大学生


深夜、君と2人


 ああ、随分と遅くなってしまった。
 開いた携帯の画面の明るさに少しだけ目を細めながら、確認した時刻から数分前に終電が出てしまった事を知る。全くタイミングが悪い。
 今日はたまたま同じ学部の友人と飲んでいた。随分と話がはずみ、良い気分のまま別れたのがつい数十分前。とりあえず駅に向かおうと歩いている途中で、ふとそう言えば何時だろうと思い携帯を開いたら冒頭に至った訳だ。

 どうしようか、生憎自宅はタクシーで帰宅するには金がかかりすぎる距離にある。
 一晩ぐらい、ファミレスで時間を潰せば何とかなるだろう。そう思い立ち、歩いてきた道を引き返した。もう随分と遅い時間にもかかわらず、目に入る殆どの店にはまだ灯りが付いている。
 ファミレスは何処にあるだろうかと辺りを見渡していると、丁度コンビニから知った顔が出てきた。

「骸クンじゃん」
「…白蘭?」

 左手にビニール袋をさげ此方を凝視している骸クンに近付くと、何故ここにと返された。

「終電逃しちゃってさ」
「それはお気の毒に」

 感情の籠もっていない声でそう言われたが気にしない。いつもこんなものだ。
 骸クンとは学部こそ違うけれど、たまに飲みに行ったりする仲だ。と言ってもその殆どは僕から誘うのだけど。

「骸クンの家この辺なの?」
「ええ、徒歩5分と言った所でしょうかね」
「何でこんな時間にコンビニ?」
「…チョコレートが食べたくなったので」

 確かに、ビニール袋の中には赤いパッケージのチョコレートが見えた。こんな夜中にコンビニに買いにくるほど食べたかったのかと考えると少しだけ笑えた。それを表に出すと怒られるのは目に見えているので口には出さないが。

「ねえ骸クン、僕は今終電を逃して困ってるんだけどさ」

 そうわざとらしく話しかけるとあからさまに眉を潜め、次に自分が何を言い出すか悟ったように嫌そうな顔をした。

「今日だけ、泊めてくれない?」
「お断りします」

 即答され、しばしの沈黙が流れる。やだなあ、そんなに嫌がらなくてもいいのに。
 でもここで引き下がる訳にはいかない。こちらだって必死なのだ。泊めて貰えなかったら当初の予定通り、ファミレスで一泊コースという何とも虚しい状況に陥る事になる。
 出来る事ならベッドとまではいかなくても、せめてソファーで寝たい。

「いいじゃん一泊ぐらい、ファミレスなんて嫌だよ!」
「自業自得でしょう」

 暫くの攻防の末、骸は小さくため息を吐いて白蘭を見据えた。

「…ハーゲンダッツ」
「ん?」
「ハーゲンダッツ買ってくれるならいいですよ、泊めてあげても」
「冬なのにアイス…」
「嫌なら、」
「いや、買う買う!」

 その条件を呑み、目の前のコンビニでハーゲンダッツを買った。アイスで寝る場所を確保出来るなら安いものだ。5個も買わされたのは誤算だったけれど。



 暗い道を、街灯の灯りによって出来る影を見つめながら歩く。骸クンの言った通り、コンビニから5分程歩いた所にマンションがあり、そこに入っていくのを追い掛けて自分も足を踏み入れた。

 通された骸クンの部屋は落ち着いた雰囲気が漂っていて、置いてある家具の趣味が何だか彼らしいと思った。

「結構良い部屋住んでるんだねー」
「まあ」

 そう短く答えながら冷凍庫にアイスをしまい、奥の部屋に消えていく背中を見送った。置かれているソファーに目を向けると、それはとても高級そうで見るからに座り心地が良さそうだった。
 これで翌日体を痛めなくて済むなと考えていると、先ほど消えていった扉の向こうから骸クンが戻ってきた。手に黒のスウェットを持って。

「先にシャワーどうぞ。着替えは僕のですが、我慢して下さい」
「え、風呂まで貸してくれるの?」
「あなたそのままで寝る気ですか。汚いですね」
「汚いって…」

 なかなかスウェットを受け取らない事に痺れを切らしたのか、無理やりそれを押し付けて自分はさっさとソファーに座りチョコレートのパッケージを開け始めていた。

「骸クンってさあ、実は物凄く面倒見いいよね」

 思った事がつい口からこぼれる。骸クンは返事を返す事なく、一粒目のチョコレートを口に運んでいた。

「僕、骸クンとなら付き合ってもいいかも」
「…は?」

 手に持っていた二粒目のチョコレートを床に落とし、信じられないとでもいうような目で此方を見ている骸クンに近づき距離を詰める。

 困惑して少し開いている唇に自分のそれをそっと重ねると、ほんのりチョコレートの味がした。それが酷く美味しく感じ、舌で唇を舐めてやると勢いよく引き剥がされてしまった。

「っ何するんですか、ふざけるな!」
「…キス?」
「聞くな!」

 最悪だと嘆きながら自室に逃げていく骸クンの耳が真っ赤で、思わず笑った。
 今までは顰めっ面か見下したような笑みしか見たことがなかったのに、あんな骸クンを見れたのだから終電を逃して良かったと思った。あんなに可愛い反応を返されたら本気になってしまいそうだ、とも。


 こんな事をしても出て行けと言わないなんて骸クンってば本当に優しいんだから。さてこれからどうしようかと考えながら、取りあえずバスルームに向かった。




20101228
相互の記念に、こっそり柚木ちゃんに捧げます…!(こんなのいらないよ!)






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