高校生(まだ付き合ってない)


2月14日


 色とりどりのラッピング、煌びやかに彩られたリボン。それらはどれも美しく、誰の手に渡るのかと待ちわびているようだった。
 本日2月14日は製菓会社の策略もといバレンタインである。女子生徒は朝から忙しそうにクラスからクラスへと歩き回っており、皆それぞれ大きな鞄を持っていた。そこから出てくるのは綺麗にラッピングされた小さな袋。互いにそれを交換してバレンタインという日を大いに満喫しているようだった。
 昼休みになった今でもその忙しなさは止まず、何処かソワソワと浮き足立っている。
 骸はそれに軽く目をやり、机の上に無造作に置かれている手作りであろうお菓子をつついた。数えるのも面倒くさくなるような量のそれらの中には自分の好物であるチョコレートも含まれていたが、如何せん数が多すぎる。軽く胸焼けを起こしそうになりながら、骸は小さくため息を吐いた。

「どうしたのさ、溜め息なんか吐いちゃって」

 前の席に座っていた白蘭が振り返り、骸の机に肘を付いた体制で話しかける。

「あんなに沢山のチョコを作って、店でも開くつもりなんですかねぇ……」
「まあ確かに、バレンタインの本来の意味を履き違えてる気もするね。一人だけにあげるから盛り上がる気がするんだけどなー」

 女とは面倒ですと続ける骸に白蘭は苦笑し、骸と同じように机に置かれているお菓子を手に取った。

「骸クン チョコ好きじゃん。こんなに沢山貰えて、嬉しくないの?」
「確かに好きですが、限度というものがあるでしょう」

 いくら好きな物だったとしても、そんなに沢山食べたいとは思わない、と骸は眉を潜めた。
 渡されたものを突き返す事も出来ず流れで受け取っていたら、有り得ない数になってしまったのだ。きっと持ち帰るのも苦労するだろう。

「……あなたこそ。机の上、凄い事になってますけど」

 骸の言うとおり、白蘭の机の上にも同じくらいの数のお菓子が積まれている。白蘭はそれを一瞥すると再び骸に向き直った。

「僕はマシマロの方が好きだからなぁ……」
「贅沢ですね」

 骸は沢山ある中の袋を一つ掴み、ラッピングを解いていく。取り出したトリュフにはココアパウダーがまぶしてあり、見た目は悪くないなと考えてそれを口に運ぶ。口いっぱいに広がるまろやかな味を舌で味わいながら、これは誰から貰った物だったかと思案したが、一向に顔を思い出す事は出来なかった。

「ねえ、」
「何ですか?」

 暫く黙って骸の様子を見ていた白蘭が突然口を開いた。指についたパウダーを軽く舐め取りながら視線だけを其方に向ける。

「骸クンはくれないの?」
「はあ?」

 笑みを崩さない白蘭の言葉には揶揄が含まれているようで、骸は怪訝そうな顔で見つめ返す。そんなに貰っておいてまだ欲しいのかと半ば呆れながら、先程開けた袋に手を伸ばした。

「……これでよければ」

 袋から再びトリュフを取り出しそう提案してやると白蘭は明らかに不満そうな顔になった。

「それ女の子から貰ったやつじゃん!可哀想!そうじゃなくてさあ、骸クンの手作りが欲しいんだって!」
「そんなに力説されても困るんですが」

 白蘭に受け取られなかったチョコレートが指の体温で溶けていく。仕方なくそれは自分の口へ入れる事にした。

「作ってよ」
「嫌ですよ面倒くさい」
「ケチー」
「何とでも」

 わざとらしく頬を膨らませて拗ねる素振りを見せる白蘭を無視し、今度はどのラッピングを解こうかと視線を巡らせる。
 その様子を頬杖を付きながらつまらなそうに見ていた白蘭はふてくされた表情のままボソリと呟いた。

「好きな子から貰いたかったんだけどな」
「――……は?」

 思いがけない言葉に食べていたマフィンを落とし、信じられないというような顔で白蘭を見やる。
 白蘭の勿体ないなー、という落としたマフィンに対する言葉を聞き流しながら、骸はただ瞬きをする事も忘れ一点だけを見つめた。
 それではまるで白蘭が自分を好きみたいじゃないか。実際今この男はそう言ったのだけど。
 骸は顔が赤くならないように、動揺を悟られないようにとひたすらマフィンを食べ続けた。

 少しだけ赤くなった耳を見逃さなかった白蘭がもしかしたら脈ありかとほくそ笑んでいる事を、骸はまだ知らない。




20110214
HAPPY VALENTINE!





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