この世で一番不必要なもの


「この世で一番不必要なものって、何だと思います?」

 そう口にする骸の顔は真摯で、白蘭は思わぬ言葉に暫しの間フリーズした。
 何故このような質問を投げかけられているのか分からない。根本的な要因は自分にあるのだろうが。
 しかし唯一確信できる事は、少なくとも自分が投げかけた言葉に対する返答と言うには先程の骸の発言は適当ではないと言う事だ。
 数秒前、自分は確かに告白をしたのだ、骸クンに。……記憶が正しければ。


 今日は珍しく仕事を早く終わらせ、骸と二人で紅茶を飲んでいた。机の上にはお気に入りのマシュマロ、それから美味しいと有名な店のチョコレート。たわいもない話をして(だいたい白蘭が一方的に話す)それに骸が気紛れに相槌を打つ。それに満足していたし、その空間を居心地がいいと感じていた。

 白蘭は骸の事が好きだった。いつか言おう、いつか言おうと先延ばしにしてきたが、今日こそは、と心に決めていた。

 好きだと、骸に伝えようと。

 勝算は無いに等しいと言えた。骸の自分に対する態度はどれだけの時間を共にしても変わることは無かったし、いつだって話しかけるのは此方からだったからだ。自分が話し始めなければ会話が始まる事は無い為、自分と彼との繋がりはあまり深いとは言えないのだ。
 それでも何とか話しかけて、最初の頃よりは(監禁をし始めた頃よりは)会話が成立するようになってきた。
 もう一度言うが、白蘭は骸の事が好きだ。
 相手もそうだったらいいなとか、今まで以上に笑顔が見たいとか、触れて、みたいとか。そういう諸々の欲が抑えきれなくなってきたのはつい最近の事だ。

「不必要なもの……」
「はい、何だと思いますか?」

 再度同じ質問を繰り返す骸は真っ直ぐ此方を見つめており、先程の告白など全く気にしていないようだった。
 一世一代の告白を流されてしまっている現状に泣きたくなったが、ここで自分の意見を押し付けてしまったら機嫌を損ねてしまうのは目に見えていたので黙っておく。

「……辛いもの、とか」

 そう苦笑混じりに呟くと、骸はあからさまに眉を潜め呆れたような表情を浮かべた。

「僕は愛だと思います」
「愛……」

 それは先程の告白を完全否定されているという事ではないだろうか。愛が不必要だと言う彼は確かに、人を寄せ付けない、何というか、いかにも「一人で生きてきました」と言うような、そんな雰囲気があった。
 そんな彼だからこそ好きになったのかもしれないが、だからと言って愛が要らないと言うのは、何だか寂しい気がする。

「何で?」

 純粋に気になった。何を思ってそう言うのか。骸は少し俯き、すっかり冷めた紅茶に手を延ばしながらぼそりと呟いた。

「目に見えない不確かな感情など、あるだけ無駄だ」

 信用に欠けると、骸は続けた。骸の目は心なしか哀しげで、白蘭は目を見張った。
 きっと骸は、愛が欲しいのではないかと思う。ただ目に見えないものを信用出来ないだけで、本当は誰よりも愛情と言うものを欲しているように見えた。

「骸クン、そんなの悲しいよ。……愛ってさ、見えないからいいんだよ、きっと」

 ゆっくりと手を延ばし、綺麗な濃紺の髪に触れる。骸は一瞬体を震わせたが抵抗はしなかった。指に触れるサラサラの髪が心地いい。

「先程、」

 暫く黙っていた骸が不意に口を開く。

「貴方は僕を好きだと言いましたが、」
「うん」
「それだって、不確かなものじゃないですか。それが本当かなんて、僕に知る術はない」
「……嘘は言ってないよ」

 そんなの分からないと頑なに否定する骸に、どうしたものかと思案する。どうしたら分かってくれるのだろうか。こんなにも、好きなのに。

「好きだよ、骸クン。僕が愛をあげる」

 だから寂しくないよ、悲しくないよ。
 そう告げると骸クンは俯いてしまった。どうやら泣いているようで、顔を上げてはくれなかった。震える背中を撫でてやれば、遠慮がちにすり寄って来て、何だかんだ言って寂しかったんだな、と思った。

「目に見えないものは信じられませんが、」

 涙混じりの声は酷く掠れていたけれど、それさえも愛しいと思った。

「白蘭が、好き、みたいです」


 一番要らないものは愛だと言った。でも一番必要なものも、確かに愛であると。それを君に教えてあげたいと、本気で思う。
 取りあえず、泣き止まない彼の涙を早く止めてあげないと。そんな事を考えながら腕の中の温もりをかみしめた。


さあ、これからどれだけの愛を教えてあげようか。




20110211





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