そう僕だけには、弱さも見せて


「じゃあ骸お疲れ様。大丈夫?疲れてない?」
「ええ、問題ありません」
「本当に? 暫くはゆっくり休んで」
「はいはい。失礼します」

 長い間担当していた任務をやっと終えた。忌々しい右目の能力は色々と便利らしく良く任務を割り当てられる事があるが、今回は特別長かったように思う。早く部屋に戻って眠りたい。綱吉への報告もそこそこに、早々と執務室を後にした。

 幼い頃の生活が身についているせいか、他人の前では常に気を張っている。決して弱味を見せないように。もう一種の習慣みたいなものだ。昔から行動を共にしてきた犬や千種、クローム、ましてやマフィアであるボンゴレには自分の弱さは見せないよう努めてきた。例外は存在しない。それが例え恋人と呼べる立ち位置の相手でもだ。今更それが直せる訳も無い。直す気も無いけれど。

 任務が長引いたせいで、自分の思っていたより精神的にも肉体的にも疲れているようだった。正直歩いているのすら辛かった。

「骸クンおつかれー」
「…何故ここにいる」

 自室の扉の前にたどり着き、やっと休めると小さく息を吐いた所で本来ならば自分が開けない限り開かない筈の扉が開かれ、満面の笑みを浮かべた白蘭に迎えられた。

「綱吉クンと打ち合わせしててさ、折角だから待ってた。久々だしね」
「無断で部屋に入るのはやめてください」

 全く本当にタイミングが悪い。確かに会うのは久し振りだが、何も今日でなくていいだろうに。普段ならば軽くあしらってやるのだが、如何せん疲れている。とにかく早く休みたいのだ。心なしか頭も痛い。それを悟られないように帰ってもらうにはどうしたらいいかと思案していると、とりあえず紅茶でも飲まないかと言われ、室内に足を踏み入れる。そのままソファーに座るようにと促され、白蘭は簡易キッチンへ消えて行った。
 程よい柔らかさのソファーに背を預けると一気に睡魔が襲って来た。同時に目の奥の方が痛み、頭がグラグラしてくる。今寝たら駄目だ。頭では分かっているのだが欲求には逆らえない。白蘭が紅茶を淹れている少しの間だけでも眠ってしまおうかと軽く目を閉じ、仮眠とも言えない程の浅い眠りに就いた。

 暫くするとカチャンという食器の音と共に紅茶の香りが漂って来て、白蘭が戻って来たのだと悟る。すかさず目を開け意識を覚醒させると、茶葉の程よい香りが鼻孔を擽った。

「骸クン」

 背後から名前を呼ばれたのとほぼ同時。突然視界を手で塞がれた。光が遮られ、目の前に黒が広がる。

「疲れてるんでしょ、体調悪い?」
「は?」
「顔色あんまり良くないし。いつもは見逃してたけけど、今日はダメ」

 少し眠りなよ、と言葉が降ってくる。白蘭の突然の行動に若干動揺しながらも、有無を言わせないと言うような口調でそう言うものだから、何も言い返せなかった。
 今まで誰にも弱味は見せなかった。もちろんこの男にも。疲れているとか体調が悪いとか、そんな事は一度だって言わなかったし態度にも出さないようにしていた筈だ。隠せていたと思っていたのだが、どうやらこの男にはお見通しだったようだ。

 甘え方など知らない。そんな機会は今まで一度だって無かった。頼れる存在を求める訳でもない。けれど。

「骸クンさ、頑張るのはいいんだけどね。たまには頼ってよ」
「何を馬鹿な、」
「僕にだけは弱さも見せて欲しいかなー、なんて」

 まあそれが簡単に出来ればこんな事にはなってないんだろうけど。そんな事を言いながらゆっくりと抱きしめられる。
 徐々に伝わってくる体温に、少しだけ頭痛が和らいだ気がした。

「別に疲れてなどいませんが」
「骸クン、」
「少し、肩を貸して下さい」

 白蘭の肩に己の頭を預け、ゆっくりと体の力を抜いた。襲ってくる睡魔に今度は逆らわず、そのまま意識を手放す。おやすみ、という声がうっすらと聞こえた気がしたが、返事をする余裕はなかった。


 突然全てを預けるのは無理かもしれない。けれどこの男になら、少しぐらい頼ってもいいだろうか。



20101223







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