02.



「何です、これは」
「家だろ」
「そういうことを言ってるんじゃありませんよ……」
「なにが不満なんだ」

 普通にアパートとかマンションを想像していたのだから、思わず不満が漏れるのは仕方のないことでは無いだろうか。
 小洒落た事務所を後にし、最寄り駅から電車に揺られて一駅。そこから徒歩数分の場所にやってきて、ここだ、と言われたその建物は想像していたものとは全く異なっていた。

「一軒家じゃないですか!」

 これで割安の家賃。有り得ない。目の前に建っているのは立派すぎるほどの一軒家。和風の門には沢田という表札が掛かっている。
 何故だ。まさか前の家の主(沢田)が殺されでもしたのだろうか。所謂曰く付きの物件ということなら、安すぎる家賃設定も説明が付く。
 そんな不気味な場所に住むなんて御免だ。やはりこんな怪しい男に付いてきたのが間違いだったのだ。
 さっさと違う不動産屋を見つけて物件を探さなければ。そっと踵を返そうとした瞬間、男に腕を掴まれた。

「おい、どこ行くんだ」
「離して下さい、曰く付きの物件など御免です!」
「お前何か勘違いしてねーか?」

 男はは呆れたような顔でそう言ったが、不審がるのも無理ないだろう。絶対に何かあったに違いない。

「あれ、リボーンじゃん」

 突然かけられた第三者の声に振り向くと、そこにはまだ顔に幼さの残る青年が、コンビニの袋らしきものを持って立っていた。どうやらこの怪しげな男はリボーンというらしい。日本人では無いと思ってはいたが、やはり異国の血が流れているようだ。かく言う自分も生粋の日本人というわけではないが。

「よお、ツナ。相変わらず冴えねえ格好だな」
「うるさいな、ほっとけ……と、そちらのお兄さんは?」
「ああ、こいつをこの家に置いてやってくれねえかと思ってな」
「はあ!? ちょっと待ってください僕はまだ一言も……!」
「じゃあ新しい入居者って事でいいのかな?」
「そうだ。おい、お前名前は?」

 あれよあれよと繰り広げられていく会話に入っていく事も出来ずに、話は勝手に入居する方向に進んで行ってしまっているようだ。

「ちょっと待ってください。全く話についていけないんですけど」
「ああ、えーと。俺は沢田綱吉、この家の大家さんってところかな? で、こいつがリボーン。不動産屋ってことは知ってるか……俺たちはまあ、古くからの知り合い、みたいな?」
「なんで疑問形なんだ。死線を潜り抜けてきた仲じゃねーか」
「はは、あれはもう昔の話だろう」

 ……死線? 追及してはいけない気がしたので軽く流したが、本格的に怪しい二人じゃないか。自分とさほど歳は変わらないと思っていた青年だが、話からして意外と年齢はいっているのだろうか。

「ここは下宿みたいなもんでね、今はこの家で三人の人が暮らしてるんだ」
「下宿?」
「そう、ご飯担当の雲雀さんっていう人がいるからちゃんと毎日三食付きだし、部屋には鍵も付いてるからプライバシーは守られてるし、家賃もそんなに高くないと思うから悪い物件ではないんじゃないかな?」
「……殺人事件でもあったのかと思ったら……こういうことか……」

 だから交通の便がいい割に家賃が安かったのだ。今の話で納得がいった。それにしたって安すぎるとは思うが。
 残念ながら入居する気はこれっぽっちもない。ここが曰く付の物件ではないと証明されたけれど、それ以前に、自分は誰にも干渉されることなく一人で自由に暮らすために一人暮らしがしたかったのだ。他人と同居などあり得ない。

「ちょ、縁起でもないこと言うなよ! 君、ここに入居するんでしょ?」
「いえ、そんな気は全くありませんよ。この怪しい男が勝手に言っているだけです」
「俺様がせっかくいい物件を紹介してやってんのに、怪しい男呼ばわりとはいい度胸してんな」
「僕は一人暮らしがしたいんです。他人と一つ屋根の下なんて御免だ」

「そんなこと言わずに、一か月だけでもいいから入居してみない? ほかの入居者もみんな良い人…………ばかりだから!」
「何故溜めた!」

 思わず声を張り上げた。不安要素しかないじゃないか!
 今日は大人しく友人の家に泊めてもらうことにしよう。そうしよう。それがいい。
 これ以上この二人に付き合っていても話は平行線のままだ。骸は一つ溜息を吐いて踵を返した。短時間で一気に疲れた。甘いものが食べたい。そうだ、駅前にあるケーキ屋にでも行こう。そこのチョコレートケーキが大好きで何度も足を運んでいる。そこで働いている店員が若干苦手ではあるが、もしかしたら今日は休みかもしれない。ケーキを食べて、元気をつけたらまた部屋を探しに行こう。
 思い立ったら即行動だと、骸は駅へ向かって歩き出した。

「おい」
「……なんです」

 立ち去ろうとする骸をリボーンが見過ごす訳がなかった。
 今思えばこの呼びかけを無視して逃げればよかったのだ。どうして自分はこの時返事をし、男の声に耳を傾けてしまったのだろう。

「この家の入居者に菓子を作るのが趣味のやつが居てな」
「お菓子……」
「結構本格的らしいぞ。なあ? ツナ」
「え、ああ! たしか駅前のケーキ屋さんでバイトしてるらしいよ」
「駅前の……ケーキ屋?」
「入居すれば、家で旨い菓子が食べ放題だぞ」
「入居します!……あ……」

 やばい、そう思ったのは一瞬で、目に入ったのはリボーンの意地の悪そうな笑みだった。

「今のは無しで「認めねえ」……ですよね」

 すでに気持ちが諦めの方向である。何故だかこの男には逆らえないオーラみたいなものを感じる。
 簡単に考えれば適当に一か月暮らして、そしたら出ていけば良いだけの話だ。一か月も他人と同居生活を送らなければならないのは憂鬱だが、まあケーキを食べられるなら我慢してやろうじゃないか。

「で、君名前は?」

 途中から笑顔で会話を聞いていた沢田が口を開いた。

「六道骸です」
「よし、骸ね! ようこそ我が家へ! これからよろしくな」


 こうして(半ば強引に)下宿生活が始まった。
 思えばこの時、何が何でも断っておけばよかったのだと後悔するのは、たった数分後の事だった。

-








back main

×