捧げ物 | ナノ




 何日ぶりかのオフ。久しぶりに家でゆっくりしようと思っていたのに、無情にもインターホンの乾いた音が響いた。そして、こんなときに限って家には自分しかいないのだ。

 「ったく誰だよ……」

 重い腰を持ち上げ、玄関に向かう。短気なのか、来訪者は何度もインターホンを押してきた。

 「わーったよ! 頼むからちょっと待ってくれ!」

 いちいち機械を通して相手を確認するのも面倒くさく、そのまま解錠して扉を開けようとした。が、オレが鍵を開けた瞬間、向こうから勝手に人の家の扉を引いてきたのだ。

 「うわっ!」

 全体重を扉に預けてしまっていたオレは、当然の如くバランスを崩す。倒れる、と思ったそのとき、オレは何か温かな感触に受け止められた。

 「笠松センパイ! 遊びに来たっス!」

 それは黄瀬だった。受け止めたオレをそのまま抱きしめ、満面に笑みを浮かべて尻尾を振っている。

 「は? お前、何でここに――」
 「何って、笠松センパイに会いに来たからに決まってるじゃないっスか」

 何故か偉そうに胸を張る黄瀬。若干ウザいなと思っていたら、決定的な言葉を黄瀬が口にした。

 「にしても、笠松センパイもオレに会いたかったんスね。インターホン出る間も惜しんでオレの胸に飛び込んできてくれるなん――」
 「あんな何回も鳴らすお前が悪いんだろうが迷惑だ阿呆!」

 相変わらずの自惚れに、オレは黄瀬の膝に一発食らわせた。







 「んで、貴重なオレの休日を邪魔してまで何の用だ」

 結局、あのまま追い返す訳にもいかなかったので、取り敢えず黄瀬を自室に通した。初めてオレの家を訪ねてきた黄瀬は、物珍しそうにオレの部屋を見回している。そんな黄瀬の行動を無視して、オレは不機嫌丸出しに黄瀬を睨んだ。

 「センパイの部屋って凄く整理されてるんスね〜。やっぱ、性格が出るんスね、部屋って」
 「聞けよ!」

 無視か。無視なのか。つかオレに会いにきたとか言ってたくせに、その相手を無視ってどういうことだ。

 「あっ、センパイ! アレ何スか!?」
 「あ?」

 これ以上突っ込むのも無意味だと悟り、疲れたオレは疲れたままの声音で黄瀬が指差した方を見る。そこにあるのは、黒い楽器ケースに入ったギターだった。

 「何ってギターだよ。それ以外の何に見える」
 「そうじゃなくて、センパイ、ギター弾くんスか!?」

 光線が放てそうな程瞳を輝かせながら、黄瀬がオレを見つめてきた。
 嫌な予感がする。直感で、そう思った。

 「弾かねぇぞ」
 「何でっスか!?」

 やっぱりか。
 底無し沼の如く深いため息を吐くと、オレはもう一度黄瀬に強い口調で言った。

 「まず、お前は今日オレん家の住所辿ってまで何をしに来たんだ。用がないなら今すぐ帰れ」
 「恋人追い返すなんて酷くないっスか?」
 「恋人の貴重な休暇を邪魔するなんて、酷くないか」

 白い目を向けると、「うっ…」と唸って黄瀬は言葉を詰まらせた。しかしそこで"ざまあみやがれ"、とか油断していたのが悪かったらしく。

 「で、でもっ! センパイは少しもオレに会いたいとか思わなかったんスか!?」
 「そっ…れは……」

 不意をつかれて迫られれば、今度はオレが言葉を詰まらせる番となった。
 ……残念ながら、否定できない。会いに行こうとまでは思わなかったが、何となく、物足りない感じはしていたのだ。ゆっくりすると言っても、何をすればいいのか全く思いつきもしなかった。

 「ね? センパイもオレに会いたいって思ってたなら、いいじゃないっスか」
 「べっ、別に、会いたいとは思ってねぇよ」
 「でも、オレが来たとき嬉しかったでしょ?」

 どうなのだろうか。あのときは、久々の休みを邪魔されてムカつく、としか脳は考えていなかったのだから。
 とか一人で考えていたら、いつの間にかオレの腕にはギターのケースが。

 「と、いう訳で……お願いします、センパイ」

 床に膝をつき、ベッドに腰掛けるオレを上目遣いで見上げる黄瀬。
 何がどうなってそういう訳なのかは不明だが、ここまできて後に引くのも躊躇われた。本当に趣味程度で、全然自信はないのだけれど――

 「……少しだけだぞ」

 今は、黄瀬の頼みを聞いてやりたい気分だった。







 「んじゃあ次! 今度はバラード調のを――」
 「いい加減にしろ! もう何曲目だよ!」

 弾き始めて一時間、流石にここまでノンストップで弾き続けたことがなかったオレは、ついに堪忍袋の緒が切れた。
 最初はまだよかった。オレが好きな曲を三曲くらい弾いて、それでやめようと思ってたところに黄瀬がリクエストしてきて。一曲くらい応えてやるか、と思ったら、この阿呆はあろうことか次から次へと要求を増やしてきやがったのだ。始めの数曲こそ弾き終えるたび礼を言ってきたが、後半になるにつれ、弾き終えたらすぐ次の曲を促してくる始末。オレはCDコンポでもコイツの専属ギタリストでもないというのに、だ。

 「まだオレの為のラブソング、弾いてもらってないっス!」
 「残念だったな生憎そんなレパートリー持ち合わせてねぇよ」
 「そこはほら、愛で何とか――」
 「なるか阿呆!」

 勝手なことばかり言うこの馬鹿を、頭から思い切り突き飛ばしてやる。しかし黄瀬は、全く懲りずに「それじゃあ」と再びオレに詰め寄ってきた。

 「オレにギター教えて下さい!」
 「はあ?」

 予想してなかった展開に、オレは間抜けた声をあげる。というか、コイツの能力からして散々間近で見ていたのだから、わざわざ教えなくとももう弾ける筈だ。

 「どうせ弾けんだろ」

 言いながら、オレは黄瀬にギターを押し付ける。
 弾かせたらオレより上手かったりすんのかな、なんて思って、若干躊躇ったけど。だってコイツはギターに触れたことがなくて初心者、オレは昔から趣味の延長とはいえやり続けてる経験者、もしそんなことがあったら悔しいなんてもんじゃない。
 黄瀬は暫くギターを見つめてから、何故かオレを同じようにじっと見つめてきた。何だよ、と問いかけると、突然黄瀬は楽しそうな笑みを浮かべた。そして――

 「っ!?」

 オレは黄瀬に手を引っ張られ、気付けば黄瀬の膝の上に収まっていた。ギターはオレの腕の中。

 「センパイに教えてもらいたいんス。コピーとかじゃなくて」
 「……だったら立ち位置逆だろ」

 どう足掻いたって、これでは黄瀬がオレにギターを教える構図になってしまう。しかし黄瀬は気にした風もなく、

 「笠松センパイと一緒に弾ければ、それでいいっス」

 嬉しそうに、笑った。
 最初は本当に嫌々だったけど、たまにはこんなのもいいかな、と思い直したオレは、知らず黄瀬に身を任せてギターと黄瀬の手をとっていた。




[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -