ただそこにあるだけで、 | ナノ


 匂いがする。ちょっとだけ汗臭くて、でも微かな爽やかさもあって、"おとこのひと"って感じのそんな匂い。
 けど、普通の男とは少し違った。その匂いは、吸い込むと胸がいっぱいになってくる。嬉しいけど、悲しい。幸せだけど、泣きたい。そんな、

 「…あおみね、おきてる?」
 「ん…ああ、うん」

 声は、聴こえる。けど多分まだ、彼は眠っている。そんな青峰にちょっとだけ、優越感。
 寝るときはオレが所謂ネコだった。どうしてそうなったのかは覚えてない。別に青峰相手なら女方にさせられても嫌ではないからと、切欠を些細なものと判断したそのときのオレはあっさり忘れてしまったのだろう。でも、やっぱりオレだって男だ。寝るときはそうでなくても、自分の恋人の色んな顔が見たいという願望はある。だから普段、どうしたら青峰の間抜け面を見られるかと隙をうかがっていることが多い。
 実は今も例外ではなくて、今は絶好のチャンスを見つけたときでもあって。

 「寝てる方が悪いんだからな」

 言いながら、まずは軽く頬をつついてみる。ほんの少しだけ、ん、と唸るのが聴こえた気がしたが、この程度で目を覚ますことはない、なんて、こんだけ付き合ってれば知っている。それから零れる息を掬うように、頬をつついた指先で唇をそっとなぞった。薄い唇には、女の子にはあるあのぷくりとして柔らかい感触はなかった。知ってたけど。

 「オレ、青峰の唇、すきだなぁ…」

 突いて出たものを青峰に直接味わってもらいたくて、顔に覆いかぶさり口付ける。転がる言葉を押し込めるみたいに青峰の唇を割り開けば、流石の青峰も気が付いて薄く瞼を持ち上げた。

 「…なにしてんだ、きせ」
 「アンタの唇、おいしそうだったから」
 「朝から盛ってんのか。それとも誘ってんのかよ」
 「んー…どっちも? なんて、」

 いくらなんでも朝からは勘弁だわ。苦く笑うオレに歪んだ青峰の眉毛。あれ、もしかしてちょっと残念がってる? 合わさった瞳から問いかける、彼の答えは勿論イエスだ。

 「紛らわしいことすんな、ばか」
 「青峰にだけはばかなんて言われたくないね、ばーか」
 「うるせえアホ黄瀬、誘ってんじゃねえんだったら、」

 起こした頭をその大きな掌に包まれて、再びベッドに埋められる。黙って寝てろ、低く耳障りの良い声音にくすぐられながら、オレはまた、青峰の腕の中で瞳を閉じた。



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