「――なんてね」

 どれだけそうしていたのか。段々涙も治まって来た頃、ふと白蘭が呟いた。骸はそれに反射的に顔を上げ、怪訝そうな表情で見つめた。

「骸クンに謝らないといけない事が、あるんだけど」

 謝るとは一体何に対しての謝罪なのだろうか。心当たりが見つからず、骸は眉を潜めた。

「まずは、そうだな……その銃だけど」

 言いながら足元に落ちている拳銃を拾い上げ、自身の頭に銃口を向けた。

「なに、を……」

 パンッ――
 次の瞬間、白蘭は笑顔を崩さないまま、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
 しかし目の前の男は顔色一つ変えず、打ち抜いた筈の頭には何の変化もない。透けるような白い髪が血に染まる事は無く、依然としてその白さが失われる事はなかった。
 状況が呑み込めず、驚きで声も出ない。ただ目を見開いていると白蘭が口を開いた。

「弾ね、抜き取っちゃった。だから骸クンは僕を殺せない。ごめんね、殺してって、言ったのに」

 目の前に放られた銃を見つめ、そんな馬鹿な、と思った。
 そんな、いつの間に。

「最初はさ、骸クンに殺されるなら本望だって思ったんだけど」

 白蘭はそこで一旦言葉を切り、骸の髪に手を伸ばす。

「何だか惜しくなっちゃって」
「白蘭……」
「一緒に居る時間が長くなれば成る程、もっと一緒に居たいなとか、触れたいなとか。馬鹿みたいだよね、いつかは終わりが来るって分かってるのに」

 全く同じだと思った。
 自分だってそうだ。
 自分は白蘭を殺さなければならない。それは任務であって、確実に遂行しなければならない決定事項だ。
 それなのに、不覚にも好きになってしまった。それは最も抱いてはいけない感情だった筈なのに。

「ねえ骸クン」

 不意に髪に触れていた手が離された。真剣な表情で見つめられ、思わず背筋が伸びる。

「僕のこと、好き?」

 それは先程も聞かれた言葉だった。しかし今度は過去形ではなく、今、骸が白蘭をどう思っているのかを問うている。
 さっきは答えられなかった。でも、もう限界だった。この思いを口にしないままなんて、苦しくて苦しくて。
 骸はゆらゆらと視線をさ迷わせた後、白蘭の瞳を見つめた。

「……好きです、どうしようもない位に」

 気持ちを受け入れるのも、それを言葉にするのも散々敬遠してきたそれは、口にしてしまえば案外すんなりと伝える事が出来た。
 恋人という関係になったのは出会ってすぐ。(それも偽りだったけれど)気持ちを伝えたのは、たった今だ。
 一体どれだけの時間、自分たちは。こうするまでに、触れ合うまでに、かかった時間は長いようで短いのかもしれない。
 それでも自分たちに纏わりつく互いの立場を考えれば致し方ない事なのだろうと思う。

「ありがとう……」

 白蘭は薄く笑った。
 次の瞬間、どちらともなく唇が重なる。何度も角度を変えて互いの唇を貪った。
 このまま一つになって溶けてしまえたらいいのに。
 そんな滑稽な考えが浮かんでは消える。

「――んっ……は、」

 漏れる吐息さえもが勿体無いとでも言うように隙間無く触れ合えば、段々呼吸が苦しくなる。
 もう無理だ、そう訴えるように薄目を開けると、至近距離で白蘭と目が合った。
 漸く唇が離された頃には完全に息が上がり、肩で息をしながら呼吸を整えた。
 骸とは対照的に息一つ乱すことなく微笑んでいる白蘭は、おもむろに自身のズボンのポケットに手を入れて何かを探し出す。
 暫くして取り出されたそれは白蘭の手のひらで、鈍い光を放っていた。

「そ、れ……」
「ちゃんと本物だよ」

 弾だ。
 抜き取った物か、あるいは新しく用意した物か。骸には分からない。

「もっと骸クンと一緒に居たくて弾を抜き取ったのは事実だけど、ちゃんと骸クンに殺される覚悟は出来てるんだ」

 話ながらも、白蘭は手の中の弾を銃に入れる。

「ただ、何て言うのかな。骸クンはきっと、悲しむでしょ? 僕が殺しちゃったって」

 なんて、もしかしたら自意識過剰かもしれないけど、と、白蘭は続けた。

「骸クンになら殺されたい、そう思うのと同じ位、骸クンに引き金を引かせたくないって思うんだ。だから――」

 ゆっくり、挙げられる腕。
 白蘭は先程と同じように、何の躊躇いも無く自身の頭に銃口を向ける。違うのは、弾が入っていると言う事だ。

「白蘭……」

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 ゆっくりとトリガーにかけられた指に力が籠もっていくのが分かる。
 止めろ、そう言いたいのに、まるで音を失ってしまったかのように上手く言葉を発せない。

「好きだよ、骸クン」

 ああ、なんて残酷な言葉。
 そんな笑顔で言わないで。どうか、お願いだから。
 何度目かの告白に返事をする事も、引き金を引く指を止める事も、骸には出来なかった。
 目の前の映像がスローモーションのように流れている。
 もしも互いが違う立場で、敵だとか味方だとか、そう言う問題が無かったとしても、自分達はこんな気持ちを抱いたりしたのだろうか。
 誰かを愛しいと思う、幸せで哀しくて、どうしようもない感情を。



 頬を伝う生暖かい感触。
 これは――――。

「びゃ、くら――……」

 好きだと言った君の声が染み付いて、頭から離れない。


2011/03/21




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