ふわりと触れた髪、そっと触れたてのひら。 優しく触れた頬に、しっとり触れた互いのくちびる。 恋人たちのキスは甘いというけれど、火神とのキスはいつも何となくしょっぱかった。それもほとんど、ジャンクフードの味。彼がアメリカ育ちでそういう系統のものが好きだということは知っていたけれど、こう毎度毎度同じ味がしてしまえば、必然オレはジャンクフードから離れていった。 わざわざ買って食べなくたって、毎日こうして味わうことが出来る。 「あ、れ…?」 でも、今日は何だか苦かった。ハンバーガーの味でもない。ポテトフライの味でもない。しょっぱくも辛くもくどくもなくて、ただただ苦い。ほんのりと、苦い。 「どうかしたか?」 「え、や、その……」 キスの味がいつもと違う、などと言ったら、笑われてしまうかもしれない。味なんか気にしてたのかとか何とか言われて。酷ければ引かれる、かも。 だからオレは、火神の問いに答えることが出来なかった。曖昧に言葉を濁して、中途半端にやり過ごすだけ。そうでもしないと、変な緊張感にパンクしてしまいそうだったから。 「んだよ、言いたいことあんなら言えよ」 けれど、その日の火神はしつこかった。普段は、オレが言葉を濁せば言いたくないことなのかと察して聞き流してくれるのに。なのに、何で今日は。 「言わねえんだったら、また噛み付くぞ」 「それは嫌っス!」 火神の噛み付くは洒落にならない。本当に猛獣みたいな勢いで唇を食まれ、サバンナのライオンの如くオレの身体に貪りつく。火神に愛されてるってわかるから嫌いではないけれど、でもあまり嬉しいものでもなかった。折角愛してくれるのならば、ゆっくりと、互いを感じながら愛してほしい。 「なら言え。何言いかけたんだ?」 「それ、は……」 ああ、どうしよう。絶体絶命。 伝えたことなど一度もなかった。火神にとって、キスはきっと、愛してるの一つ。オレみたいに、わざわざ味なんて楽しんでいないだろう。けどもう、逃げられないのかな。あーあ、何やってんだろオレ。自問自答を繰り返し、自嘲めいた溜息を吐く。それから火神を真っ直ぐ見上げて、きゅ、とその首筋に縋り付いた。 「いつもと、味が違うなって」 「何の」 「えと、その…キ、」 キス、の。 言い切る前に、また塞がれてしまった。オレの口腔内に侵入してきた舌に、オレのそれは簡単に絡み取られ、ぐるぐるぐるぐる、混乱したまま火神の口付けに翻弄される。 「っは…、顔、真っ赤」 一筋の細い細い糸が、オレと火神のくちびるを繋ぐ。ぺろり、糸を舐め上げた火神は本当に艶っぽくて、惑わされる自身が何だかとても幼くかっこ悪く感じられた。 「あ、んたの…せい、だろ」 「わざとだよ」 やっぱり、からかったんだ。キスの味なんか楽しんでるオレが、キス一つに一喜一憂してるオレがおかしくて、ガキで――それで笑って、手始めにそのキスでからかわれたんだ。 一旦思ってしまえば解れた糸のように存外簡単に涙腺は緩む。涙が浮かびそうになるのを必死に堪えつつ、それでも一筋頬を伝いそうになったところで、 「わざと、コーヒー飲んだんだ」 お前が、オレの淹れたコーヒー好きだっつったから。 火神が、オレの頬をすっと舐める。コーヒーの香りがした。舌がまだ、少しだけ熱く感じられた。 火神の淹れたコーヒーは好きだ。他と違って、火神の匂いがするから。だけどその味をくちびるから貰えた喜びより、こっそり味わってたキスのことを火神に知られていた事実が、それをからかうのではなく多分、可愛がられているであろうことが、無性に恥ずかしくて照れくさくて、その所為で紅潮する自分がまた、羞恥でいっぱいだった。 [back] |