感覚神経が鈍い骸 ありったけの愛を、言葉にのせて 「骸クン、くすぐったい?」 抱きしめられ目元に降ってくるキスを受け止め少しだけ身じろぐと、白蘭はそう問い掛けた。 「あまり分かりません、感覚が鈍いので」 そう返すと白蘭は少しだけ寂しそうな顔をして「そっか」と呟いた。 幼い頃から感覚神経が麻痺しているという自覚はあった。 ひとえに感覚神経と言っても様々だが、特に皮膚から感じ取る機能が著しく低下しているのだ。 その上痛覚も鈍くなっているらしく、どれだけ酷い怪我をしても自覚がない為、過去何度か生死の境をさ迷った苦い記憶もある。 それが先天的なものなのか、あるいは無理な人体実験の副作用なのかは定かではない。 それらは日常生活で多少の不便は生じるものの、それほど大きな問題ではないと思っていた。 この男と付き合うまでは。 一体何を間違ったのか、同性である白蘭と付き合い出してもうすぐ一年が経つ。 最初こそ印象は最悪だったが(目を潰されかけた上に監禁までされたのだから当たり前だ)まさか付き合う事になるなんて、考えもしなかった。 恋人になって触れ合う機会が増え、改めてこの感覚の鈍さを少し、本当に少しだけ不自由だと感じるようになった。 例えば手を繋いだとしよう。勿論触れている感覚はあまりない。それでも時間をかけてじんわりと伝わってくる微かな体温によって、自分の手が熱を持っていくのが分かる。 今みたいに抱き合ったとして、相手の腕の力の強さ全てを感じる事は出来ないけれど、相手の匂いを鼻で感じる事が出来る。 キスをしたとして、自分はその感覚をあまり実感出来ないけれど、合間に漏れる吐息だとか目で見る事の出来る相手の表情だとか、皮膚から感じ取る事が出来ない分を補う術はいくらでもあるのだ。 それを何度説明しても、白蘭は浮かない表情を浮かべ、骸クンに触れる感覚を教えてあげたいんだ、と毎回のように口にした。 そんなもの感じなくても、他の方法で通じ合えているじゃないかと、羞恥を我慢して言って見てもこの男は一向に納得してはくれなかった。 「こんなに近いのにね」 まるで凄く遠くに居るみたい。 僕をその胸に抱きしめて呟く姿は何とも悲しげで、どうする事もできない自分が嫌になる。 こういうときに、自分に人並みに触覚があったなら、と後悔せずにはいられないのだ。 僕だって自分の手で、唇で、体全体で、触れる感触を感じる事ができたなら、と想像しない訳ではない。感じたいとも思う。触れているのに遠くに感じるというのは自分もまた然りなのだ。 「白蘭、」 アメジストのような瞳を真っ直ぐ見据え名前を呼ぶと、白蘭は「何?」とどこか哀しげな笑顔を返してきた。 「抱きしめてください。もっと、強く」 「骸クン……」 言わんとしている事を悟ったらしい白蘭は背中に回っている腕に力を込めたようだ。 肩に顔をうずめられているため、時折ワックスで固められた白い髪が首を掠める。そんな些細な感触すら感じる事が出来ない事実に、落胆する。 それを紛らわすように自分も背中に手を回した。 随所と強い力で抱きしめられているらしく、普段は滅多に体感する事のない感触を背中に感じた。 それでも足りない。まだ、足りない。 「白蘭、もっと、」 「これ以上力を入れたら折れちゃうよ」 「そんな事……」 むしろ折ってくれても構わないと思った。そうすれば、少しの痛みを感じられるから。 そんな馬鹿な事は決して口にはしないけれど。 僕の考えとは裏腹に背中へ回されていた腕は解かれ、その代わりとでも言うように髪を撫でられた。 「ねえ、キスしようか」 「は?」 キスしよう、再度耳元で囁かれほんのり顔が熱くなった。 いつもはそんな事いちいち聞いては来ないのに。変に改まって聞かれると緊張する。自分もしたい、など口が裂けても言える気がしなかった。 髪を撫でる手の動きが止み、頬に添えられる。 「ね、いい?」 「勝手にすればいいでしょう、いちいち聞かないで下さい」 少し強い口調で言い放ち顔を伏せた。 きっと照れ隠しだと気付かれているだろう。しかし白蘭はそれを指摘する事をせず、薄く笑うだけに留まった。 「じゃ、遠慮なく」 やがて重なった唇の感触は分からなかった。けれど一層近くで香る白蘭の匂いと、暖かい唇の温度に目眩がしそうだ。 「骸クン」 「…っは、何、ですか」 深いキスの合間に名前を呼ばれ息も絶え絶えに返事をする。 「伝わってる?ちゃんと、」 今、触れてるんだよ。 その一言に涙が出そうになった。 全身から切実なまでに伝わってくる感情、唇や体にに感じる微かな熱。 勿体無いと、思った。こんなに強く抱きしめ合って口づけを交わしても、その感触を感じ取れないなんて。 触れたい、触れてみたい。 手で、体で、唇で。感じてみたい。 叶わない、決して、叶わない事だけれど。でも。 それならせめて――…… 「びゃくら、ん……」 止むことのない口付けに、絞り出した言葉の語尾は甘く溶けた。 (ありったけの愛を、言葉にのせて) 20110107 back main ×
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