時刻はもうすぐ19時を指そうとしており、今から行くと告げてから約2時間程経過していた。
 キャバッローネからミルフィオーレまで結構な距離がある上に、クリスマスという事も相まって普段より大分道が混雑していて到着が遅れてしまった。

 受付で白蘭と約束があると告げると、お待ちしておりましたと返され、階と部屋番号を教えられた。どうやらそこで白蘭が待っているらしい。

 エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
 だんだん部屋に近づいていくにつれ、鼓動が早まるのが分かった。何を緊張しているのか。別に、心音を早くする要素などない。そう自分に言い聞かせ、指定された部屋の扉をノックした。

「いらっしゃい」

 程なくして扉は開かれ、ここ数日頭から離れなかった顔が現れた。
 いつもの仕事着ではなく随分ラフな格好をしているせいだろうか、ディーノ同様とても一ファミリーのボスには見えない。
 そんな事を考えていた為、投げ掛けられていた迎えの言葉に反応するのが遅れてしまった。
 慌てて(と言ってもそれを態度には出さなかったが)こんばんは、と返すと白蘭は薄く笑って、どうぞ、と促した。
 足を踏み入れると室内には鼻孔を擽るような匂いが充満しており、それの正体がテーブルの上へ所狭しと並べられた料理であるという事に気付くのに時間はかからなかった。

「これは…」
「僕が作ったんだー。ケーキもあるよ」

 チョコレートのやつ。当たり前とでも言うような口調でそう言い放ち、半ば強制的に椅子に座らされた。

「てっきり、何処かへ食べに行くのだと思っていました」
「あ、その方がよかった?」
「いえ、そう言う訳では」

 目の前に並んでいる料理は見た目も匂いも良く、とても美味しそうだった。一見料理どころか家事全般と無縁そうなこの男が、これ程のものを作る事が出来るのかと喫驚しているとワイングラスを手渡された。
 それを受け取ると、かんぱーい、という何とも間抜けな声と共にグラスがぶつかる小気味良い音が響いた。

「料理出来たんですね」
「まあそれなりにね。意外だった?」
「ええ、かなり」

 含んだワインを舌で味わいながら思った事を口にすると、骸クンは出来なさそうだよねと言われた。まあ否定はしないけれど。実際ここまでのものは作れない。

「さ、食べて食べて」

 勧められるままに料理を口に運ぶと感想を求められたので、思ったままに美味しいですと返してやった。すると良かった、と笑うものだから、思わず顔を背けた。胡散臭い笑みではない、純粋な笑顔だったから。
 自分はこの笑顔が苦手だ。嫌いと言う訳ではない。ただ、どうしていいか分からなくなってしまうのだ。
 きっと今、自分は変な顔をしているに違いない。その顔を見られないように、ひたすら料理に手を伸ばした。




「ごちそうさまでした」

 暫くしてテーブルの上にあった料理がなくなった頃、白蘭は立ち上がって簡易キッチンへ歩いていった。再び戻ってきた白蘭の手には、切り分けられたチョコレートケーキと珈琲の乗ったトレイがあった。
 そう言えば先程、ケーキも作ったのだと言っていた事を思い出した。
 皿に乗っているそれは店で売られているものと大差なく、とても美味しそうだった。

「骸クンがチョコレート好きって綱吉クンから聞いたから、チョコレートケーキにしたんだよ」

 目の前に置かれたケーキはきれいに切り分けられており、茶色いクリームの上には赤い苺が乗っている。ケーキは確かに美味しそうだが、それよりどうしても気になっている事があった。

「白蘭、」
「ん?食べないの?」
「どうして僕を誘ったりしたんですか」

 何故、自分なのか。
 ここ数日疑問を抱いていたそれは、思いの他すんなりと口にする事が出来た。
 クリスマスに誘ったのがどうして自分なのか、という事だ。この男の容姿なら例えクリスマス前に女と別れたとしても、代えなど沢山いるだろうに。性格はどうあれ(腹の中は真っ黒だ、きっと)外見は良いのだから、わざわざ女ではない自分を誘う意味が分からない。
 それも正直に伝えてやると、白蘭は困ったような微笑を浮かべた。

「本当に鈍いなあ、骸クンは」

 知りたい?そう問いかけられ反射的に首を縦に降る。するとまず初めに、と話し始めた。相変わらず感情を読み取る事は出来ないが。

「骸クンの言うとおり、確かに代わりの女の子なんて沢山いるよ。作ろうと思えば彼女だって作れた。でもそうしなかった、何でだと思う?」
「分からないから、聞いているんですが」
「ヒント、僕は結構前から骸クンと仲良くなりたいなと思ってた」
「…」
「次に、クリスマスは本当に過ごしたいと思える相手を誘った。だからそれが答え」

 訳が分からない。いや、気づかないフリと言った方が適当なのかもしれない。白蘭から発せられる一つひとつの言葉は、ある答えを導き出すには十分すぎた。
 仲良くという意味が、純粋に友人としての仲良くでは無いと言う事も明白だった。
 理解していけばいく程、体に熱が籠もっていくのが分かった。

 先日、白蘭ボンゴレに来ていた日の事を思い出す。あの時自分は確かにこの感情の名を悟った。この男が言わんとしている事も、きっとそれと同じなのだろう。
 まさかそんな訳がないと、今日まで考えないようにして来たその感情は次の瞬間、いとも簡単に告げられてしまった。

「つまりね、好きだから、だよ。骸クン」

 ああ、もうだめだ。もう目を背けていられない。決定的な一言を浴びせられ、思わず目が泳いだ。
 何か答えなければ、そう思うのに上手く言葉が出て来ない。容赦なく注がれる視線に耐えきれず顔を伏せた。この男は自分の返答を待っている。分かってはいるが、目さえもまともに捉える事が出来ないのだ。何とも情けないとは思うが。

「返事を聞きたいんだけどな。ね、顔上げてよ」

 骸クン、そう促されたが絶対に顔なんて上げられないと思った。上げられる訳がない。こんな情けない顔を晒すぐらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。

 すると突然、頬に何かが触れ強制的に上を向かされた。その何かが手であると言うことに気付いたのは、目の前に座っている白蘭の腕が此方に伸びていたからだ。

「わ、骸クン顔真っ赤ー」
「…っやめろ!」

 添えられていた手を乱暴に叩き落とすと、それは案外簡単に離れていった。

「ねえ、その反応、期待してもいいの?」
「…」
「骸クン」
「………来年、」
「ん?」
「…来年も、一緒に過ごしてあげてもいいですよ」
「それって、」

 絞り出すようにそれだけ告げ、未だにほんのり湯気が上がっている珈琲を一気に啜る。
 とりあえずまだ登録していないこの男のアドレスを登録しようかと見当違いな事を考えながら目を伏せた。

 口内いっぱいに広がった味は苦く、あまり得意なものでは無かったが、酷く甘くなったこの空気から逃れるには丁度いいと思った。




20101226








back main

×