最近日中は少し汗ばむような天気が続いていて、本格的にやってくる夏を考えると憂鬱になる。
 本日も例外ではなく、窓から眺める外の景色は快晴だ。一体梅雨はいつくるのだろうと、取り留めもない事を何となく考えていた時、不意に鼻孔を掠める異臭に眉をしかめ、小さくため息を吐きながら重い腰を上げた。

「あの、本当に大丈夫ですか? なんか臭いんですけど…」
「大丈夫大丈夫! 骸クンは向こう行ってて! あっやばい生クリーム焦げた!」
「…………はあ……」

 向かったのはキッチン。先程から真っ白のウニ頭が唸りながらレシピ本と調理器具を片手に所謂「お菓子作り」をしているのだが、如何せん慣れていないらしく、大分苦戦しているらしい。
 あまりの異臭に様子を見に来てみた有り様がこれである。
 どうしたら泡立てている生クリームが焦げるのか、是非とも説明していただきたい。
 骸は呆れた様子で近くの椅子に座り、焦げて少し黒くなった生クリーム(だったもの)にチョコレートをを入れて誤魔化そうとしている白蘭を見て、胃が痛むのを感じた。


SWEET DREAMS


 今日、6月9日は自分が生まれて20と何回目かの誕生日である。この男とこの日を過ごすのは一体何度目だろうか。
 とっさに数えられないほどの回数を重ねてきたのは事実であるし、よくもまあそれ程までに同じ相手と一緒に居られるものだと感心さえしてしまう。
 毎年のパターンで言えば、2人で少し遠出をして、少し豪華な夕食を食べて、その後は雰囲気というかまあそういう類のものに流されて夜を迎える、というのが恒例のようなものになっていた。
 何年も一緒に居るのだ、更に同棲している為、今更特別な事というのはこれといってして来なかった。別段それに不満を感じる訳でもなく、寧ろ十分だと思っていたのだけれど。
 どうやら白蘭は違ったらしい。

『今年の誕生日は家で過ごそう!』

 そう言って来たのは記憶に新しい。家に居て何をするのだとも思ったが、たまにはゆっくり過ごすのもいいだろうとその提案を承諾した。そして今日、迎えた誕生日。白蘭は朝から上機嫌で、鼻歌まで歌いながら「ケーキのレシピ」などという本を眺めていた。
 思わず「……作るんですか?」と訝しげな表情で聞いてしまったが、白蘭はあっけらかんとした様子で「そうだよ!」と言った。

 今までこの男が料理をしている姿など見たことが無かっただけに(カップラーメンにお湯を注ぐ姿しか思いつかなかった)、本当に大丈夫なのかと尋ねると自信満々の答えが返ってきたので、不安に思いつつもその言葉を信じて待つことにした。

 けれど、時折聞こえてくる破裂音や何かが割れる音、異臭。我慢できずに見に来てみればこの有様である。少しでももしかしたら、と期待した自分が馬鹿だったようだ。

「そもそもケーキなんて作ったことないでしょう。手伝いましょうか?」
「骸クンの為のバースデーケーキなのに手伝ってもらったら意味ないじゃん」

 少し拗ねたように言われ、それもそうかと思
い直す。此方としてはこれ以上キッチンを滅茶苦茶にされない為にも、手伝って被害を抑えたいと言うのが本音ではあるが。不器用ながらも自分のために悪戦苦闘している姿を見てしまっては、それ以上何も言えない。

 特にやることもなく、ただ白蘭が忙しなく動いているのをぼんやりと見つめながら、骸は段々眠りに落ちていった。






 ──白蘭と出会ったのはもう何年も前の話。惹かれ合って共に過ごすようになって、同じ部屋に帰ってくるようになったのは、たしか自分の誕生日だった。


「誕生日おめでとー」
「ありがとうございます」

 目の前には綺麗な装飾を施された繊細なチョコレートケーキと、お洒落なお酒。
 こうやって誕生日を2人で祝うのは初めてではないが、やはり何度経験しても多少浮き足立ってしまうのは事実だ。

「今年も祝えて良かったよ、いつ振られちゃうのかなって気が気じゃないけど」
「あなたがもう少し誠実になれば良いだけの話でしょう。いつでもどこでも盛るのは頂けませんねえ…」
「嫌だなあ、本能のままに生きてると言って欲しいね! 我慢は体によくないんだよ」
「全く、呆れますね」

 くだらない会話、ただそれだけでも居心地良く感じてしまう。

「今年はねー、プレゼントは何にしようかなと思って色々考えたんだけど」
「そんなに気にしなくても良かったのに。まあ貰えるなら遠慮なく頂きますけど」
「そのいい感じに図々しい所も好きだよ! そんな骸クンにプレゼント!」

 前半の言葉は聞き流すことにして、差し出された薄っぺらい封筒を受け取る。

「まあ何て言うか、ベタだなーとは思ったんだけどさ」

 封筒の中には真新しい鍵が入っていた。

「一緒に暮らさない?」





 ──クン、骸クン

「骸クン!」
「白蘭……?」

 上手く働かない頭を覚醒させようと何度か瞬きをすると、おはようと良いながら微笑みかける白蘭の顔が目に入った。
 夢か。あの時は照れ隠しで、しょうがないから貰ってやるなどと言ってしまった。
 新品だったはずの鍵も今は少しくすんでいた。


「ケーキ出来たから食べよう! いい感じだよ! 見た目は!」
「味が問題でしょうに……」

 一抹の不安を感じながらも、白蘭の楽しそうな姿を見て、何だかどうでも良くなってしまいそうだった。



「骸クン、誕生日おめでとう!」



 二人で過ごす何度目かの誕生日。
 せっかく作ってもらったケーキはやはり少し苦かったけれど、これからも一緒に過ごせたら良いと考えながら、ありがとうございますと呟いた。







happy birthday to MUKURO!
(2012/06/09)


今更だけど、本当に今更だけど上げました。




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