロ



サヨナラを告げた


 何段もの階段を一段一段上がり、重い鉄の扉を開ける。2人で何度も足を運び、唇を重ね、体を繋げたこの場所、学校の屋上へ来るのも、今日が最後。柔らかな風が吹き、体中を包み込んだ。今日、僕は高校を卒業する。3年間通ったこの高校を。

「骸クン」

 不意に呼ばれたその声に驚く事はない。よく聞き慣れた、自分の知った声だからだ。

「白蘭、」

 振り返るとそこには、いつものように何を考えているか探ることの出来ない笑みを浮かべた白蘭が立っていた。

「もう卒業かー、3年間なんてあっという間だったよね」
「…そうですね」

 給水搭に背中を預け、2人で腰を下ろすと、白蘭がどこか懐かしむような表情でそう言った。僕達が出会ってから3年も経ったんだね、とも。
 白蘭と出会ったのは、この高校の入学式だった。たまたまクラスが同じで、自分の席に座っていた僕に突然話かけてきた。「君、名前は?」
 人当たりのいい笑顔で、馴れ馴れしく声をかけてきたその白い男にあまりいい印象は持たなかったが、逆らえないような気迫を感じ、六道骸です、と答えてしまった。
「骸クンかあ、よろしくね」
 それからだ、よく一緒に連むようになったのは。何かと付きまとってくる白蘭を鬱陶しいとも思ったが、いくら冷たく接しても態度を変えないため、早々に諦めた。
 過剰なスキンシップをしてくる事にも慣れてしまい、一体何を間違えたのか、気がついたらキスやセックスまでする仲になっていた。2人で授業を抜け出して学校の屋上へ行き、何度も互いの熱を求め合った。もちろん、僕に男とそういう事をするといった趣味はない。白蘭だから、嫌悪感を感じないのだと気づいたとき、初めて白蘭に惚れているんだと思った。

 でもその気持ちに気づくのが遅かった。いや、目を逸らしすぎていたのかもしれない。
 初めてキスをされた時も、セックスをした時も、白蘭は一度だって僕に好きだと言ってこなかった。それでも、白蘭は少なからず僕に好意を持っていると言うことは分かった、嫌いな相手に行為を要求する意味がないからだ。
 この微妙な関係を、恋人同士と形容するには少し、違う気がした。かと言って、ただの友達という健全な付き合いをしている訳でもない。僕達は微妙な関係のまま、3年という月日を過ごした。それは僕を臆病にさせるには、十分すぎる程に長い時間だった。

「骸クンは、大学に行くんだっけ?」
「ええ、まあ。あなたは、就職をするのでしたね」
「そうそう、これからは別々になっちゃうね」
「そう、ですね…」

 寂しいかと問われ、反射的に首を横に振った。寂しいのだろうか、白蘭と過ごしてきた今までの日常が、もう繰り返される事がないのだと、そう考えたら少しだけ目頭が熱くなった。

「ここで何回もシたよね。授業サボってさ」
「…毎回あなたが、半強制的に連れて来たんじゃないですか」
「そうだっけ?でも骸クン、嫌ではなかったでしょ」
「さあ、どうでしょうね」
「ふふ、ね、今からする?」
「遠慮しておきますよ」

被さってこようとした白蘭をやんわりと手で制し、そんな気分ではないと告げる。それは残念、とあっさり体をどける辺り、本気でシようと思っていた訳ではないらしい。
 しばらくの沈黙が続き、僕は何気なく空に目を向けた。どこまでも広がる青空に吸い込まれてしまいそうな感覚に少しばかり恐怖を覚えた。
 もう、会えなくなるかもしれない。
 横に座っているこの男と、今日を最後に会えなくなるかもしれないのだ。そう考えたら、なんだかとても悲しくなった。3年もの間、気持ちを伝えなかった臆病な自分を咎めたくなる。多分、僕が一言、白蘭に好きと伝える事が出来たなら、僕もだよと言って笑ってくれるのだろう。なぜだか分からないけれど、それは確信めいたものがあった。今までお互いに口にはしなかったが、きっと好き合っている。そんな気がした。けれど、もしそうで無かったら。もし、自分の思いを言葉にして伝えて、それを否定されたら。怖かった、この関係が崩れてしまうんじゃないかと。この思いに気づいて欲しい、でも気づいて欲しくない。そんな矛盾した考えがぐるぐると渦を巻く。

 好きだと、ただ一言も伝える勇気のない自分は、白蘭との行為の時に必ず一つだけ、首筋に赤い跡を付けた。臆病な自分の、精一杯の気持ち。白蘭はそれに気づいていたのだろうか。それは定かではないが、白蘭も行為の最中に必ず僕の首筋に、赤い跡を付けた。それがどれだけ嬉しかったか、あなたは知っているのだろうか。

「骸クン、」

 優しい声で名前を呼ばれ、長く伸びた髪を撫でられた。それがとても心地よく、目を閉じた。このまま時間が止まればいいのに、そんな滑稽な事を考えてしまう。

「僕は寂しいよ、骸クンと離れるの」
「白蘭、」

 そう言いながら額をくっつけてくる白蘭の髪に触れた。少し震えているような、何かに怯えているような表情の顔に困惑してしまう。

「骸クンの事、ずっと好きだった」

 言い終わったと同時に唇に感じた柔らかいい感触を感じ、キスされていることに気づく。段々激しくなっていくそれに息があがり、何も考えられなくなった。


「っ…」
「じゃあね、骸クン」

 長いキスが終わり唇が離され、被さるような体勢だった白蘭が立ち上がった。

「バイバイ」

 少し困ったような、寂しそうな笑顔で出て行く白蘭を目だけで追い、完全に姿が見えなくなった所で、僕は涙を流した。
「僕はね、骸クンの事好きだよ」
 ずっと聞きたかった、その言葉。互いに伝えずに終わるのだと思っていた。1人取り残された屋上で、再び空を見上げた。澄み渡る青、でも、さっきのような恐怖感はない。

 僕は涙を拭って立ち上がり、先ほど白蘭が出て行った鉄の扉へ向かって走り出した。階段を駆け下り、白蘭を探す。
 僕も、伝えたい言葉があるんです。臆病な僕は、今まで伝えられなかったけれど、今なら、今なら言える。絶対に。

 数メートル先に見つけた見慣れた後ろ姿に、思わず声を上げる。

「白蘭!」

 少し驚いた表情で振り向いた白蘭に力一杯抱きつき、3年分の、ありったけの思いを告げた。

「僕も、好きです、あなたが」



臆病だった今までの自分に、
サヨナラを告げた




(2010/12/12)
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