ミッドナイト・フライト


 星を見に行こう。
 そう言って半ば強制的に外へ連れ出されたのが数十分前。
 今は街灯の薄暗い明かりしか無い暗い道を、二人で肩を並べながら歩いている。
 右手には暖かい肌の感触を感じながら。

「何処へ行くんですか? 因みに今何時か分かってます?」
「深夜一時半って所かなー」

 別段悪びれた様子も無く、白蘭はただ笑って足を進める。
 それに多少苛立ちを覚えながらも、右手を握られている為足を止める事も出来ず、先導されるがままについて行く。
 見渡す景色は何時ものそれであるのに、暗いと言うだけで何だか別の場所に来た気分になる。
 白蘭から星を見に行こうと言う旨の電話が掛かって来たのは、日付を跨いで三十分程が過ぎた頃だった。
 今当に寝ようとベッドに潜り込んだ直後だった為、電話の対応は酷いものだったように思う。
 とにかく寝かせろ、自分は眠いんだ。星なんて何時でも見れるだろう。現にカーテンの隙間から覗く空にも幾つかの星を確認する事が出来る。
 わざわざ貴重な睡眠時間を削ってまで外出をしなければならない理由は何だ。と散々抗議をしたにも関わらず、数分後には家のチャイムが鳴る音が聞こえた。
 どうやら此方に向かいながら電話をしていたらしい。
 最初から骸に拒否権は無かったのである。
 白蘭の意味不名な行動は今に始まった事では無いが、今回はまた一段と理解が出来ないな、などと考えていると白蘭が口を開いた。

「ここだよ」

 辿り着いたのは自宅から離れた場所に位置する公園だった。そこには頼りない光を放つ蛍光灯が一つあるだけだ。
 昼間の喧騒が嘘のように静寂に包まれた空間。騒がしいのをあまり好まない骸にとって、この静かな場所は嫌いではなかった。

「こっちこっち」

 引っ張られて更に進んで行くと、白蘭はすべり台の階段を登り始めた。

「は? ちょっと、登るんですか?」
「うん。ほら、早く早く」

 急かされるままに足を動かし上まで登る。
 登り切ったそこは狭く、成人した男二人が収まるには大分窮屈に感じた。

「ほら、骸クン。上見てみなよ」
「――あ」

 顔を上げれば空一面に広がる星、星、星。
 今まで注意して見る事が無かったからだろうか。見上げた先に見える星の景色はどれも新鮮だ。

「綺麗でしょ」
「ええ、とても……」

 都会にもまだこんなに星があったのか、と思った。
 暗闇の中に光る星はよく映えていて、それらが今にも降ってきそうな錯覚に陥りながら目を細める。
 カーテンの隙間から見た星よりも断然多い。場所を変えるだけでこんなにも違いが出るのか。
 先程までは無理矢理連れ出された事に苛ついていたと言うのに、この星空を見たらそんな感情はどこかへいってしまった。

「どうしても骸クンと見たくなってさ。眠い? 無理矢理連れて来ちゃってごめんね」
「いえ、別に……」

 眠気はとっくに覚めていたし、何よりこんなに綺麗な星が見れたのだから文句は無い。
 敢えて不満を挙げるとしたら、今立っている場所が狭い事くらいだ。そのせいで互いの肩と肩が触れ合ってしまっている。そこから伝わる体温が心地いいので、それも不満と言うのには適切では無いのかもしれないが。

「結構沢山あるんですね、星」
「普段はなかなか見ないもんね。あ、」

 何かを思い付いたらしい白蘭が短く声を上げ、骸に向き直る。

「今度さ、もっと沢山綺麗な星が見える場所に行こうか」
「例えば?」
「うーん……山とか?」
「凄く野性的ですね」
「でもきっと綺麗だよ」

 都会よりも澄んだ空気、人工的な光を受けていない真っ黒なキャンパスに散りばめられる沢山の星。
 思い浮かべて、悪くはないなと思った。
 きっとどんな場所でも白蘭が居れば楽しく感じるのだろうとも。

 深夜の公園で二人、零れ落ちそうな星屑を見上げて。
 右手は今も、白蘭の左手に包まれていた。



2011/03/16



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