また、ここから

 火曜日はスーパーが安い。
 週に一度、持ち回りで買い出しにいくことになっている。普段は千種や犬、クロームが食料品や日用品の調達に出向いていた。
 今日の担当はクロームだった。洗剤がない、トイレットペーパーがない。確認しながら買い物リストを作るのを見て、彼女一人では少々難儀しそうだなと思った。そう言えば、そろそろ冬季限定のチョコレートが店頭に並ぶ頃ではないだろうか。それが決め手となり、気まぐれに着いてきたのだが。そんな日に限って、不運も着いてくるものだ。
「あ、骸クン」
「……白蘭」
 厄介な男に出会してしまった。
 二人が顔を合わせたのはお菓子コーナーだった。チョコレートの陳列棚の前に立っていた骸に、白蘭が声をかけたのだ。
 白蘭の手にはカゴが握られていて、その中にはマシュマロの袋がどさりと入っていた。その様子に眉をしかめ、骸はため息混じりに言った。
「来週辺り、陳列幅が増えるんじゃないですか。二列に」
 カゴの中のマシュマロは店頭にあるだけ買い占めました、と言わんばかりの量だ。
「骸クンこそ、この店のチョコレート売上にかなり貢献してるんじゃない? チョコのスペースでかすぎ」
 白蘭の言うことはあながち間違いではない。
「て言うか骸クン、なんで連絡無視するのさ」
 骸は表情にはおくびにも出さなかったが、内心でギクリとした。触れられたくなかったことだ。
 そう、白蘭と会いたくない理由はそこにあった。
 未来での戦いの記憶。それを受け継ぎ、現代の世界で再会することになった白蘭。
 未来の記憶。未来での自分の記憶。白蘭との、記憶。それは今の骸にとっては全くもって、迷惑でしかなかった。白蘭から受けた屈辱、そして、最も厄介なのは白蘭と自分の関係だった。
 所謂、そういう関係、だったのだ。
 今より十年、歳を重ねた自分は一体何をやっていたのだと言いたい。あの世界で二人は身体を重ね、心を重ねていた。
 未来での記憶。自分にあると言うことはもちろん、白蘭にもあるわけだ。しかし、未来で何があろうが今は今だ。どんな関係があったとしても、今は今なのだ。
 しかし、その一言で割り切れない気持ちがあることは確かだった。直接出会う前に得てしまった感情を丸きり無視するには、それはあまりにも濃密だった。それ故、白蘭との接触を意図的に避けている節はあった。
「別に……話すことも無いので」
「骸クン冷たいなぁ」
「生憎僕は、あなたの欲している骸クン≠ナはありませんよ」
 同じ個体の記憶であれ、未来は未来、今は今だ。その記憶を受け継いだからと言って、今の自分が同じようにこの男に身を寄せるとは限らない。いや、有り得ない。
「骸様?」
 必要なものをカゴに入れ終えたクロームが、お菓子売り場へやってきた。予想外の人物と骸が対峙していたことに、戸惑いの表情を浮かべている。
「あらら。じゃ、僕は先に行くね。たまには返事返してよね、骸クン」
 白蘭は終始笑顔を張り付けたままだった。レジへ向かうため、骸の方へ歩いてくる。距離にしたらほんの数歩。その距離がどこか遠く感じた。
「──僕、あんまり我慢強い方じゃないんだ」
 すれ違い様、耳元で囁かれた言葉は、自分にだけ聞こえるような小さな声だった。触れそうな距離で紡がれたそれは直接鼓膜に注がれ、身体を駆け巡っていくようだった。

 ああ本当に、厄介で仕方がない。


(2018/02/04)


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