東京で雪は降っていないが、まだまだ寒く吐く息は白い。今日は特別寒いように思う。
 静雄はバーテン服の上から羽織ったコートにかじかんだ手を突っ込み、街を歩いていた。
 今日1月28日は静雄の誕生日である。だからと言って、何か特別な事をする訳ではないのだけど。
 例えば何時もより少し美味しいものを食べるとか、今日1日ぐらいは平和に過ごしたいだとか、そんな些細な事が実行出来たらなと思ったりはするが。

(今日くらい、あいつには会いたくねえな)

 あいつというのは言わずもがな天敵である臨也の事であるが、あの性格の悪い男の事だ、絶対に自分の前に現れるに決まっている。誕生日だと知っていて嫌がらせにくるのは目に見えていた。

「やあ」

 突然だった。目の前に全身真っ黒な格好をした男が現れた。
 見慣れたその男は今日もいけ好かない笑みを浮かべ、此方を見ていた。

「臨也……」

 間違える筈もない。世界で一番嫌いな相手だ。全身から込み上げてくる怒りをぶつけるように、本来なら他の用途で使われる標識を引っこ抜いた。
 それが、鬼ごっこの合図だ。 臨也が踵を返し走り出すのを何時ものように追い掛ける。
 何処までも逃げ足の速い臨也はどんどん人混みをすり抜け路地裏へと入っていく。
 静雄も同じように大通りから逸れて路地裏に入り、先に薄暗い道を走っている臨也目掛けて標識を投げつけた。
 臨也がそれを軽々と避けてしまった為、静雄は丁度横にあったごみ箱を瞬時に投げる。
 しかしそれも臨也の頬を少し掠めるだけに留まり、投げたごみ箱の中身が辺りに散乱した。
 ああ、最悪だ。
 静雄は思った。今日ぐらい平和に過ごしたいなど、この男が生きている限り無謀な事だと。例えそれが、少し特別な日でもだ。
 臨也は相変わらず張り付いたような笑みを絶やさず此方を見ている。それが酷く不快で、静雄は拳を握りしめ、臨也に向かって駆け出した。






 薄暗い路地裏、月明かりがうっすらと道を照らしているそこに傷だらけの男が二人、壁に背中を預けて座って居た。
 日はすっかり沈み、寒さが余計に肌に染みる。
 何をしているのだろう。自分も、この男も。
 せっかく弟から貰ったバーテン服はナイフによって切り裂かれボロボロだ。これはもう着れない。
 更に体中には無数の擦過傷や切り傷があるが、此方は直ぐに治るだろう。
 ふと横に目を向けると、今まで対峙していた臨也も相当ボロボロだという事に気づく。全ては自分が付けた傷だが。
 臨也がこの場所に留まっているなど、凄く珍しい。
 それ以前に二人して同じ空間に居て諍いが起きない事自体が珍しいのだけど。それはお互いに疲れているからだと静雄はくだらない理由付けをした。
 ポケットから煙草を取り出し、火を点けようとライターを探したが見当たらない。大方先ほどの戦闘でどこかに落として来たのだろう。静雄は短く舌打ちをし、煙草の箱を握り潰した。

「ねえ、シズちゃん」
「あ?」
「今日、誕生日なんだってね」

 何を今更、そう思いながら眉を潜める静雄に向かって臨也は薄く笑いかける。

「おめでとう」

 何か欲しいものとかある?
 そう問われ、静雄は今すぐ消えろと言い放ったが、曖昧に笑って返されるだけで、一向に立ち去る気配は無かった。それにまた苛立ち、煙草を吸えないのも手伝って、盛大な舌打ちをする。

「シズちゃん、」
「何だよ」

 臨也は立ち上がり、静雄の目の前までやって来た。その表情は逆光で伺えないが、ムカつく顔を見なくて良いのは丁度いい。
 ぶっきらぼうに返事をすると臨也は何かを此方に投げつけて来た為、それを瞬時に掴む。

「危ねえな」
「それ、あげるよ」

 誕生日おめでとう。
 臨也は再度そう告げて、大通りの方へ歩いて行った。
 握っていた拳を開き、先ほど掴んだものを確認すると、それはライターだった。
 あの男から貰ったものを使うのは酷く躊躇われたが、煙草を吸いたいという欲望に負け、ライターで火を点ける。
 煙を吸い込むと体中に臨也の毒が回る気がして、気分が悪い。

 今日は最悪な誕生日だ。あんな奴に祝われるなんて、反吐がでる。
 静雄は持っていたライターを投げ捨ててしまおうかと腕を振り上げたが、出来なかった。
 何故だか、それを捨てるのは躊躇われたのだ。

「クソ……」

 その事にもまた腹が立ち、今日何度目か分からない舌打ちをした。



20110128
シズちゃんはぴば!





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