一目見た瞬間、好きになった。
 透けるように白くいっそ青白い程の肌や、色が左右非対称の瞳、艶のある濃紺の髪、自分を呼ぶ声。その全てが綺麗で、でも何処か儚げで、どうしても欲しくなった。まあ、所謂一目惚れと言うやつだ。
 会って間もなく付き合ってくれと口にしたのは、最早無意識に近かった。それを聞いた骸の無作法な態度でさえ愛しいと思えてしまったのだから質が悪い。

 予想していたよりすんなりと付き合う事を了承されたのには多少驚いたが、その時は曲がりなりにもボスである自分に断る事が出来なかったのかと思い、あまり深くは考え無かった。きっと向こうは自分を好きでは無いのだという事は良く理解していたし、それでも構わないと思った。
 毎朝彼に起こされる朝は気持ち良かった。一緒に食べるケーキはいつもより美味しく感じた。嫌いな書類整理も楽しいと思えた。つまる所、骸が隣に居るだけで何でも楽しく感じるのだ。多少素っ気ない返事を返される事が殆どだとしても、たまに見せる朱に染まる頬が好きだった。
 何処の乙女だと言いたくなるが、やはり好きな相手と過ごす時間は自分にとって本当に特別だった。
 骸がどう思っているかは知らないが少なくとも自分は結構幸せだった訳で。
 だから、骸クンになら殺されたっていい、そう言ったのは間違いなく本心だ。

 骸がスパイであることに気づいたのは、もう随分と前の事である。定期的に誰かと連絡を取っていると知り調べた所、通話相手はボンゴレのボスであった。
 骸が敵だと分かってからも気持ちは揺るがなかったし、彼を問い詰める事もしなかった。
 ボンゴレの作戦を失敗させる為に此方から策を立てる事だって出来る。でもそれもしなかった。正一には何故だと問われたけれど、ただ単にこの関係を崩す事が躊躇われたからだ。

「好き、骸クン」

 組み敷いた体は抵抗らしい抵抗は見せず、何処かぼんやりとした表情で此方を見返している。

 優しく目尻を撫でると骸が身を捩った。
 今までこんなに触れた事は無かった。キスもセックスも、抱き合う事さえも。すぐ手に届く距離にいる彼に触れる事は、何か大きな意味を持つ気がして。
 ゆっくりと触れた唇は熱く、柔らかかった。最初こそ腕で押し退けようと抵抗を示した骸だったが、徐々に深くなっていく口づけに段々力が抜けてしまったようだ。

「びゃ、くら……ん……」

 暫くされるがままになっていた骸が何かを懇願するような声で名前を呼んだので、名残惜しさを感じながらも唇を離した。

「何、で……」
「何でって、恋人だから?」
「違う!」

 違います、と静かに言い直し骸は体を起こした。

「そうではなくて、」

 どこか言い辛そうな素振りで視線をさまよわせる骸を見て、何となく尋ねたい事は見当がついたけれど、それを口にはしなかった。

「さっき、殺されてもいいと、言いましたが……あれは」
「ああ、そのままの意味だよ」
「は?」
「それだけ骸クンが好きなんだって」

 だけど君は僕を殺さなければいけないんでしょう?
 偽りでもいい、せめてその時が来るまでは、側に居て。
 その思いを音にする事はせず、胸の中に留めた。

「ねえ骸クン、お願いだから、何処にも行かないでね」

 自然と口から零れた言葉は虚しく部屋に反響した。決して叶う事は無いのだと理解しているけれど、何故だかとても悲しくなった。
 それを聞いた骸が酷く動揺したのは手に取るように分かったが、これが自分の本心だ。
 ごめんね、骸クン。ちゃんと殺されてあげるから、だから、今だけは――――

 縋るように抱き寄せた骸の体は小さく震えていた。



20110222


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